つい数日前、ジュード達はルドガーと共に一つの分史世界を破壊した。
その世界のジュードは女として生を受け、アルヴィンと結婚して子供を三人も儲けていた。
その家族は本当に幸せそうだった。だが、そんな世界を壊した。壊さねばならなかった。
僕は幸せだった。それだけは、覚えていて。その世界のジュードはジュードにそう告げた。
壊さねばならない世界でも、そこに住む人々の数だけ物語があり、幸せもある。
自分たちのやっている事は、その可能性や幸せを踏みつぶす事なのだ。
それでも成さねばならない。自分たちの世界を守るために。
悲しい事だけれど、仕方のない事なのだ。
そう割り切るしかなかった。
そしてこの日もルドガーのGHSにはヴェルから新たな分史世界が探知されたとの報告が入った。
進入点はマクスバード。仲間たちに連絡し、すぐに駆けつけられたのはレイアとエリーゼ、そしてアルヴィンだった。
早速ルドガーが意識を集中して分史世界へと入り込むと、そこはマクスバード・エレン港の片隅だった。
四人は一先ず駅構内へと向かい、案内板に目を向けたレイアがあれ、と声を上げた。
「この世界もアスコルド行きが動いてるんだね」
「本当だ。前の時は結局ミュゼが因子だったけど……」
「でもアスコルドが怪しい事に変わりはないですよね」
「んじゃ、行ってみるか?」
ルドガーはこくりと頷くと、アスコルド行きの列車に乗り込んだ。
アスコルドに直結している駅は以前訪れた分史世界と同じ構造で、中も同じなら迷わないな、とルドガーが言う。
「前みたいにここもジランドが責任者なら話は早いんだが……」
アルヴィンがそう言いながら辺りを見回していると、ちょうど施設から出てきた男がアルヴィンを見てあれ、と声を上げた。
「アルフレドさんじゃないですか。視察ですか?」
男はアルヴィンをこの世界のアルヴィンだと思っているようだった。丁度良いとアルヴィンがそうなんだと話を合わせた。
「叔父さんに会いに来たんだけど、いるかな」
すると男はちょっと遅かったですね、と苦笑した。
「所長ならついさっき大急ぎで帰られましたよ。今の列車に乗ったんじゃないかな?見事にすれ違っちゃいましたね」
「へえ?何かあったのか?」
男はあれ、知らないんですか?と首を傾げた。
「今日は初めての結婚記念日だから早く帰るって、所長ってばもう一節以上前からしつこいくらい言ってましたよ」
アルフレドさんも知ってるものだとばかり思ってました、と言う男に、そうだったな、とアルヴィンはへらりと笑う。
それから男といくつか言葉を交わし、男は去って行った。
「……どう思う?」
くるりと振り返ったアルヴィンの言葉に、ルドガーは一先ずジランドを追ってみようと提案する。
「アスコルドに入るにしても、出来れば穏便に入りたい」
前回の様にジランドを利用して中に入る事を視野に入れたルドガーに、了解、とアルヴィンは頷いた。
「それにしてもジランドの奥さんってどんな女なんだろうな」
再び列車に乗り込んだルドガー達はアルヴィンの言葉にそういえばと思う。
「私たちの世界のジランドは結婚してなかったの?」
レイアの問いに、あの男がするわけねえだろとアルヴィンは肩を竦めた。
「あいつは自分だけが大好きで、他人を愛するなんて感情は欠落してるような奴だった」
だが先程の男から引き出した情報によれば、この世界のジランドは愛妻家で通っているらしかった。
「愛妻家のジランド……うええ気持ちわりぃ」
寒気に襲われたように己を抱きしめるアルヴィンに、ルドガー達は苦笑する。
ジランドの家が何処かは分からなかったが、とりあえずトリグラフで降りてみた。
先程の男がトリグラフの一等地に屋敷を構えて羨ましい、と洩らしていたからだ。
トリグラフはアパートとマンションがメインの街だ。屋敷となると建っている場所は限られてくる。
トリグラフ中央駅を出て、一先ず郊外へと向かう。すると途中の花屋でジランドを見つけてルドガー達は慌てて身を隠した。
その身からふわりと闇色が滲みだす。ジランドが時歪の因子だ。ルドガー達は顔を見合わせて頷き合う。
だがそんな事も知らぬジランドは色とりどりの花を睨み付ける様にして見下ろし、やがて店員と何か言葉を交わして花束を作ってもらっていた。
赤いバラをメインにしたその花束を受け取り、ジランドは足早にその場を立ち去る。
ルドガー達が後をつけているなどと全く気付かぬ様子で一軒家の立ち並ぶエリアに向かい、その中でも一際大きな屋敷の門を潜った。
どうやらあれがジランドの住む屋敷らしい。ジランドがドアノブに手を掛けようとしたその瞬間、扉の方から勢いよく開いてジランドの顔を打った。
「あああごめんジランド!」
中から出てきたのは何とジュードだった。藍色と白のワンピースを纏ったジュードはふりふりの白いエプロンをつけていた。
花束を抱く手とは逆の手で顔を押さえ、痛みに耐えながらもジランドはいや、いい、と首を横に振った。
「それより、これを」
差し出された花束にジュードは目を丸くし、やがて嬉しそうに笑ってそれを受け取った。
「ありがとう、ジランド」
ジュードはバラに顔を寄せ、良い香り、と微笑む。
「食事の用意はできてるけど、先にお風呂に入る?」
見上げてくるジュードに、ジランドはにやりと笑うとまずはお前だ、とその頬に口付けた。
途端、ぼっと音がしそうな勢いでジュードが赤くなると、もう、いつもそれなんだから、と拗ねたように唇を尖らせる。
「でも、それでもいい、よ?」
恥ずかしそうに頬を染め、ジランドを上目遣いで見ながらジュードはもじもじと体を左右に揺らした。
「たっぷり可愛がってやる」
ジランドがジュードの腰を抱いて中へと向かう。ぱたんと、扉が閉ざされてルドガーはちらりとアルヴィンを見た。
アルヴィンは何とも表現しにくい表情をしていた。ぎぎぎ、と音がしそうな勢いでルドガーを見たアルヴィンは、なにあれ、と屋敷を指さす。
「いや、俺に聞かれても……」
アルヴィンはがしっとルドガーの両肩を掴み、真っ直ぐにその目を見詰めて言った。
「壊そう、ルドガー。こんな世界はさっさと壊すべきだ」
「アルヴィン、目が怖いんだけど」
「いいから早く!」
今にも屋敷に乗り込みそうな勢いのアルヴィンを宥め、一旦退く事にした。
ジランドが時歪の因子だとは分かったが、あのまま屋敷に乗り込めばジュードとも戦わねばならないだろう。気分的にも戦力的にもそれは避けたかったのだ。
そしてその翌朝早く、ルドガー達は屋敷の前に張り込んだ。
やがてジランドとジュードが出てきて、二人は仲睦まじげに行ってきますと行ってらっしゃいのキスを交わしていた。
ぎりぎりと歯を食いしばる音が隣から聞こえてくるが、とりあえずルドガーは無視する事にする。
そしてジランドが一人になった所を狙い、あっさりとジランドから時歪の因子を抜き出してそれを破壊した。
世界が砕け散り、正史世界に戻ってきた途端にアルヴィンはGHSを取り出してジュードと連絡を取っていた。
ヘリオボーグ基地からちょうど帰って来たところらしいジュードは、アルヴィンの意味不明な連絡を受けて取り敢えず駆けつけてくれた。
「ジュードォォォォォ!」
ジュードが到着するなりアルヴィンが抱き付き、その髪にすりすりと頬を寄せる。
「ちょ、アルヴィン、何なの?」
「あー戻ってこれて本当に良かった。本当に良かった!」
ジュードの問いかけなど聞いちゃいないアルヴィンに、ジュードは溜息を吐くとぐいぐいと抱きしめられながらルドガー達を見た。
「何があったの?」
ルドガーはレイアとエリーゼと顔を見合わせると、苦笑しながらひょいと肩を竦める。
アルヴィンから聞いてくれ、と返すと、ジュードは情けない声を上げている男の腕の中で嫌そうな顔をした。

 


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