ルドジュエンド

 

骸殻を纏ったヴィクトルが槍を振りかざし、ルドガーを貫こうと振り下ろす。
その瞬間、ジュードは間に割って入ってそれを手甲で弾き飛ばしていた。
「ジュード!」
ルドガーとヴィクトルの声が重なる。ヴィクトルの骸殻が解け、呆然とした表情が現れた。
「何故……記憶は戻ったはずだ」
「確かにこの世界のジュードの記憶は僕の中にある。でも、僕と歩んできたのはこっちのルドガーなんだ」
ジュードの言葉にヴィクトルの顔が苦々しく歪む。
「記憶は上書きされるのではなく共有されるのか……!」
「僕は、ルドガーと共に生きます」
「くっ……」
ヴィクトルが双剣を構えた途端、ヴィクトルの体から闇が溢れ出して膝をついた。
「パパ……!」
「ヴィクトル……!」
その名を呼ぶ二人の前でヴィクトルは大量の血を吐いた。
聞け、ルドガー。ヴィクトルは荒い息を吐きながら言う。
一族の骸殻能力には限度がある事。そして、その力の代償として時歪の因子化する事。
そこまで語るとヴィクトルは再び時計を手に立ち上がり、骸殻を纏った。
襲いかかってくるヴィクトルに、ルドガーもまた骸殻を纏って対抗する。
「ルドガー!」
「パパ!」
ジュードとエルの声を背に受けながら、ルドガーはヴィクトルの腹に槍を突き刺した。
ふ、とヴィクトルの表情が和らぐ。
「エルと、ジュードを……頼む……」
そしてカナンの地でオリジンの審判を。ヴィクトルはぐらりと倒れた。
「パパ!」
「ヴィクトル!」
エルとジュードが倒れたヴィクトルに駆け寄る。涙を零して父親に縋るエルの頬をヴィクトルは優しく撫でた。
そしてヴィクトルはジュードにも手を伸ばし、その頬を撫でる。ジュードもまた知らず泣いていた。
「エル……ジュード……」
ヴィクトルの唇が動いて何かを囁いた。音とならなかったそれは、しかし二人には届いた。
「エルも!エルもパパが大好きだよ!」
ぽろぽろと涙を零すエルにつられるように、ジュードもまた大粒の涙を零していた。
そして頬に添えられた手に自らの手を重ねると、僕もだよ、と微笑んだ。
「僕も、ヴィクトルを愛してるよ……」
ルドガーの槍の先に刺さった歯車が澄んだ音を立てて砕け散る。するとヴィクトルの体もまた、闇に溶けるようにして消え失せた。
エルの悲鳴が響き、歯車と同じように世界も音を立てて砕け散った。
そして正史世界の干上がったウプサーラ湖跡に戻ってきたルドガー達は、エルの首筋が黒く浸食されている事に気付いた。
エルもまた、時歪の因子化を起こしていた。
ルドガー達は消沈したエルを連れ、一先ず宿を取ろうとディールへ向かった。

 


翌朝、エルは一応の落ち着きは取り戻していた。それでも八歳の少女が無理やり悲しみを押し殺している姿は哀れだった。
「エル……大丈夫?」
ジュードの言葉に、エルは小さく頷いてジュードを見上げた。
「エルの知ってるジュードも、ジュードだったんだね」
「……そうだね」
ヴィクトルによって植えつけられた記憶は未だにジュードを混乱させる。けれど分かった事もある。
「エル」
ジュードはエルの前に膝をつくと、その手を取ってそっと頬に口付けた。
「シンユーのあいさつ……」
「ヴィクトルさんも、エルの知ってるジュードも、エルの事が大好きだったよ。それは信じてあげて」
「ジュード……!」
エルがジュードに抱きつき、ジュードはその体を優しく抱き返した。
涙を滲ませたエルは、それでももうその涙を零す事は無かった。
ジュードに手を引かれてエルはルドガー達と共にマクスバード行きの列車に乗った。
いつもは列車にはしゃぐエルも、今は無言で座っている。ジュードはその手を握っている事しか出来ない自分に歯がゆさを感じた。
そしてマクスバードに辿り着くとアルヴィン達と合流する。ローエンが予め大まかにメールで事情を知らせていたため、説明は簡単に済んだ。
するとヴェルからメールが入り、集めた五つのカナンの道標を五芒星の形に並べるように指示された。
エルがジュードにゴボーセーってなに?と問いかける。
星の形だよ、と指で示して見せると、エルはわかった、と頷いて光り輝く道標を配置した。
道標はその輝きを強くし、浮き上がって一つとなる。
そして、カナンの地はその姿を現した。
空に浮かぶそれを呆然と見上げていると、頭上で声がしてルドガー達は振り返った。
「まさか道標を揃えるとはな」
そこに居たのはユリウスを抱えたクロノスだった。
クロノスは無造作にユリウスを投げ捨てる。地面に体を強く打ちつけたユリウスは、それでも転がった時計へと手を伸ばした。
だがそれもクロノスによって阻まれてしまう。
クロノスの放った結界術によってジュード達は捕らえられ、ルドガーは何とか避け切ったミラ達と共にクロノスと戦った。
やがて結界術は解け、ジュード達も戦いに加わったがクロノスはすぐに自らの時間を巻き戻してダメージを無かった事にしてしまう。
どうすれば、と歯噛みしているとエルがルドガーを庇うように手を広げて立った。
それにも容赦なく術を放とうとするクロノスに、待て、と割って入る声があった。
やって来たのは、ビズリーだった。
私とクルスニクの鍵、双方を相手にするのかと問うビズリーに、クロノスはならばとルドガーを襲った。
「クルスニクの鍵だけでも!」
しかし術が発動する前にユリウスがそれを妨害し、クロノスはユリウスと共に空間を飛んで消えた。
ガイアスがビズリーに問う。カナンの地への行き方を知っているのか、と。
それにビズリーは頷きながら意味ありげな目線でルドガーを見た。それを見た途端、エルが叫んだ。
「行かなくていい!カナンの地なんて行かなくていい!」
突然のそれに、どうしたの、とジュードが声を掛ける。
駄々を捏ねるように行かなくて良いと声を荒げるエルにルドガーが時計を示す。
「カナンの地へ行く約束……」
しかしエルはそんなルドガーを突き飛ばし、パパの約束だって嘘だった!と叫んだ。
「エル、それは……!」
「ジュードは黙ってて!」
エルは涙を浮かべた眼でルドガーを見詰め、約束より大事な事があるんだよ、と告げてビズリーを見た。
そして駆け去っていくエルをルドガーが追おうとするが、ビズリーに引き留められて足を止める。
先にクランスピア社に戻っていろ、そこで説明すると言われ、ルドガー達は渋々マクスバードを後にした。
そこで待っていたヴェルから告げられたのは、ルドガーがクランスピア社の副社長に就いていたという事実だった。
戸惑いながらも社長室へ向かうと、映像の中のビズリーからオリジンの審判について聞かされた。
ビズリーはこれはオリジンとクロノス、そしてマクスウェルの原初の三霊が始めたゲームなのだと語った。
骸殻能力の事、クルスニク一族の争い。ビズリーは全てに決着をつけると告げた。後は私に任せろ、と。
借金の取り立てもビズリーの力によって止められた。だが、肝心のカナンの地へ行く方法はビズリーは語らなかった。
リドウはビズリーはエルを利用してクロノスを倒すのではないかと語り、部屋を出て行った。
暫くの間一人で立ち尽くしていたルドガーは、リドウを探し出すと問い質す。
さっきの言葉はどういう事だ、と問うとリドウは一度はとぼけたが、睨み付けるとひょいと肩を竦めてクルスニクの鍵について語り始めた。
この正史世界でのクルスニクの鍵はビズリーの妻だったが、しかしもう既に命を落としているらしい。
オリジンの元に辿り着くにはクロノスを倒さなければならない。だが時空を操るクロノスに対抗できるのはクルスニクの鍵の力だけ。
そしてそれだけの力を使えば鍵は確実に時歪の因子化する。
ビズリーは全てわかっていて、エルを。怒りに突き動かされてGHSを操作し、ビズリーと繋げる。
だがビズリーは落ち着いた声でルドガーに言った。人間だけの世界を作るための必要な犠牲なのだと。
ビズリーは精霊を人間の道具にすると言った。瞬間、浮かんだのはジュードが源霊匣の書類を纏めている時のその真摯な横顔だった。
精霊と共に歩んでいく事を願っているジュード。源霊匣を完成させる日を目指して努力を続けるジュード。
それを無駄にすると言うのか。ルドガーは通話の切られたGHSをぎちりと握りしめる。
その足でルドガーがジュード達とクランスピア社を出ようとすると、エージェント達に囲まれた。
社長命令は守らないと、と嫌な笑みを浮かべて現れたのはイバルを連れたリドウだった。
ガイアスとミュゼが現れ、加勢してくれたが小型化されたクルスニクの槍は厄介だ。
どうする、とガイアスに問われ、ルドガーはこの地下訓練場が外に繋がっている事を思い出した。
ミラが囮になり、ルドガー達は地下へと向かう。途中で何度かガードマシンに足止めを食らったが、何とか出口まで辿り着いた。
しかし。
「逃がさないって言っただろ、ルドガー君」
そこには既にリドウとイバルが待ち構えていた。
だがルドガー達が二人を倒すと、倒れたリドウは予言してやるよ、と嗤った。
「お前はここで止まらなかった事を、死ぬほど後悔するぜ」
その呪いのような声を背に受けながら、ルドガーは外へと出た。

 


トリグラフでミラと合流すると、ミラはユリウスからカナンの地へ行く方法を聞いた、と告げた。
その方法は、残酷極まりない方法だった。
リドウの言葉の意味は、これだったのだ。ルドガーは部屋へと駆けて行った。
テーブルの上には、一通の手紙。ユリウスからの手紙だった。
そこにはカナンの地への行き方が書かれていた。そして、覚悟が決まったら来い、と。
そんな、とルドガーが打ちひしがれているとジュード達がやってきた。
ガイアスが問う。カナンの地へ行くために兄を犠牲にできるのか、と。
出来るわけがない。そう感情のままに叫ぶと、ガイアス達は視線を交わして部屋を出て行った。
「ルドガー……」
一人ジュードだけは残り、拳を握りしめて俯くルドガーに歩み寄るとそっと抱きついてきた。
「こんな時、なんて言っていいかわからないけど……」
抱き返す事も出来ずただ立っているルドガーを見上げ、ジュードは言う。
「僕は、ずっとルドガーの傍にいるから……」
「……」
何も答えないルドガーをジュードは悲しげな眼で見上げた後、すっと体を離した。
「……僕も、ミラ達の所へ行ってるね」
背後で扉が閉まり、ルドガーは脱力するように椅子に座る。
すると借金の督促打ち切りおめでとう、と硬い笑顔を浮かべたノヴァがやってきた。
正直、今はノヴァの相手をしている気にはなれなかった。だがノヴァはそういえばと告げた。
「今ね、ミラさんたちとすれ違ったんだけど、魂の橋はルドガー抜きでどうたらって……」
「!」
その言葉にルドガーは部屋を飛び出す。背後でノヴァが呼ぶ声が聞こえたが無視してエレベーターへと向かう。
しかしエレベーターを待っている時間すら惜しく、ルドガーは階段へと向かうと駆け下りた。
マクスバードのリーゼ港へと向かう。巨大な胎児を抱いたかの地は昏く、けれど強く輝いていた。
そこにユリウスと仲間たちの姿を見つけてルドガーは駆け寄る。
ユリウスが剣を首筋にあてるのを見た瞬間、ルドガーは声を上げてユリウスを止めていた。
だがユリウスの決意は固かった。ユリウスが自らの左手の手袋を外す。
そこには、闇色に染まった手があった。時歪の因子化が進んでいるのだ。
もう俺は長くはない。ユリウスは諦めすら滲んだ声で告げる。
「だから、俺の命で魂の橋を架けさせてくれ」
ルドガーは子供の様に兄にしがみ付いて首を振る事しかできない。
「分かってくれとは言わない……だが、今やらねばお前を犠牲にするしかなくなる」
俺は、それだけは耐えられない。そう小さく告げるユリウスに、だったら、とルドガーは叫ぶ。
「俺だって兄さんを犠牲にするなんて、耐えられない事だって分かれよ!」
「ルドガー……」
仲間たちの言葉がルドガーの背を打つ。それでもルドガーは兄を離す事は出来なかった。
ここまで来て眼を背けるのか、とガイアスが強く言う。
エルを代償に骸殻の力を揮って分史世界を破壊し、ヴィクトルを殺した。ここでカナンの地へ行かなければ全ては無駄になる。
「そんな事はわかってる!」
ルドガーが悲鳴じみた声で叫んだ。
「それでも、兄さんを犠牲になんて出来ない……!」
「ルドガー……」
ジュードがルドガーにそっと手を飛ばす。しかしいつもなら安らぐはずのその手も、ルドガーは強く振り払う。
「それが君の答えなのだな」
ミラの静かな声に、ルドガーは無言で兄を抱きしめ続ける。
「家に帰れ、ルドガー……やっぱりお前には無理だったんだ……」
ユリウスが優しく言う。けれど、俺はそんなお前が。その先はもう言葉にしなくともわかった。
兄さん、とルドガーが震える声で呼ぶと、ユリウスは低く呻いて己の左手を押さえた。時歪の因子化が進んでいるのだ。
俺がやる、とガイアスが剣を抜く。ジュードが非難するようにガイアスを呼んだ。
この世界の為にカナンの地へ。ガイアスの言葉に被さる様にしてルドガーの脳裏にはエルの姿が浮かんだ。
エルはルドガーと一緒にカナンの地へ行きます!あの夜の出来事が一瞬にして甦る。
同時に、今まで兄と過ごしてきた日々もまた走馬灯のように甦った。
エルを助けるためにはユリウスを殺さなくてはならない。ユリウスを殺さないとエルは助からない。
ユリウスを殺さないなら、仲間たちを倒さなくてはならない。
「ああああああ!」
ユリウスを抱いたままルドガーは叫ぶ。全ての迷いを打ち砕くように。
ルドガーはユリウスの時計を奪うと仲間たちを振り返った。不思議と心は落ち着いていた。
ああ、覚悟を決めるとは、こういう事だったのだ。
今ならあなたの気持ちがわかるよ、ヴィクトル。
ルドガーは二つの時計を構えると、骸殻を纏って地を蹴った。

 


倒れ伏した仲間と呼んだ者たちの中で一人ルドガーは立っていた。
握った双剣から血が滴り落ちる。最早誰の血なのかも分からない。
そんなルドガーの背に、ユリウスの震えた声が投げかけられる。
お前は、俺なんかの為に全てを捨てたのか、と。
ルドガーが僅かに振り返る。返り血で汚れたその横顔にユリウスは顔を歪め、そしてカナンの地を見上げた。
「全部、無駄だったか……」
ユリウスの言葉に、歩み寄ったルドガーが泣きたいのを我慢するように微かに笑って首を横に振る。
「……ああ……だが、これも……」
じわり、とインクが紙に染み込むようにユリウスの首筋までもが漆黒に染まっていく。
ユリウスは己を抱くルドガーを片腕で抱き返し、ルドガーと同じように微かに笑った。
「俺の望んだ世界……か」
ユリウスはルドガーに支えられて立ち上がると、俺は大丈夫だ、と微笑んだ。
「ジュードを……あの子だけは、助けたいんだろう……?」
「……」
ユリウスの言葉にルドガーは小さく頷くと倒れ伏したジュードに歩み寄り、その体を抱き上げた。
「……ぅ……」
まだ息がある。ルドガーはジュードだけは殺せなかった。ジュードはルドガーが初めて心から愛した人だった。
ミラ達には何の躊躇いもなくその槍を揮ったのに、ジュードだけは貫く事が出来なかった。
ユリウスはこの結末を自らの望んだ世界だと言った。
ならばこの世界の未来は、ルドガーが望んだものなのだろう。
ユリウスと、ジュード。愛する二人と共に在る事。
エルの笑顔が一度だけルドガーの瞼の裏に浮かんだ。しかしルドガーはそれを振り払う様に首を横に振ると、ジュードの唇に蓋を外した小瓶の口を当てた。
喉を上向かせ、その液体を飲ませる。意識のないジュードは反射的に噎せたが、それでも中身を全て飲み干させるとジュードの傷は見る間に治っていった。
弱々しかった呼吸が安定していく。それを確かめてルドガーはその軽い体をそっと抱き上げた。
「帰ろう、ルドガー……俺たちの家へ」
ユリウスの穏やかな笑みに、ルドガーもまた微笑んで頷いた。

 


あの日から三節が過ぎた。
マクスバードでの大量殺人事件はクランスピア社の副社長であるルドガーの権力によって犯人不明のまま迷宮入りする事になった。
エルとビズリーは、カナンの地から戻っては来なかった。精霊も意思を奪われた様子はなかった。
恐らく失敗したのだろう。オリジンの元までたどり着けなかったのか、クロノスに敗れたのか。
そして世界は混乱に見舞われていた。一節ほど前から各地で瘴気が溢れはじめたからだ。
体の弱い老人や子供たちはすでに何百人もが意識を失い、目覚めないままやがて衰弱して死んでいった。
特に王と宰相を一度に失ったリーゼ・マクシアの混乱は酷く、今もその王座は空いたままだと聞く。
王座を巡って醜い争いも起きているらしい。だがルドガーにはもう何の関係もなかった。
クランスピア社の実質上のトップとなったルドガーは瘴気への対応策を重役たちと話し合った後、マンションへと戻った。
部屋に入ると、甘く甲高い声が微かに聞こえてくる。ルドガーが自室の扉を開くと、その声はますます大きくなった。
「あっ、あんっ、んっ」
ルドガーのベッドの上で睦みあう兄とジュードに、ルドガーはただいま、と微笑んだ。
「ああ、おかえり、ルドガー」
腰の動きを止めてルドガーへと笑いかけてくる兄の左半身は漆黒に染まっていた。アイスブルーとクリムゾンの眼がルドガーを捉えている。
その兄の下で、ジュードがやめちゃやだ、と愛らしく鳴く。
「ジュード、ルドガーが帰って来たぞ」
ユリウスの優しい声にジュードはぼんやりとした目でルドガーを見ると、にこりと笑って手を差し伸べてきた。
「ルドガーも、来て……?」
「夕飯が遅くなっちゃうよ?」
くすりと笑って歩み寄るルドガーに、いいから、とジュードは自ら腰を揺らめかせる。
「だったら、体勢を変えた方が良いな」
「あ、や、抜いちゃやだ……」
ずるりと引き抜かれたそれに不満げな声を上げるジュードを宥めながら、ユリウスがその体を俯せにして尻を高く突きあげた格好にする。
「ジュード、わかるな?」
ユリウスの言葉に、ジュードはこくりと頷いてベッドに上がったルドガーのズボンの前を寛げてまだ柔らかいそれを取り出した。
「ん……」
ジュードがルドガーのそれを唇と舌で愛撫していると、ユリウスがジュードの腰を掴んで再び熱をひくつくそこに押し当てて貫いた。
「んんっ、ふ、んんっ」
ぐぷぐぷと音を立てて抜き差しされるそれが与えてくれる快感に、ジュードは喉を鳴らしながらその奥までルドガーの熱を銜え込んだ。
見る間に口内で育っていくそれに、ジュードは嬉しそうに舌を這わせる。次第に滲み始めた先走りを舌で舐めとりながら、ジュードは快感で蕩けた眼でルドガーを見上げた。
「ふ、ぅ、ルドガー、ねえ、もう、僕……!」
ユリウスがジュードの体を抱き起こし、まるでルドガーに接合部を見せつけるようにしてジュードの脚を開かせた。
「ほら、ルドガー。ジュードがお前も欲しいって言ってるぞ」
「じゃあ、俺もジュードの中で気持ち良くさせてもらおうかな」
「はやく……!」
ジュードの声に導かれるようにしてルドガーはユリウスの熱が貫いたままのそこに指を潜り込ませ、広げる。
広げられたそこに自らの猛った熱を押し付け、ぐぐっと押し込んだ。
「ひあ、あっ……!」
押し入ってくるその熱量にジュードは仰け反ってユリウスに支えられる。
「はいってくる、ユリウスのがはいってるのにルドガーのもはいってくるよぉ……!」
限界まで広げられたそこはルドガーの熱をも深く飲み込み、奥へと誘う様に蠢いた。
「っ……相変わらずジュードの中は凄く熱くて、気持ちいいな」
「ああ、いつまでも繋がっていたいくらいだ」
二人の言葉にジュードのそこは悦ぶようにきゅんと締まった。
「こら、ジュード。そんなに締めたらすぐイッちゃうだろ」
ルドガーがその胸元でぷくんと赤く立ち上がっている突起を抓むと、ジュードが甘い声を上げてますます内壁を蠢かせる。
「きもちよくなって、ぼくでもっと、きもちよくなって……!」
舌っ足らずなそれに、二人は小さく笑うと視線を交わし、突き上げた。
「ひっ、あっ、あっ!」
ジュードはルドガーにしがみ付きながら、がくがくと突き上げられるがまま与えられる快感に蕩けた。
「あっ、あっ、あんっ」
「そんなに気持ちいいの」
ルドガーの問いに、ジュードはこくこくと頷く。
「きもちいいっ、なかがいっぱい、きもちいいっ」
もっとそれを感じたいと言う様にジュードの内壁がきゅうきゅうと二人の熱を締め付けてくる。
「あっ、あっ、イきたい、ぼく、もう、イっちゃう……!」
自らも腰を振りながら、もっと強い刺激を求めるジュードの胸元を弄りながらユリウスが笑う。
「だとさ。どうする、ルドガー」
「うん、一緒にイこう、三人で」
「あっ、んっ、だして、ぼくのなかにふたりのあついのたくさんそそいで……!」
「そうさせてもらうよ」
ルドガーの手がジュードの熱に絡み、くちゅくちゅと音を立てて扱いた。
「ああんっ、あっ、だめ、ぜんぶはだめ、いっちゃう、僕、ぼく……!」
二人に貫かれながら胸も前も弄られ、ジュードは悲鳴じみた嬌声を上げながら二人の熱を締め上げた。
「あああっ」
「っく……」
「……っ……」
ジュードが達する際の内壁の蠢きは二人から熱を搾り取った。びゅくびゅくと注がれる二人分の熱に、ジュードはか細い声を上げてそれを受け止める。
「ぁ、あ……いっぱい……こんなにいっぱいだされたら、ぼく、おとこのこなのにあかちゃんできちゃうよぉ……」
達してもまだ感じ入っているジュードの中からくぷりと濡れた音を立てて二人分のそれが出ていくと、弛んだそこからとろりと吐き出したものが滴った。

 


あの日、目を覚ましたジュードの心はすでに壊れていた。
ルドガーとの戦いに寄る心身へのダメージがそうさせたのだろう。
ただルドガーの愛を乞うだけの存在になったジュードをルドガーは慈しんだ。
そしてユリウスにもジュードは懐いた。ルドガーの大切な人なのだと理解しているようだった。
三人で熱を求め合うのは楽しい。ジュードの愛らしい嬌声は耳に心地よかったし、ジュードとユリウスの体温を感じられるのが気持ち良かった。
けれどジュードは時折恐慌状態に陥った。ルドガーが、みんなが、と叫ぶその瞳にはあの血塗られた光景が映し出されているのだろう。
そんな時は二人でジュードを抱きしめた。大丈夫だから、と優しく囁いてその艶やかな髪を撫でてやると次第に落ち着いていった。
それでも落ち着かない時は、魔法の言葉があった。
「ずっと俺の傍にいてくれるって、言っただろ?」
するとジュードはぴたりと大人しくなり、次の瞬間にはそうだったね、とにこりと笑うのだ。
その代わり、この方法でジュードを宥めるとその後には酷く求められる。
抱かれていないと不安だとでも言う様に求めてくるジュードの奥を二人で代わる代わる貫き、時には二人同時に貫いた。
全身を白濁としたそれに汚されて漸くジュードは意識を失う様にして眠りに就く。
毎回それだとさすがにジュードが可哀想なので、あまりあの言葉は言わない。
そんな毎日に、ルドガーは幸せを感じていた。
世界は確実に終わりへと向かっている。それでも傍らには大切な兄がいて、愛するジュードがいる。
多くの死体の上に築かれた幸せだったが、ルドガーはもうそんな事には頓着しなかった。
自分と兄とジュード。その閉ざされた先のない世界がルドガーの大切な箱庭だった。
ユリウスの時歪の因子化は、骸殻の力を使わなくても日に日に進行していった。
ルドガーもユリウスも、残された時間がもう少ないのだと知っていた。だがお互いに何も言わなかった。
瘴気が世界中で溢れ出して三節後、その時はやって来た。
ユリウスの体は殆どを漆黒に染められていた。僅かに顔の右上部が元の肌の色を保ち、アイスブルーの眼を覗かせていた。
だが、びくりとユリウスの体が跳ねてその場に崩れ落ちる。
ルドガーとジュードが駆け寄ると、じわりと僅かに残っていた肌色も漆黒に染まり、眼の色もクリムゾンへと変わった。
ほろり、とユリウスの体から闇が零れ落ちる。一つ、また一つ。それはあっという間に無数となり、ユリウスの体は闇に解けるようにして崩れていく。
「ルドガー……ジュード……」
ユリウスは漆黒の手で二人を抱き寄せると、ありがとう、と囁いて消えて行った。
「……あ、あ……!」
ユリウスの消えた空間を限界まで瞳を見開いて見詰めながら、ジュードが震える。
恐慌を起こす前兆だと気付いたルドガーはジュードの体を抱きしめた。
「ユリウスさんが!ユリウスさんが!」
「ジュード、大丈夫だ。大丈夫だから」
「だって、みんなが死んじゃう!ミラも、ガイアスも、アルヴィンもローエンもエリーゼもレイアもミュゼもエルもみんなみんなみんな!」
「大丈夫だ、ジュード」
腕の中で暴れるジュードをきつく抱きしめながらルドガーは何度も囁く。
けれど暴れる力は収まらず、ルドガーはそっとその言葉を囁いた。
「ずっと俺の傍にいてくれるって、約束しただろ?」
暴れていたジュードがぴたりと動きを止める。少しだけ体を離して見下ろすと、蜂蜜色の瞳がじっとルドガーを見上げていた。
「……うん。約束、したよ」
ふわっと花が綻ぶように笑ったジュードに、ルドガーもまた微笑んで唇を合わせた。
ジュードが満足するまで何度もその体内に熱を注ぎ込み、疲れ果てて眠ってしまったジュードの体を清め、服を着せる。
ルドガーは穏やかな表情で眠るジュードを抱きしめて眠った。
そしてそのまま、二人が目を覚ます事は無かった。
瘴気に覆われた世界は、人が生き続ける事を許さなかった。
人は世界の頂点から転がり落ち、その循環の輪から外された。
そうして、人の世は終わりを迎えた。


 


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