ガイジュED1

 

「……悪い」
瞬間、ジュードは目を大きく見開いてその蜂蜜色の瞳からぼろぼろと涙を零した。
「もう……ダメ、なんだね……?」
「ごめんな……」
落ちてくる雫を頬で受け止めながらアルヴィンは涙を流すジュードの裸体をそっと抱きしめた。
「最後の最後で裏切って、ごめんな」
「アルヴィン、アルヴィン……!」
この四年間共に暮らした男の名を何度も呼びながら泣くジュードの髪をアルヴィンは何度も梳く様に撫でた。
この感触を、一生忘れないように。
アルヴィンはジュードが泣き止むまで、ずっとその髪を撫で続けていた。
「……アルヴィン」
やがて泣き止んだジュードが腕の中でアルヴィンを呼んだ。
「今夜はずっと抱きしめていて。この四年間、確かに僕らは家族だったって、思わせて」
「ああ……ジュード……愛していた」
過去形で愛を語るアルヴィンに、ジュードは止まった筈の涙が再び溢れてくるのを感じた。

 

翌朝、アルヴィンは今日の仕事を休むと部下に連絡した。
回線の向こうで何かまだ言っている声を無視してGHSを切ると、傍らでジュードもまたGHSを耳に当てて相手と話していた。
「うん、僕、ガイアスと行くよ。うん……じゃあ、それくらいの方が良いかな。……うん、じゃあその時間に……ありがとう、ローエン」
それじゃあ、また後で、と通話を終えるとジュードは揺れる瞳でアルヴィンを見上げてきた。
今にも泣きだしそうなジュードに、アルヴィンはそんな顔するなよ、と苦笑してその髪をくしゃりと撫でた。
「さ、荷物纏めちまおうぜ」
「……うん」
何も知らないマイアは休みの日でもないのに家にいる父親を不思議そうに見ながら、それでも嬉しそうにその背に飛びついたりしてじゃれていた。
ジュードは自らの荷物を。そしてアルヴィンがマイアの荷物を纏めていく。
纏められた荷物はそう多くはなかった。殆どがマイアの物で、ジュードの荷物は大きめの旅行鞄一つに収まった。
細々とした物や書籍類はさすがに持っていけそうになかったので、後で送るよ、とアルヴィンが笑った。
ふとキャビネットの上に視線を向けたジュードは、ふらりとその前に立った。
キャビネットの上には三人で撮った写真が何枚も飾られている。そのうちの一枚を手に取って見下ろしていると、それを覆い隠す様にアルヴィンの手が重なった。
「……これは置いていけ。お前に必要なのは、俺との過去じゃない。ガイアスとの未来だ」
そうだろ?と穏やかなまでの微笑みを浮かべるアルヴィンに、ジュードはこくりと頷いて写真をキャビネットに戻した。
荷造りが終わってしまうともうやる事がない。二人はこの四年間そうしてきた様にソファに並んで座り、最後の時を過ごした。
「……もうすぐ、二人が来ちゃうね」
「そうだな……」
どちらからともなく手が触れ合い、重ねあう。
離れがたい温もりにジュードが唇を開こうとした時、呼び鈴が鳴った。
すっと離れていく掌。ジュードは膝の上のマイアを下ろし、立ち上がって玄関に向かった。
扉を開ければ、そこにはガイアスが立っていた。その後ろにはローエンも穏やかな笑顔を浮かべて立っている。
「ガイ……」
その名を呼ぼうとしたが、次の瞬間にはガイアスにきつく抱きしめられていてジュードは言葉を失った。
「よくぞ決断してくれた」
「……うん」
四年ぶりのその温もりに、そしてこの四年間感じてきた温もりとは違うそれに、ジュードは頷く事しか出来ない。
きつい抱擁から解放されるとジュードは背後を振り返った。
「……アルヴィン。今まで、本当にありがとう」
「ああ……」
優しく微笑むアルヴィンにジュードは小さくお辞儀をすると旅行鞄を手に取った。
「持とう」
ガイアスがそれをジュードから奪う。もう一つの鞄はローエンが手に取った。
「ジュードさんはマイアさんをお願いします」
「うん、わかった。マイア、行こう」
差し出された母親の手と父親の顔を見比べたマイアはどこにいくの?と首を傾げた。
「パパは?」
普段と違う空気を感じ取っているのだろうか、その表情は何処か不安げだ。
「マイア」
そんなマイアの前にしゃがんで視線を合わせたアルヴィンがその漆黒の髪を撫でた。
「パパも後から行くから、マイアはママと一緒に先に行っててくれるか?」
父親の優しい表情に不安を払拭されたのか、マイアはにっこりと笑顔になるとうん、と頷いて母親の手を取った。
「パパ、はやくきてね」
「ああ、すぐに行く」
立ち上がって手を振るアルヴィンに、マイアも手を振りながら母親に手を引かれるがまま部屋を出た。
ぱたん、と扉が静かに閉じられる。
四人の気配が消えるまで、アルヴィンはそこに立ち尽くしていた。
「……」
そして気配が完全に遠ざかって消えると、とん、と壁に凭れ掛かってそのままずるずると座り込む。
「……あー……しんどいわ……」
行ってしまった。ジュードも、マイアも、二人ともアルヴィンの元から去ってしまった。
それを選んだのは他でもない自分だというのに、アルヴィンは今からでも追いかけたい衝動を抑え込む様に己の体を抱きしめた。
もうこの腕の中にあの温もりはない。あの笑顔はない。幸せに手を繋いで街を歩いた日々はもう返って来ない。
飯も自分で作んなきゃな。アルヴィンは独り苦笑する。
本当は近々引っ越そうと思っていた。マイアが大きくなってきたら、子供部屋の無いこの部屋は狭いから。
だけど、もうそんな必要もない。アルヴィンはこれから一人で生きていかなくてはならない。
思い出のたくさん詰まったこの部屋で、一人で生きていくのだ。
大丈夫だ。アルヴィンはきつく目を閉じる。
俺はこの四年、幸せだった。確かに幸せだったのだ。だから、それを糧にこれからも生きていける。
生きていける、けれど。
「……っ……」
きつく閉じたはずの目から一筋の涙が零れ落ちる。それは一つ、また一つと両の目尻から溢れてアルヴィンの頬を濡らした。
「……うう〜……」
アルヴィンは子供のような声を上げてぼろぼろと涙を零す目元を両の手で覆った。
あの日々が、ずっと続いて欲しかった。
二人で年を重ねて行って、いつかマイアもお嫁に行って、そうして二人きりで老いを感じながら、最期の瞬間まで一緒に居たかった。
叶う筈もない願いだと、分かっていたのに。
自分は愚かだから、そんな叶いもしない夢を抱いてしまった。
「……ジュード……マイア……」
涙に震える声でアルヴィンは去ってしまった愛しい存在の名を呼ぶ。
愛している。愛している。今この瞬間だって、叫びたいほどに愛している。
「しあわせに、なれ……!」
今はまだこの溢れる雫を止める術は無いけれど。
いつかまた、笑って二人の前に立てる様に。
今はただ、一人子供のように泣きじゃくった。

 


「ママ!みて、みて!」
マイアは初めて乗る船にはしゃぎっぱなしだった。
いくつもの列車を乗り継ぎ、リーゼ・マクシア行きの船の出る港に辿り着いた。
船に乗る時もマイアはパパはまだ?とジュードの手を握ってきていたが、今は船と海に夢中だった。
マンションを出てからここに至るまで、ジュードはガイアスと何も言葉を交わしていなかった。
ローエンが気を利かせて話を振ってくるのだが、それも上手く繋がっていかない。
ガイアスは彼なりに気を使っているつもりなのだろうが、それでも気詰まりを起こしてしまい、ジュードはマイアと船内を見学するという名目で部屋を出てきてしまった。
はあ、とジュードは深い溜息を吐く。
四年振りなのだ。そうそううまくいくはずもないとわかってはいるのだが。
こんな調子でこれからやっていけるのだろうか、と思っていると近づいてくる人の気配にジュードは顔を上げた。
「ガイアス……」
「海風は体を冷やす。程々にしておけ」
「うん……ごめん」
「……後悔しているのか」
ガイアスの言葉に、ジュードは少し考えて首を横に振った。
「ううん、後悔はしていないけど……やっぱり、四年は長いなって思って……」
「過ぎてしまった時を戻す事は出来ぬ。だが、その分これからを大切にしていけば良いだけの事だ」
「うん、そうだね……」
戻るぞ、と促され、ジュードは少し離れた所にいるマイアを呼ぶ。
マイアはガイアスをまだ少し怖がっているようだったが、それでも母親と一緒だからか笑顔のまま駆け寄ってきた。
マイアの手を引き、ガイアスの後に続いて歩いていたジュードはふと足を止めて青空の広がる海へと視線を向けた。
「……泣いてないと良いけど……」
「ママ?」
きょとんと見上げてくる娘に、ジュードは何でもない、と笑って再び歩み始めた。

 

ラコルム海停に降り立つと、迎えの者達が既に待ち構えていた。
彼らは荷物を馬車に積み込み、ガイアス達が乗り込むと静かに馬車を走らせた。
四年ぶりのリーゼ・マクシアの空気と景色にジュードは微かに胸が高鳴ったのを感じた。
緊張、しているのだろう。少しずつカン・バルクに近づいていく。それが少し怖い。
リーゼ・マクシアは初めてのマイアは興味津々といった様子で馬車の窓からずっと外を見ている。
時折窓の外を指さしてあれはなに?と聞いてくるマイアにジュードは一つ一つ答えていった。
やがてシャン・ドゥに辿り着き、そこで防寒装備の整った馬車に乗り換えて再び走り出す。
トリグラフでも雪は降るが、積もる程ではない。これまた初めて見る一面の雪景色にマイアのテンションは上がりっぱなしだ。
だがカン・バルクのガイアス城に辿り着く頃には夜になっており、その頃にはマイアは騒ぎ疲れて母親の膝を枕にして眠ってしまっていた。
そんなマイアを抱いて馬車を降りると、真っ直ぐにあのかつてジュードが使っていた部屋に案内された。
荷物の整理は侍女たちに任せろ、とガイアスに言われ、ジュードはどこか申し訳ない気持ちで控えていた侍女たちに荷物を預けた。
旅装を解いて一息つくと、お食事の用意ができております、と声を掛けられて、ジュードはマイアを起こして食堂へと向かった。
ジュードの席の隣にはちゃんと子供用の椅子が用意されていて、堅牢なテーブルにその椅子は少々そぐわない雰囲気を醸し出していた。
きょろきょろとしているマイアを椅子に座らせ、自分も座るとガイアスがやってきた。
ガイアスもまた旅装を解いており、いつか見たような民族調の服を纏っていた。
ガイアスが席に着くと料理が運ばれてきて、殆どが母親の作った手料理しか食べた事の無いマイアは物珍しげにそれを見ていた。
食べてもいいの?と言う様に母親を見るマイアに、ジュードはにこりと笑って肯定した。
いただきます、とお辞儀をしてマイアは子供用のフォークを手に取る。それを見守りながらジュードが食事に手を付けるとガイアスもまた食事を摂り始めた。
遊び食べをする事もなく大人しく食事をするマイアにジュードの躾具合がわかる。
だがふと思い出したようにマイアはジュードを見るとパパは?と聞いてきた。
だがジュードはにこりと笑うとどうしたんだろうねえ、と小首を傾げた。
「お仕事が忙しいのかもしれないね」
マイアは反抗期が終わってからは聞き分けがよく、仕事の一言で納得したようだった。
食事が終わるとガイアスは政務に戻っていった。エレンピオスに出かけていた分、政務が溜まっているようだった。
ジュードがマイアの手を引いて自室に戻ろうとすると、途中でローエンとウィンガルに会った。
ウィンガルに会うのも四年振りだった。お久しぶりです、と頭を下げたジュードをウィンガルはただ見詰めていた。
「結局、お前はあの男を捨てて陛下を選んだのだな?」
「ウィンガルさん」
ウィンガルを窘めるようにその名を呼ぶローエンに、ジュードは良いんだ、と苦笑した。
「本当の事だから……」
視線を落とすジュードに、ウィンガルが何か呟いたが、その声は小さくて何を言っているかはわからなかった。
「え?」
「……いや、何でもない。その娘が陛下の子か」
「あ、うん。マイア、ご挨拶は?」
「マイア!さんさいです!」
ぴしっと右手を挙げて名乗ったマイアをウィンガルはじっと見下ろした。
「ウィンガルさん、あなたもご挨拶してあげてください」
ローエンに促され、ウィンガルは仕方ないと言う様に短く名乗った。
「では、我々は失礼させていただく」
「それでは、また」
「ばいばい、じーじ、うぃんがる」
去っていく二人に手を振って、マイアは再びジュードに手を引かれて部屋に戻った。
部屋に戻るといつの間にか子供用のベッドが用意されており、マイアはふかふかのそれをいたく気に入ったようだった。
二人で備え付けの風呂に入り、用意されていた夜着に着替える。
長距離の移動で疲れたのだろう、マイアはすぐに眠りに就いた。
マイアが眠ってしまうとジュードは最低限持ってきた資料を取り出し、読み始めた。
それからどれくらい時間が経っただろう、不意に扉が開く音がしてジュードは紙面から視線を上げた。
「ガイアス……」
「起きていたか」
相変わらずノックはしないんだなあ、と思いながらジュードが頷くと、ガイアスは珍しく言葉に迷っているように見えた。
「ガイアス?」
「……ウィンガルはもう少し時間を置けと言っていたのだが、俺が待てん」
「?何が?」
きょとんとしてガイアスを見上げていると、彼はその武骨な手をジュードに向かって差し伸べた。
「俺の部屋に来い、ジュード」
ジュードは言葉の意味を暫し考え、さっと頬に朱を上らせた。
「え、っと……それは、その……」
「お前を抱きたい」
いつかと同じ、短いけれど耳に残るその声にジュードは気恥ずかしくなって視線を落とした。
「で、でも、マイアが……」
「侍女をつけさせる」
マイアを理由に断ろうとしてもガイアスはあっさりとその退路を断ってしまう。
ジュードは迷いながらもそっと手を伸ばし、ガイアスの手に重ねた。
「わっ、と……」
ぐいっと手を引かれ、ジュードが立ち上がるとガイアスはそのままその手を引いて部屋を出ていこうとする。
「わ、ま、待ってよ、ガイアス……!」
ちらりとマイアを見るが、マイアはすよすよと眠ったままだ。ごめんね、と内心で謝ってジュードはガイアスの後に続いた。

 

 

 


部屋に入るなりきつく抱きしめられ、口付けられた。
「ん……ぅ……」
ぬるりと入り込んできた舌がジュードの舌を絡め取り、口内を蹂躙する。
荒々しいそれにジュードはただついていくのが精一杯だった。
「は……」
長い口付けから解放される頃にはジュードはガイアスにしがみ付いていなければ立っていられない状態だった。
そんなジュードを抱きかかえるとガイアスはそっとベッドの上にジュードを横たえて微かに笑った。
「相変わらず軽いな」
「これでも重くなったんだけどなあ……」
そんなに軽いかな、僕、とぶつぶつ言っているとガイアスの手が夜着の合わせから胸元に伸ばされた。
「んっ……」
下着ごと夜着を乱した手が胸の突起を摘まんだのでジュードは思わず息を詰める。
刺激に立ちあがったその小さな突起をくにくにと弄りながらもう片方の突起にガイアスが顔を寄せた。
「ぁっ……」
ちゅ、と吸われ、舐られてジュードは下肢に熱が集まっていくのを感じた。
「ん……がい、あす……」
甘い声で男の名を呼ぶと、アーストだ、と訂正される。
「アー、スト?」
「俺の本当の名だ。二人きりの時はそう呼べ」
「アース……あっ、んっ……」
胸への愛撫に蕩けながらジュードは熱の籠り始めた下肢を誤魔化す様に脚を擦り合わせた。
「あっ……」
しかしガイアスの手がその脚を割り、夜着を脱がせていく。
下着も取り払われ、ガイアスの手が既にぬめりを帯び始めているそこに指を這わせた。
「ひゃ……!」
「随分と、いやらしい体になったものだ」
あの男に仕込まれたのか、と耳元で囁かれ、ジュードはびくりと体を震わせた。
「ごめ、なさ……あ、あっ……」
ぬるぬると入口と花芯を指の腹で擦られ、ジュードは濡れた声を漏らした。
「あっ」
ぬるんとさしたる抵抗もなく指が入り込み、ジュードは無意識にその指を締め付けていた。
「そんなに欲しかったのか?ひくついているぞ」
「や、だ……あ、あ……」
くぷくぷと音を立てて抜き差しされ、ジュードは羞恥に身を捩る。
しかし逃れる事は許さないと言う様にガイアスの指はジュードの中を抉り、擦りあげた。
胸の突起を舐られながら増やされた指を抜き差しされ、ジュードは言葉にならない声を何度も上げた。
徐々に高みへと連れて行かれ、もう少しでそこに届く、という所でガイアスの指がずるりと引き抜かれた。
「や……やめちゃ、やだ……」
途切れ途切れに訴えるとガイアスは自らの夜着の帯を外し、脱ぎ捨ててその鍛え抜かれた体を晒した。
そしてジュードの脚を抱え上げ、濡れそぼったそこにそそり立つ自身の熱を押し当てる。
「あ……」
「力を抜け」
ぐ、と押し込まれる感覚がして、次の瞬間には微かな痛みと衝撃、そして強い快感がジュードを襲った。
「あ、あああっ……!」
押し入ってくる長大なそれをジュードのそこはずるずると貪欲に飲み込んでいく。
ジュードが背を撓らせ、その衝撃を逃そうとする。だがガイアスはジュードの体を押さえつけるとそのまま根元まで自身を押し込んだ。
「あ……はぁ……」
「……お前の中は、相変わらず狭いな……」
狭く、熱く、絡みついて離さない。蠢く肉壺に全てを持って行かれそうになりながらもガイアスはゆっくりと腰を動かした。
「あ、あ……」
くぷくぷと音を立てながら抜き差しされ、ジュードはシーツを握りしめる。
最初はゆっくりだったその動きも次第に速くなっていき、それに合わせてジュードの声も甲高く響いた。
淫らな水音はますますその音を増し、ジュードはぎゅっと目を閉じた。
「目を閉じるな、ジュード。俺を見ろ」
頬に手が添えられ、口付けられる。薄らと目を開くと、余裕のなくなってきたガイアスの顔が映った。
「ん、んんっ……!」
ジュードが足の先を突っ張らせて上り詰めると、その締め付けに耐えかねたようにガイアスも小さく呻いてジュードの最奥に熱を放った。
「は……はあ……」
ジュードが乱れた息を整えようとはくはくと口を開いていると、ガイアスが繋がったまま伸し掛かってきた。
「ちょ、ガイアス、重い……」
「アーストだ」
「アーストさん、重いです……」
だがガイアスはジュードの上からどこうとせず、足りん、と呟いた。
「え?」
「まだ、足りん」
「ちょ、ガ……アースト、なんでおっきいままなの……!」
ジュードの中で熱を放った筈のそれは変わらずの質量を保っていて、ジュードはぎょっと目を見開いた。
身を起こしたガイアスの手が再びジュードの腰を掴み、ジュードは待って、とその逞しい胸板を突っぱねた。
「ちょ、待って、ひゃあっ……!」
ジュードの抵抗などお構いなしに奥を再び抉られ、ジュードはその強い刺激にひくりと喉を反らした。
「アース、あ、あっ……!」
ジュードの鳴き声は、明け方まで響いた。

 

マイアが目を覚ますと、部屋には誰もいなかった。
いつもは必ず父か母がいて、おはようマイア、と笑いかけてくれるはずなのに。
「ママ?パパ?」
ベッドから降りて辺りをきょろきょろと見回すがやはり誰もいない。
すると扉が静かに開いたのでマイアはそちらをばっと見た。
「あら、お目覚めですか、マイア様」
だが、マイアの期待を裏切る様に入ってきたのは見知らぬ女だった。
「ママは?」
問うと、王の元でございます、女はと答えた。
「おう?」
「左様で御座います」
今ひとつピンとこないマイアに、女はお召替えをしましょうね、と微笑んだ。

 


「マイアには乳母と教育係を付ける」
鎧を纏いながらの言葉に、ジュードはきょとんとした。
「え、いいよ、そんなの。僕、自分で育てるよ」
「そうは行かぬ。お前は妃となるのだ。覚えねばならぬ事も山ほどある」
暗に育児にかまけている暇は無い、と言われたようでジュードは唇を尖らせた。
「それはわかってるけど……」
「それに、研究も続けるのだろう?」
「うん……」
確かにこれまでのようには行かないのはわかっていたつもりだ。
ジュードは迷う様に視線を伏せた後、わかった、とガイアスを見た。
「ガイアスに任せるよ」
「うむ」
ガイアスが頷くと、軽いノック音が室内に響いた。
「はい」
ジュードが応えると、開かれた扉の向こうからマイアが飛び込んできた。
「ママ!」
「マイア」
後から侍女らしき女が付いてきて、扉の前に控えた。
飛びついてきたマイアを抱き上げ、おはよう、と頬を寄せる。
マイアも既に身支度を整えており、漆黒の髪もどこも跳ねたりはしていなかった。
「マイア、良い子にしてた?」
「マイアいいこ!おきがえした!」
するとまたパパは?と聞いてきたのでジュードはパパはお仕事が忙しいんだって、と微笑んだ。
「パパにあいたい。おうちかえる」
「今日からここがマイアのおうちだよ」
「マイアのおうち?」
そう、と頷いてジュードはマイアの体をガイアスの方へと向けた。
「マイア、父上だよ」
「ちちうえ?」
父上、という単語が登録されていないマイアはきょとんとしながらガイアスを見ている。
「そう。ご挨拶は?」
「おはようございます、ちちうえ」
じっと見てくるガイアスの強い視線に居心地の悪いものを感じているのだろう、マイアはぼそぼそとそう言うときゅっと母親の首に腕を回した。
「ほら、ガイアスも」
「む……おはよう」
そんなやり取りを微笑ましく見守っていた女性にジュードが視線を向ける。
「ジュード、そこに居るのが先程話した乳母だ」
「レティーシャと申します。よろしくお願いいたします、ジュード様」
優雅に一礼するレティーシャに、ジュードはどうも、と慌ててお辞儀をする。
年は三十路半ばの頃だろうか、温和そうな面持ちにジュードはほっとした。
「マイアを宜しくお願いします。マイア、レティーシャさんと仲良くしてあげてね」
「レティーシャとマイアなかよしだよ!」
元気にそう言うマイアに、少しだけ複雑なものを感じながら、けれどその理由がわからぬままジュードは良かったね、と頷いた。

 

マイアは比較的早く城の生活に順応した。
母親と会う時間が格段に減ったことは不満そうで、時折癇癪を起こしたがそれでも概ね従順だった。
アルヴィンの事は最初の一旬の内は事あるごとに聞いてきた。パパは?どうしてこないの?おしごといそがしいの?
けれどそれも一旬を過ぎる頃にはマイアがパパは?と聞く事は格段に減った。
マイアにとっては自分の父親は今でもアルヴィンであり、マイアの中でその不在をどう折り合いをつけたのかはわからなかったが、癇癪を起す事は無くなった。
ジュードはというと、妃としての礼儀作法から所作まで一から全てを取り込んだ。
そしてそれ以外の時間ではカン・バルクに新たに設立される事になった源霊匣研究所の打ち合わせに出席した。
設備など、必要な機材や間取りをジュードが主体となって提案し、着工された。
ジュードは竣工まで時折現場に足を運び、進行状態をその目で確認した。
そして四節後、研究所は完成した。
所長には嘗てイル・ファンの研究所でジュードが所属していた頃に室長をしていた男を招いた。
四年ぶりのジュードとの再会と、そのジュードがア・ジュール王に嫁ぐ身である事に彼は酷く驚き、やがて祝いの言葉を述べた。
ジュードは研究所の主任技術者というポジションを得て再び白衣を纏う事になった。
その他の職員は所長と同じくイル・ファンから引き抜いた者や、ヘリオボーグ基地に勤めていたエレンピオス人も招かれた。
イル・ファンとヘリオボーグ基地とは提携という形をとり、情報を共有した。
その間にもジュードとガイアス王の婚儀の日は近づいてくる。
ア・ジュール式の婚儀の作法も覚え、衣装も仕立て上がり、後は時を待つばかりとなった。
そして婚儀当日。カン・バルクの街は祝福ムードで盛り上がっていた。
聖堂にて婚儀を済ませ、馬車に乗って街に出るとそこには大勢の人が一目王と王妃を見ようと集まっていた。
それらに手を振りながら街を一周し、その後の晩餐を終えて自室に戻る頃にはジュードはへとへとになっていた。
「つっかれたぁ……」
「つっかれたぁ」
ジュードの呻き声をマイアが真似してけたけた笑う。
マイアは一足先にレティーシャに風呂に入れて貰い、既に夜着を纏っている。
現在マイアは自分の部屋を与えられており、寝起きはそこでしていた。
最初は父や母の名を呼んで泣いた事もあったが、今では慣れたものだ。
マイアを部屋まで送り、眠りに就くのを確認してからジュードは自室に戻って風呂に入った。
いつもよりゆっくりと湯に浸かり、疲れを癒していく。
うん、少しだけ元気になった。ジュードが濡れ髪を拭きながらソファに座ると、扉をノックされた。
王がお呼びです、との声にジュードは慌てて立ち上がる。
「今行きます」
タオルを籠に落としてジュードは部屋を出た。
ジュードの部屋からガイアスの寝室まではさほど遠くない。
その短い距離を侍女に付き従われるのは申し訳ない気分もあったが、それが彼女らの仕事なのだと今では割り切っている。
ガイアスの寝室に辿り着くと、侍女がノックをして王妃様がお越しです、と声をかけた。
王妃、の呼び名にまだ慣れないジュードはくすぐったい様な思いに駆られながら開かれた扉をくぐった。
既に夜着に着替えたガイアスは、ソファに座って何かの書類を見ていた。
「お仕事、終わらないの?」
「これを読んで終わりにする」
黙々と書類を読み進めるガイアスの隣に座り、ジュードはこてんと男の肩に凭れ掛かる。
「疲れたのか」
書類から視線を上げないまま問うガイアスに、ジュードはまあね、と素直に頷いた。
「でもお風呂入ったら少し元気になった」
「……今宵は止めておくか?」
ガイアスの言葉に、ジュードは大丈夫だよ、と恥ずかしそうに微笑んだ。
毎夜と言っていいほど肌を合わせているのだから今さら初夜も何もないのだが、折角ちゃんとした夫婦になって初めての夜なのだ。
それに、とジュードは言葉を詰まらせた。
「ジュード?」
ガイアスが書類から視線を上げて傍らを見ると、そこには頬を朱に染めて寄り添う妻の姿があった。
「僕、ね、今日明日あたり、危険日、なんだ」
「…………」
ガイアスは己の頭の中でぷちりと何かが切れる音を聞いた気がした。
ガイアスは手にしていた書類をテーブルの上に置くとジュードの手を引いて立ち上がった。
「来い」
「ガイアス?お仕事は?」
引かれるがままガイアスの後についていくと、ベッドに押し倒された。
「後で読む。今はお前が欲しい」
「え?え?」
急にスイッチの入った夫を、ジュードは目を丸くしながら見上げた。

 


マイアの四歳の誕生日にジュードは二人目の子供を身籠った事を夫に告げた。
そしてその翌年、ジュードは男の子を出産した。
それから五年。
マイアは十歳になり、リーレンと名付けられた弟も五歳を迎えた。
最近のマイアの趣味は、母親と一緒にワイバーンに乗って遠出する事だった。
まだ体が小さいので自ら操縦する事は出来なかったが、母が巧みに操るワイバーンの背でマイアはいつもきゃあきゃあと喜んだ。
マイアは五歳を迎えてから武術を習う様になった。
父はそんな事しなくていい、と苦い顔をしたが、母が女の子だって自分で自分の身を守れるようにならなきゃ、と自ら指導して今に至っている。
マイアの戦闘スタイルは母親と同じ拳を武器としたもので、既に小さめの魔物であれば余裕で殴り倒す事が出来た。
そして弟のリーレンはというと、姉と同じ漆黒の髪と緋色の瞳を持って生まれたが、性格は母親の幼少期に似て大人しかった。
マイアが鍛錬を始めた年と同じ年になったのでリーレンも武術を習い始めたのだが、その大人しい性格から、あまり乗り気ではないようだった。
姉はそんな弟を情けなく思っているようだった。だがそれでも姉弟仲は良く、リーレンは常に母親か姉の後を追いかけていた。
そんなある日、城に一人の男がやってきた。アルヴィンだった。
アルヴィンは最初の一年程はジュード達と連絡を絶っていたのだが、ある時からふらりと城に現れるようになった。
アルヴィンが城にやってくるのは数節に一度程度だったが、それでも一時は父と呼んだ男の訪問にマイアは喜んだ。
今ではマイアも己の本当の父親がガイアスであり、アルヴィンではない事は理解していた。
しかし親子として過ごした思い出は消せるわけでもなく、マイアは今でもアルヴィンの事をパパと呼んで甘えた。それはもう、思い切り。
それに機嫌を悪くするのがガイアスだ。マイアはガイアスに甘える事は殆どなかった。
そんなマイアが全開の笑顔でアルヴィンにじゃれついては甘えるものだからガイアスの機嫌は急降下する。
最初は再会したアルヴィンに対してぎこちない笑顔を浮かべていたジュードも、今ではすっかり打ち解けている。それも気に入らないらしい。
リーレンの方はアルヴィンを怖がっていて、それを面白がったアルヴィンに追いかけられてはウィンガルの後ろに逃げ隠れていた。
リーレンは己の教育係でもあるウィンガルに特に懐いていた。父親の前では緊張で言葉すら上手く出てこないリーレンも、ウィンガルの前では多弁だった。
それもガイアスは気に食わない。子供たちは確かに自分の子であるはずなのに、他の男にばかり懐いているのが気に食わない。
人々の頂点に立つ王という立場にありながら、家庭内では意外と地位の低いガイアスだった。

 


この十年で源霊匣は徐々に普及していき、黒匣の生産は格段に落ちて行った。
この調子でいけば、ジュードは己の理想を達成するのも遠くはないと思えるようになった。
「ママ!お疲れ様!」
「ははうえ、おかえりなさい」
研究所での仕事を終えて城に戻ってくると、二人の子供たちがジュードを出迎えた。
愛する夫がいて、愛する子供たちがいて、そして嘗てはもう会えないと思っていたアルヴィンが時折訪ねてきて。
ああ僕、幸せだなあ。ジュードはそう実感しながら子供たちの手を引いて夫の元へと向かうのだった。

 


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