ジュード・マティスが保健医であるアルヴィンと親しくなったのは、ジュードが私立エクシリア学園に入学してすぐの事だった。
入学式で次々と教師が紹介されていく中、一人やる気のなさそうに突っ立っていたのをジュードは記憶していた。
といっても所詮は保健医と一生徒。普通なら特にこれと言って接点もなく日々が過ぎていくはずだった。
だが、ある日の事。偶々帰りが遅くなってしまい、ジュードは暗い道を一人で歩いていた。
そのジュードの後をずっとついてくる気配があった。
最初は気のせいだと思っていたジュードも、いくつかの角を曲がる頃には不安に満たされていた。
男の自分が狙われることはないだろうと思っていたものの、世の中何があるかわからない。
走ろうか迷っている内にマンションに辿り着いて、ジュードはほっと胸を撫で下ろした。
自動扉を潜って内扉を開ける為に鍵を差し込んでいると、背後に人の気配を感じてジュードはまさかと思った。
まさかここまでついて来た?恐怖に竦みながらも恐る恐る振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
「……アルヴィン先生?」
確かそんな名前だったはずだ。微かに震えるジュードの声に、男はそうですよーとひらりと片手を振った。
「その制服、うちの学校の子だろ。もしかして、変質者だと思ってた?」
「……すみません」
素直に謝るジュードにアルヴィンはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「ま、ずっと後ろついて来られたら誰だってビビるわな」
「でも、何で……」
「俺もこのマンションに住んでんの。六階ね。おたくは?」
「五階、です……」
「そ。とりあえず、扉開けてくんない?」
鍵を差し込んだままだったことに気付いたジュードは慌ててそれを回した。
内扉が静かに開かれる。そこを勝手知ったる態度で潜ったアルヴィンの後をジュードは追った。
エレベーターは一階に止まっていて、ボタンを押すとすぐにその扉は開かれた。
二人でその狭い箱に乗り込むと、アルヴィンが五階と六階のボタンを押した。
「あ、ありがとうございます……」
「おたく、見ない顔だけど一年?クラスと名前は?」
「あ、はい。一年A組のジュード・マティスです」
「A組。へえ、優等生なんだ」
私立エクシリア学園は入試の際の成績によってクラスが決まる。
成績が良ければA。悪ければFといったように分かれていた。
「偶々、入試の時の調子が良かっただけです……」
ぼそぼそと言うジュードに、アルヴィンは然程興味の無さそうにふうんとだけ応えた。
ぽん、と音がしてエレベーターが五階に到着する。
「失礼します」
ぺこりと会釈をしてエレベーターから降りると、ジュード君、と教えたばかりの名前を呼ばれた。
振り返ると薄い笑みを浮かべたアルヴィンがひらりと片手を振った。
「またね」
「はい……アルヴィン先生」
ジュードが返すと同時に扉は閉まってしまい、その声がアルヴィンに届いたかはわからない。
ジュードはエレベーターのランプが六階で止まるのを見届けた後、踵を返して自室へと向かった。

 


それから時折ジュードはアルヴィンと遭遇した。
マンションの前のコンビニだったり、近所のスーパーだったり。
アルヴィンはどうやら自炊は余りしないようで、大抵出来合いの弁当や総菜を買っていた。
ある休日、ジュードが買い物に行こうとマンションを出ると、ちょうどコンビニの帰りらしいアルヴィンとかち合った。
「よう、優等生」
「どうも……」
薄く笑うアルヴィンの手元に提げられたコンビニの袋にジュードの視線が向かう。
例によって弁当を買ってきたらしいアルヴィンに、あの、とジュードは声を掛けた。
「僕、自炊してるんですけど……一人分だけ作るのって難しくて、いつも余らせちゃうんです」
「?」
話が見えない様子のアルヴィンに、ジュードはそれで、と意を決して言葉を紡ぐ。
「もし良かったら、貰ってくれません、か?」
ジュードは正直な所、初めての一人暮らしに少し寂しさを感じていた。だから人恋しかったのかもしれない。
余計なお節介だと自覚していたが、人との繋がりが欲しくてジュードは赤くなりながらも必死でそう告げた。
「……」
アルヴィンはぽかんとしてジュードを見下ろしていたが、やがてまたあの薄い笑みを浮かべると言った。
「優等生がご馳走してくれるの?」
「えと……不味くはない、と思うんですけど……」
自信無さげにぼそぼそと小さくなっていく声に、アルヴィンはくつりと笑った。
「じゃあ、お願いしようかな」
「!」
ばっと俯いていた顔を上げ、アルヴィンを見上げるとジュードはほっとした様に笑った。
「はい!」

 


ジュードは毎晩アルヴィンの部屋におかずを届けた。
学校ではお互い廊下ですれ違っても挨拶を交わす程度だったが、ジュードが帰宅して夕食を作っていると携帯電話に短い着信が入る。
アルヴィンが帰宅した合図だ。ジュードは出来上がったばかりの料理にラップをかけて一つ上の階へ向かった。
ジュードは自分が浮かれている事に気付いていた。
親元を離れて初めての一人暮らし。料理は元々得意だったし、家事も手伝っていたから洗濯機の回し方がわからないという事も無かった。
ただ、時折酷く寂しい思いに駆られた。だからアルヴィンとの繋がりが嬉しかった。
一つだけ欲を言うのなら、アルヴィンともう少し話をしてみたかった。
いつも料理を渡す時にいくつか言葉を交わすだけで雑談などは殆ど無かった。
だからジュードはアルヴィンの好きな食べ物も嫌いな食べ物もわからない。
一応最初に食べられないものはあるかと聞いたが、大抵のものは食べれるよ、と曖昧な返事が返って来ただけだった。
その日のおかずを届ける際に前日の皿や器を返して貰うのだが、いつもアルヴィンは美味かったぜ、と笑うばかりだ。
もう少し、色んな話がしてみたい。ジュードはそう思うようになっていた。
そんなある日、ジュードはアルヴィンが購買部でパンを買っているのを偶然目にした。
今でこそ夜はジュードが作って持って行っていたが、どうやら昼はいつもパンで済ませているらしかった。
知ってしまえば、お節介の血が騒ぐと言うもので。
ジュードはいつも弁当を作って持ってきているので一人分くらい増えた所で苦でもない。
その日の夜、いつもの様におかずを届けたジュードがそう提案すると、アルヴィンは少し考えた後でお願いしようかな、と軽く笑った。
その翌日から、ジュードは二人分のお弁当を作る様になった。
自分の物より大きめの弁当箱。それを持って昼休みは真っ先に保健室に向かった。
そしてアルヴィンに弁当を渡すと、自分の分の弁当を手にすぐに屋上へと走る。
屋上には幼馴染であるレイアとミラがジュードを待っていた。
レイアは同じ学年だったがクラスはC組であり、ミラに至っては三年生なので普段は余り会う機会がない。
だが昼食だけは一緒に摂る事を約束しており、最近遅れてくるジュードを二人は訝しんでいた。
ジュードは二人には隠し事を出来る限りしたくないと思っていたので、こっそりとアルヴィンに弁当を作ってきている事を打ち明けた。
そこから根掘り葉掘り聞かれて、結局ジュードはアルヴィンが同じマンションに住んでいる事も、夕食を持って行っている事も打ち明ける羽目になったのだった。

 


そんな日々が一か月ほど続いたある日。
ジュードがいつものようにアルヴィンに弁当を届けに保健室を訪れると、そこにアルヴィンは居た。
「よう、優等生。今日もご苦労様」
「はい、お弁当」
弁当の入った紙袋を渡し、いつものようにすぐに退室しようとすると呼び止められた。
「優等生、これあげる」
渡されたのは、ヘアピンのセット。
「優等生、いつも前髪鬱陶しそうにしてるだろ。だからお礼も兼ねてそれやるよ」
薄く笑うアルヴィンに、ジュードは受け取ったヘアピンを大切そうに掌で包むとありがとうございます、と笑った。
嬉しかった。別に見返りが欲しくてやっていたわけではなかったが、それでもアルヴィンがこうして気を回してくれたという事実が嬉しかった。
ジュードはぺこりとお辞儀をすると今度こそ保健室を出て行った。
「……たかがヘアピンであそこまで喜ぶとはねえ」
一人保健室に残されたアルヴィンが呟く。
「……やばいな、可愛い」
にやけるのを抑える様に口元を手で押さえながらアルヴィンはジュードの先程の笑顔を思い出していた。
花が綻ぶような、愛らしい笑顔だった。

 


翌日、早速貰ったヘアピンで髪を留めてアルヴィンの元へ弁当を届けに行くと、良く似合ってるぜ、とアルヴィンは笑った。
ジュードはヘアピン一つでアルヴィンとの距離が縮まったようなそんな気がしてしまっていた。
実際には何も変わってないのだとわかっていたが、それでもジュードは嬉しかった。
そんなある日、ジュードはアルヴィンを部屋に招く事になった。
弁当を届けに行くと珍しくアルヴィンがあれこれと話しかけてきて、一人で寂しくないのか、と聞かれた。
ジュードが素直に時々寂しくなるけど、仕方ないですよねと応えると、アルヴィンがじゃあ一緒にご飯食べようか、と言い出した。
いつも部屋まで持ってきてもらうのも大変だろうし、と言葉を続けるアルヴィンに、大変ではないけれど、と思いつつもジュードは嬉しさを抑えきれなかった。
じゃあ一緒にご飯食べましょう、と笑うジュードをアルヴィンは何故かまじまじと見ていたが、やがてふっと笑みを浮かべると宜しく、と言った。
その夜のアルヴィンからの着信は、彼が帰宅した合図ではなく、これから帰宅する、という合図だった。
学園からこのマンションまではそう遠くない。ジュードは夕食の準備を急いだ。
それから暫くして、アルヴィンがやってきた。初めて他人を部屋に入れる事にドキドキしながらジュードはアルヴィンを部屋に通した。
ローテーブルの上に料理を並べると、美味そうだな、とアルヴィンが座った。
その向かいにジュードも座り、二人で手を合わせて食事を摂った。
洗い物はアルヴィンがやった。恐縮するジュードを押しとどめて美味い飯の礼だよ、と笑ってアルヴィンは手際よく洗い物を済ませてしまった。
「何だか、すみません……」
「良いって。礼だって言ったろ?」
「……はい、ありがとうございます」
ジュードが恥ずかしそうに笑うと、アルヴィンもまた穏やかに笑った。
あのいつもの張り付いた様な薄い笑みではなく、彼の素を覗いてしまった様なそれにジュードは仄かに頬を赤く染めた。
そんなジュードの反応をじっと見ていたアルヴィンは、じゃあ俺帰るわ、と玄関に向かった。
部屋の外まで見送ろうとするジュードをここで良いから、と制してアルヴィンは靴を履く。
「あ、そうだ。ジュード」
「はい?」
いつもは優等生、と呼ぶ事が殆どなのにと思いながらジュードがアルヴィンを見上げていると、不意にアルヴィンの顔が近づいてきた。
え?
ジュードがそう思ったのと同時に唇に温もりが宿る。
「……ご馳走様」
すぐに離れていったその唇は笑みの形に歪められ、アルヴィンはひらりと手を振って部屋を出て行った。
「……え?」
脳内でぐるぐると回っていたものが口をついて出る。
「え、え?」
今、彼は何をしていった?
「っ」
キスされたのだと自覚した瞬間、ジュードは耳まで真っ赤になってその場に蹲った。
明日、どういう顔して彼に会えばいいのだろう。
不思議と嫌悪感はなかった。その事に、パニックに陥っているジュードは未だ気付いていなかった。

 


翌日の昼休み、ジュードは保健室の前でうろうろとしていた。
弁当は作ってきたのだが、どんな顔して渡せばいいのかがわからない。
しかし通りがかった他の生徒たちに怪訝な顔で見られ、ジュードは慌てて保健室の扉を開いた。
「よう、優等生」
かくしてそこにはアルヴィンがいつもの薄い笑みを浮かべて座っていた。
「あ、あの、お弁当……」
まともに顔も見られず弁当の入った紙袋を差し出すと、アルヴィンはそれを受け取ってくつりと笑った。
「おたく、顔真っ赤」
からかいの色を混ぜ込んだその声音に、先生のせいじゃないですか、と消え入りそうな声でジュードは訴える。
「あれ?もしかして優等生、ファーストキスだった?」
「!」
弾かれたように顔を上げると、アルヴィンはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「わお。優等生の初めて奪っちゃったー」
女子の様に手を口元に当てるアルヴィンに、ジュードはふざけないでください、と声を荒げた。
「なんで、あんな事したんですかっ」
「したかったから」
しれっとして言うアルヴィンにジュードは膨れ上がっていた怒りが急速に萎んでいくのを感じた。
自分にとっては一大事でも、この人にとってはきっと大した意味もないのだろう。
そう思うと一人で怒っているのが馬鹿らしくなってくる。
「……僕、本当にびっくりして……お弁当だって、作っていこうか迷って……」
「でも作ってきてくれたんだ」
ぼそぼそと言うジュードに、余裕すら浮かべてアルヴィンは言う。
「……だって……」
「作ってきてくれたって事は、脈アリって事だよな?」
「……は?」
アルヴィンの言った事が理解できずにジュードは小首を傾げる。
「俺の事、嫌いじゃないんだろ?」
にっこりと笑うアルヴィンをまじまじと見ていたジュードは、やがて頬に朱を上らせた。
「……っ嫌いだったら、お弁当なんて作りませんっ」
そう怒鳴ってジュードは保健室を出て行ってしまう。
ぴしゃんと音を立てて閉ざされた扉を見ながらアルヴィンは喉を鳴らして笑った。
「真っ赤になっちゃって。かーわいいの」

 

 

 


 

ジュード・マティス。最初はただの大人しい優等生、としか思ってなかった。
アルヴィンはエクシリア学園のライバル校である私立エレンピオス学園のスパイだった。
エクシリア学園での優秀な人材をピックアップしてその情報をエレンピオス学園に送る。時には自らヘッドハンティングに出向く時もある。
そういう立場だったから、優秀そうなら報告リストに入れるか、なんてその程度にしか見ていなかった。
そうしたらあの申し出だ。
野郎の作った飯なんて御免だとも思ったが、男にしては可愛かったので受けてみた。
そうしたら思いの外、というか、とても、というか、美味かった。
彼は毎日欠かさずアルヴィンにおかずを差し入れてくれたので、アルヴィンの貧相だった食生活は潤った。
果てには昼飯の面倒まで見てくれて、アルヴィンは購買部のパン生活から脱却した。
こりゃあイイモノを引っかけたな、俺。そう思った。それくらいにしか、思ってなかった。
だがある日、日用品を買いにドラッグストアに行った。そこで見つけた何の変哲もないヘアピン。
そういえばいつもあの長めの前髪で顔が隠れてたな、とふと思い出す。時折鬱陶しそうに長い部分を耳にかけていたのもついでに思い出した。
自然とアルヴィンはそのヘアピンを手に取っていた。
この程度で毎日の食事の礼になるとは思わなかったが、まあいいや、とアルヴィンはそれを購入した。
特にラッピングもされていないそれを渡すと、ジュードは予想外に喜んでくれた。
その少し恥ずかしそうな、けれど花が綻ぶような笑顔は愛らしかった。
そこらの女なんて太刀打ちできないくらいの純粋な笑顔。
安いヘアピン一つでああも喜ぶなんて。畜生、可愛いじゃないか。
そして素直にそのヘアピンを使うジュードをますます可愛いと思った。
マズイ。非常にマズイ。
今までヘッドハントする時以外では余り生徒とは交流を持たないようにしていた。
理由は単純に面倒だからだ。女は好きだったが多感な時期の少女たちの相手は面倒だった。男なんて論外だ。
なのにこの感情は何だ。可愛い、もっと構いたい、もっと色んな表情を引き出したい。
自分はジュードをそういう意味で好きなのか?自問した。だが答えは見つからず、ならば実践してみればいいと思った。
上手い事話を乗せて、ジュードの部屋で夕飯を食べる約束を取り付けた。
ジュードの部屋はアルヴィンの部屋と同じ間取りの1Kで、バイトはしていないようだったので家賃は親が払っているのだろうと予測した。
ジュードの作る料理は何でも美味しかった。ここまで何でも美味いのは最早才能だと思う。
礼代わりに洗い物をするとジュードはとても恐縮していた。これくらい何でもないのに、と思いながらもそんな所も可愛いと思ってしまった。
そして、帰りがけにキスを一つ奪ってやった。
男のくせにふにゃんと柔らかい唇は触れていて心地よく、離れてしまうのが惜しかった。
蜂蜜色の瞳を真ん丸に見開いて硬直しているジュードを残してアルヴィンは部屋を出た。
自分で仕掛けておいて何だが、多少なりとも抵抗感はあると思っていた。
だって男だ。いくら可愛くても男だ。抵抗感がなければ不味いだろう。なのに、それが、無い。見事に、無い。
今まで女一筋だった自分が、何を間違えたのか十五の少年に惹かれている。
こうなったら、落とすしかない。
一度付き合ってみれば、その内気が済んで飽きるだろう。そうしたら捨てればいいのだ。
まあ長い人生、男と付き合う事もあるさ。アルヴィンはそう軽く考えていた。

 


キスされるというジュードにとって衝撃的な事件があってからもジュードは差し入れを止めなかった。
突然止めたらアルヴィンが困るだろうという思いもあったが、何よりこんな事でアルヴィンとの繋がりが切れてしまうのは嫌だったのだ。
きっと自分はアルヴィンの事が好きなのだろう。
その好きがどういう好きなのかまではジュード自身測りかねたが、それでももっとアルヴィンの事を知りたいと思う様になっていた。
アルヴィンとの関係は、あの日から少しずつ変わりつつあった。
いつもは弁当を届けてすぐ退室していたのだが、一言二言雑談をするようになった。
屋上でレイアとミラが待っているから長話はできなかったが、それでも言葉を交わす事が多くなった。
夕食も、ジュードの部屋で食べる事が多くなった。
二人でテレビを見ながら食事して、アルヴィンが洗い物をしてくれて。
だが洗い物が終わればアルヴィンはすぐに帰ってしまう。楽しい時間はお終いだ。
それでもジュードは毎日が充実しているように感じていた。
今日もアルヴィン先生に美味しいって言ってもらえるようなご飯を作ろう。そう思うと毎日に張り合いが出た。
そんなある日、いつものようにアルヴィンが洗い物を済ませて部屋を出ていこうとするのをジュードは見送りに玄関まで着いて行った。
これも最近では常になりつつある光景だった。
「じゃあ、ご馳走様」
アルヴィンがそう言って玄関を開く。そのまま出ていくのだとばかり思っていると、アルヴィンは足を止めてそうそう、と振り返った。
「ジュード君、俺と付き合わない?」
「……は?それは、どういう……」
ジュードは言われた事が理解できずに小首を傾げると、そのまんまの意味、と笑われた。
「俺の恋人になってくれない?」
「……」
恋人、と口の中でその単語を転がして、理解すると同時に赤面した。
「え、な、なんでっ」
「俺、ジュード君の事好きみたいなんだわ」
アルヴィンはへらりと笑うと返事は明日でいいから、と言って今度こそ部屋を出て行った。
ぱたんと閉ざされた扉を見詰めながらジュードは赤くなった頬を包み込む様に手を当てた。
「え、え……?」
頬が熱い。今夜は寝れそうになかった。

 


思った通り、一晩中ジュードは悩む羽目になった。
受け入れるべきか、断るべきか。
正直な所、嬉しかった。余り人からそういった好意を向けられた事のない(と信じている)ジュードにとって、初めての経験だった。
だけど、自分はアルヴィンをアルヴィンが言ったのと同じ意味で好きなのだろうか?それがジュードにはわからない。
余りにも恋愛経験が少なすぎたジュードは、ぐるぐると空回りする思考で必死で考えた。
そして漸く結論を出した頃には、いつも目が覚める時間になっていて。
ジュードは慌ててベッドを飛び出して弁当作りを始めた。
欠伸を噛み殺し、眠気と戦いながら午前の授業を受け、昼休みが近づいてくるにつれ、ジュードの心拍数は高まった。
そして保健室の前で高鳴る鼓動を抑える様に深呼吸をすると、勢い良く扉を開けた。
「よう、優等生」
いつものように椅子に座って振り返るアルヴィンの顔をまともに見られず、ジュードはキスされた翌日と同じように俯いて紙袋を差し出した。
「返事、考えてきてくれた?」
紙袋を受け取りながらのアルヴィンの言葉に、ジュードはますます顔を赤くしてこくりと頷いた。
「先生、は……本当に、僕なんかの事が好き、なんですか……?」
「信じられない?」
「信じられないっていうか……僕、男だし……」
相変わらずぼそぼそと喋るジュードに、アルヴィンは苦笑してそれでも、と言った。
「俺はジュード君が好きだよ」
アルヴィンの言葉に、ジュードが恐る恐る顔を上げる。頬は朱に染まり、蜂蜜色の瞳は羞恥と戸惑いで揺らいでいて愛らしかった。
「あの、僕……人からそういう事言われた事、無くて……アルヴィン先生の事も、好きだけど、そういう好き、なのかはわからなくて……」
でも、とジュードは必死に言葉を紡ぐ。
「僕……アルヴィン先生と、お付き合い、したいです……」
精一杯の応えに、アルヴィンは立ち上がるとジュードを抱き寄せた。
「じゃあ、お付き合い、しようか」
腕の中で小さく頷くジュードのその黒髪を撫で、アルヴィンは唇の端を歪めて笑った。
籠絡完了、っと。
指先で軽くジュードの顎を持ち上げ、顔を寄せれば素直に閉じられる瞳。
思った通り、簡単に落ちたな。
柔らかな唇の感触を楽しみながら、アルヴィンも目を閉じた。

 

ジュードがアルヴィンと付き合う様になっても二人の関係は余り変わりがなかった。
ジュードは変わらずアルヴィンに毎日弁当を届け、夕食はアルヴィンが遅くならない限りはジュードの部屋で二人で食べた。
少しだけ変わったのは、洗い物を終えてもアルヴィンは暫くの間ジュードの部屋に居座る様になった。
二人で並んで座ってテレビを見て、暫くするとふらりと帰っていく。
呼び方も、二人きりの時はアルヴィン先生ではなくアルヴィンと呼ぶように言われた。
そして部屋を出る時、アルヴィンは決まってジュードに軽い口付けを落としていった。
キスとハグはまだ恥ずかしくて慣れなかったけれど、ジュードは幸せだった。
好きな人がいて、その人も自分を好きでいてくれて。
そんな幸せがずっと続くのだと、無条件に信じていた。
だが二人が恋人同士となって三か月が過ぎた頃。
帰宅途中だったジュードは歩きながら携帯電話を取り出した。
そこにはアルヴィンからのメールが届いていた。つい数分前に届いたようだった。
その内容は仕事が遅くなるから夕食は要らない、という事だった。
ここ最近、アルヴィンはよく帰りが遅くなる。二、三日おきぐらいで入るそのメールに、ジュードは溜息を吐いた。
じゃあ今日の夕食は、簡単で良いか。
アルヴィンがいつも美味しいと言って食べてくれるから作る気にもなるのだが、一人では何の楽しみもない。
最初は今がテスト期間だから忙しいのかしら、と思ったものの、アルヴィンは保健医だ。テストが関係しているとは思えない。
先生同士や友達同士の付き合いだろうか、と思いながらジュードはその日の夕食は適当に済ませた。
宿題とテスト勉強の合間に喉の渇きを覚えたジュードは冷蔵庫を開けて気付いた。
そういえば、ヨーグルトを買ってくるのを忘れた。
ジュードは毎朝ヨーグルトを食べる習慣があった。今朝食べきってしまって、買ってこなくてはと思っていたのに。
すっかり忘れてしまっていたらしい。
ヨーグルトだけならマンションの前にあるコンビニで事は足りる。時間も遅かったし少し面倒な気もしたが、ジュードは財布を片手に部屋を出た。
コンビニでヨーグルトを購入して店を出たその時、ジュードは交差点の向こうにアルヴィンの姿を見つけた。
傍らに、知らない女性が立っていた。
二人は親しげに何かを話しながら笑い合っていた。時折女性が笑いながらアルヴィンを肘で小突く。
恋人同士がじゃれあっているようにしか、見えなかった。
二人は呆然と立ち竦むジュードに気付かないまま、横断歩道を渡ってマンションへと入っていった。
何だったんだろう、今の。
きっと同じマンションの人で、たまたま一緒になっただけ……とは思えなかった。
ジュードが混乱した頭のままマンションに入ると、エレベーターは六階で止まっていた。
ボタンを押しながら、そういえばとジュードは思う。
僕、アルヴィンの部屋って入った事、無いや。
いつもアルヴィンはジュードの部屋で夕食を摂っていたし、うちに来る?と聞いてくる事も無かった。
今まではそれについて特に不満に思った事も疑問に思った事も無かったけれど。
さっきの女の人は、今頃アルヴィンの部屋に入っているのだろうか。アルヴィンの部屋で、二人で、何をしているのか。
そう思うと、無性に悲しくなってきた。
何かの間違いだと思いたい。けれど。
この三か月、アルヴィンが触れるだけのキスとハグ以外、してこなかった事に今頃になってジュードは気付いたのだった。

 


翌日、それでもジュードはアルヴィンの分の弁当も作って持って行った。
弁当を受け取るアルヴィンはいつも通りで、様子のおかしいジュードにテスト疲れか?なんて笑っていた。
「う、ん……でも今日で終わりだから……」
「そうだったな。あと少し頑張れよ」
昨日の女の人は、誰?そう問いたいのをぐっと堪えてジュードは保健室を出た。
真実が知りたいけれど、知ってしまうのも怖かった。
屋上ではいつものように既にミラとレイアが待っていて、ジュードを見た途端ぎょっとして目を丸くした。
「ジュ、ジュードどうしたの?」
「誰かに苛められたのか?」
レイアにハンカチを頬に押し当てられて初めてジュードは自分が泣いている事に気付いた。
「あ、れ……?」
「何か悩んでるの?私、聞くくらいできるよ?」
「うむ。話すだけでも気が楽になる事もある」
ぽろぽろと涙を零しながら、ジュードは優しい幼馴染たちにありがとう、と震える声で告げた。
そしてジュードはアルヴィンの名前は伏せてぽつりぽつりと話し始めた。
三か月前から年上の男の人と付き合っている事、そしてその人が昨晩女の人と親しげに歩いているのを見たという事。
「僕、男だし、やっぱり女の人の方が良いのかな……」
レイアから借りたハンカチを目元に当てながら言うと、何それ酷い、とレイアは憤慨した。
「その人の方から告白してきたんでしょ?なのに女の人と一緒にいるなんて酷い!」
「ふむ。しかしただの友人という可能性も捨てきれないのではないか?」
「でもジュードを傷付ける様な事をした事に変わりはないじゃん!」
ていうか、とレイアはずいっとジュードの方に身を乗り出して言った。
「その人って、アルヴィン先生?」
「え!な、なん、なんで……」
涙も止まるくらい慌てるジュードに、そりゃあわかるよ、とレイアは笑った。
「ジュードが仲良くしてる大人の男の人なんて、アルヴィン先生しかいないじゃん」
言われてみればそうだった。そこに加えて二人はジュードが毎日アルヴィンの昼夜の食事の面倒を見ている事も知っている。
「でも確かにアルヴィン先生って色んな噂があるよね」
街で綺麗な女の人と歩いてたとか、毎回連れている女の人が違うとか。
レイアの言葉にジュードは一層落ち込む。
「やっぱり……女の人の方が良い、よね……」
「あ!で、でも!今はジュードがいるから違うかもしれないし!一度ちゃんと聞いてみたら?」
「うん……でも、知るのが怖くて……」
「ならば私が問い質して来ようか」
ミラの言葉にジュードは慌てて首を横に振る。
「い、いいよ!ミラにそんな事させられないよ!」
「だがジュード、疑惑を抱えたままではお前も辛いだろう」
「うん……そうだね……僕、アルヴィンに聞いてみるよ」
ありがとう、二人とも。そう言って微笑むと、二人もほっとした様に微笑んだ。

 

 

 

 


その日の夜、いつもの様にアルヴィンはジュードの部屋にやって来た。
落ち込んだ様子のジュードに、アルヴィンはテストの出来が悪かったのか?などと見当はずれな事を言っていた。
食事を終えて、いつもの様にベッドを背もたれにして二人で並んでテレビを見ながらジュードはねえ、と切り出した。
「昨日、どこ行ってたの?」
「んー?飲み会?」
テレビから視線を外さないまま答えるアルヴィンに、ジュードはふうん、と俯いた。
「一緒にいた女の人、誰?」
そこで漸くアルヴィンがジュードを見たのが気配で分かった。
「……へ?」
「アルヴィン、楽しそうだった」
「おたく、見て……たのか?」
微かに動揺を滲ませたアルヴィンの声に、ジュードはこくりと頷く。
「……あー」
見上げると、アルヴィンはがしがしと頭を掻いて悪い、と言った。
「バーで意気投合して、それで、その……」
言葉を濁すアルヴィンに、ジュードは再び視線を逸らして俯いた。
「……僕って、アルヴィンの、何?」
ジュードの問いに、アルヴィンはその小さな体を抱き寄せて恋人だよ、と囁いた。
「俺の恋人は、ジュード君だけだから」
「じゃあなんで……」
「だってジュード君、キスだけで真っ赤になるじゃない」
「え……?」
それが今の話と何の関係があるのだろう。ジュードがアルヴィンを見上げると、アルヴィンは珍しく真顔でジュードを見下ろしていた。
「俺はね、良い年した男なの。エッチな事もしたいわけ。わかる?」
「わ、かんないよ……僕、はアルヴィンの恋人、じゃないの……?なんで……」
「まだ十五歳のジュード君に手を出すわけにはいかないでしょ?」
「だ、から他の女の人とするの……?」
そーゆーコト、と当然の様に薄い笑みを浮かべるアルヴィンに、ジュードは視界がぼやけてくるのを感じた。
「や、だ……やだよ……そんなの、やだ……」
ぽろぽろと抑えきれなかった涙が溢れたが、構わずジュードはアルヴィンを見上げた。
「子供扱い、しないで……」
きっと今自分は酷くみっともない顔をしている。そう自覚していたが、ジュードはアルヴィンにしがみ付くのを止められなかった。
そんなジュードをアルヴィンはじっと見下ろしていたが、やがて良いのか?と囁いた。
「オトナ扱いして、良いわけ?」
笑みを消したその表情に、ジュードはこくりと頷いた。
「対等が、いい……」
「……オーケィ」
アルヴィンは口元を歪めて笑うと、ジュードの体をかき抱いてその柔らかな唇に口付けた。
「んっ……」
唇を割って入ってきた生暖かいそれにジュードは驚きに目を見開く。
咄嗟に逃れようとするがアルヴィンの手がしっかりとジュードの体と頭を固定していて逃れられない。
「ん、んっ……」
怯えて奥に引っ込んでしまうジュードの舌をアルヴィンは優しく引き出して絡めた。
絡めたそこからちゅぷりと水音がしてジュードは羞恥に目をきつく閉じる。
「……は…ぁ……」
長い口付けがから解放されると、ジュードは涙でぼやける視界でアルヴィンを見上げた。
その涙に濡れた蜂蜜色の瞳に、アルヴィンは舌打ちするとジュードの体をベッドの上に引き上げた。
「アル、ヴィン……?」
これから何をされるのかわかっていないのだろう、きょとんとして見上げてくるジュードを見下ろしてアルヴィンは囁く。
「大人扱い、して欲しいんだろ?」
「!」
漸く事態を理解したらしいジュードが真っ赤になって視線を彷徨わせる。
「ジュード……?」
促す様に名を呼べば、ジュードは彷徨わせていた視線をアルヴィンに向けるとやがて小さく頷いた。

 


「あっ……!」
胸の突起を吸われてジュードは甘い声を上げる。女でもないのにそこが感じるなんて、ジュードは知らなかった。
反対側の突起はアルヴィンの指がくにくにと押し潰したり摘まんだりして弄っている。
じわじわと下肢に集まっていく熱を逃がそうと腰を揺らめかすと、それに気付いたアルヴィンが薄く笑った。
「……こっちも触って欲しかった?」
「あっ」
胸元を弄っていた手が勃ち上がったジュードのそこを撫で上げ、ジュードはびくりと体を震わせた。
ちゅくちゅくと胸元を舐りながらアルヴィンの手はジュードのズボンを脱がしていく。
ふるりと現れたそれにアルヴィンが指を絡めると、ジュードの体は面白いくらい跳ねた。
「あっ、あ……!」
胸元と下肢への刺激にジュードは過剰なほど反応を示す。
アルヴィンが少し力を込めて手の中のそれを擦りあげればジュードは甲高い声を上げた。
自慰もろくに知らないのだろう、快感に震えるその様はアルヴィンを煽った。
「っとにおたくは可愛いねえ」
「ある、び……」
胸元の小さな果実を舐っていたアルヴィンの舌がつうっと腹を下っていく。
臍に口づけられ、くすぐったいようなそれに身を捩るとアルヴィンの舌が更に下がっていく。
「え……やっ……!」
驚きに目を見開くジュードの目の前で、アルヴィンはジュードの勃ち上がったそれを銜え込んだ。
「や、あるび、そんなとこ、舐めちゃ、や、あ……!」
根元まで銜え込まれて舌で裏筋を擦りあげられる。初めての強い快感にジュードは脚を擦り合わせて少しでもその快感を逃そうとする。
けれど次から次へと溢れてくるその快感に、ジュードはそれを否定するようにふるふると首を横に振った。
「あ、あ、やあ……!」
じゅぷじゅぷと音を立てながら吸い上げられ、舌で扱かれながらジュードは己の限界が近い事を感じていた。
「あるび、だめ、ぼく、もう……!」
そう訴えてもアルヴィンはそこを銜え込んだまま離さず、耐えきれなくなったジュードは甲高い声を上げてアルヴィンの口内に熱を放った。
「あ、あ……」
全てを吸い出そうとするかのようなそれにジュードが体を震わせると、漸くアルヴィンが身を起こした。
「イク時のジュード君の顔、すっごい可愛かったぜ」
ぺろりと唇を舐めるその仕草に、ジュードは一層羞恥心を煽られる。
「の、飲んじゃったの……?」
「ご馳走様」
アルヴィンはそう言ってにやりと笑うと、さて、と小首を傾げた。
「こっからどうしようかねえ」
「?」
ジュードも同じように小首を傾げると、ああ、あれがあったな、とアルヴィンは一人納得してベッドを降りた。
「アルヴィン……?」
「ちょっと待ってな」
ジュードが身を起こすとアルヴィンはキッチンから一本の瓶を手に戻ってきた。
「オリーブオイル?」
きょとんとしているジュードに、そう、とアルヴィンは笑ってジュードの脚を大きく開かせた。
「な、なに……?」
全てを曝け出すようなその体勢にジュードが脚を閉じようとするが、アルヴィンが体を挟んでしまってそれは叶わなかった。
アルヴィンはオイルを掌に落とすと、じっとしてろよ、と囁いてジュードの閉ざされた蕾に指を滑らせた。
「やっ……!なに、アルヴィン……!」
そんな所を他人に触られる日が来るなんて思ってもみなかったジュードが身を捩って逃れようとする。
だがそんなジュードの腰を押さえつけてアルヴィンはオイルをそこに塗り込めるように指を動かした。
「男同士はさ、ここ、使うんだよ」
「ある、び……!」
指がつぷりと中に入り込んでくる感覚にジュードは蜂蜜色の瞳を大きく見開いた。
「や、あ、あ……!」
オイルの滑りを借りてずるずると中に入り込んで来るその感覚は異質で、ジュードはぶるりと体を震わせた。
「……これ、かな」
「あ!」
何かを探る様に蠢いていた指がある一点を擦りあげた途端、ジュードは声を上げて跳ねた。
「お、当たり?」
「あ、あっ、なに、なにこれ……!」
アルヴィンの指がそこを擦るたびに痺れるような快感が全身を走り抜ける。
「ここが前立腺ってやつ。ここ刺激されると男でも感じる事が出来るんだよ」
「あっ、あっ、あっ」
ぐりぐりと無遠慮に刺激されてジュードは息も絶え絶えに喘いだ。
不意に圧迫感が増し、ジュードはアルヴィンが二本目の指を挿し入れてきた事を知る。
「アル、ヴィン……!」
「わかる?おたくのここ、俺を受け入れるために少しずつ解れてきてるぜ」
二本の指が卑猥な音を立てながら抜き差しされ、ジュードは熱い息を吐きながらアルヴィンを見上げた。
「……良いね、その顔。すげえそそる」
三本目の指が入り込む頃には、ジュードのそこは蕩けきっていた。ひくひくと指を締め付けてくるそこに、アルヴィンはそろそろかな、と指を引き抜いた。
アルヴィンがズボンの前を寛げて己の勃ち上がったそれを取り出すと、ジュードが微かに怯えた色を示した。
「大丈夫だって。力抜いてりゃそれほど痛くないから」
多分な、と心の中で付け加えてアルヴィンは猛る己自身にもオイルを塗りつけた。
ジュードの脚を大きく割ってひくつくそこに熱を押し付ける。
「力、抜いてろよ……」
そう言い置いて腰を進めると、その圧迫感にジュードの背が撓った。
「や……痛い……!」
逃げようとする腰を押さえつけてじりじりと先端を含ませていく。
「やだ、あるび、いたい……!」
痛みを訴えるジュードを無視して熱を押し込むと、太い部分が入り込んだのが分かった。
「や、あ……!」
後はずるずるとジュードの狭いそこを押し開いて根元まで埋めていった。
己の熱を根元まで飲み込んだそこを見下ろしながら、やばい、とアルヴィンは呟いた。
「ア、ルヴィン……?」
はくはくと息を乱しながら見上げてくる潤んだ視線に、アルヴィンは無意識に唇を舐めた。
「あっ、待って、待ってアルヴィ……!」
何の前置きもなく律動を始めたアルヴィンにジュードはただ翻弄された。
「あ、やっ、あっ」
「ジュード君の中、ヨすぎてすぐイッちゃいそう……」
耳元で囁かれた低い声にジュードはぞくぞくと背筋を震わせる。
アルヴィンが腰を打ち付けるたびに塗り込められたオイルがくぷくぷと音を立てた。
何度も何度も無遠慮に突き上げられてジュードはただ喘ぐ事しか出来ない。
「あっ」
アルヴィンの手がジュードの勃ち上がったそこを再び扱きあげ始め、待って、とジュードは何度も訴えた。
けれどアルヴィンがそれを聞き入れる事は無く、ジュードは高められるがまま己の腹の上に熱を放った。
「くっ……」
その締め付けにアルヴィンも低く声を漏らしてジュードの中に熱を放つ。
びゅくびゅくと注がれる熱に、ジュードは背筋を震わせた。
「……はあ」
一つ息を吐いてアルヴィンは繋がったままジュードの脱力した体を抱きしめた。
「アル……ヴィン……」
「これでもう、ジュード君は俺のモノだな……」
低く囁かれるそれに、ジュードはうっとりと目を閉じてアルヴィンの背に腕を回した。
「うん……大好きだよ、アルヴィン……」

 


あれを見られていたとは思わなかった。
普段ならジュードがあんな時間に部屋を出るなんて事はなかっただろうに。
偶然って怖いわあ。アルヴィンは思う。
元々アルヴィンは女好きだ。男なんて範疇にない。
だからいくら女の子の様に可愛くても男であるジュードに手を出すのはどうかと思っていた。
何より勃たないだろう。ジュードを可愛い、構いたいと思う気持ちとそれは別物だ。そう思っていた。
けれど子供扱いしないで、と訴えるジュードの泣き顔はアルヴィンのスイッチを見事に押した。
あれ?いけるかもしれない。そう思いながら口付け、舌を差し入れると次第に熱が湧き上がってくるのを感じた。
口付けから解放されて、とろんと潤ませて見上げてくる蜂蜜色の瞳の破壊力は抜群で。
アルヴィンは己の自制心だとか理性だとかが吹き飛ぶのを感じた。
男を抱くのは勿論初めてだった。だが知識として何処を使うのかは知っていた。
男同士のセックスは必ずしも繋がる必要はない。しかしアルヴィンは折角なのだから繋がりたいと思った。
ジュードの性器を口で愛撫するのも、吐き出された熱を飲み下すのも、そしてその奥の蕾に触れるのにも嫌悪は感じなかった。
初めての快感に蕩けるジュードは壮絶な色気を放ってアルヴィンを煽った。
痛がるジュードの体を押さえつけて自身を埋め込めば、強い締め付けと蠢く内壁にすぐに達しそうになる。
それを堪えて腰を動かせば、強い快感がアルヴィンを襲った。
何だ、これ。アルヴィンは腰を打ちつけながら思う。
女とはまた違った締め付けにアルヴィンは夢中で腰を振った。
そしてジュードが達した時の内壁の動きは言葉では表せないほど気持ちが良かった。
ジュードの最奥に熱を放ったアルヴィンはまだ体の奥で燻っている熱を誤魔化す様にジュードの細い体を抱きしめた。
女の様に柔らかくはなかったが、不思議と落ち着いた。
真っ直ぐに向けられる好意に、アルヴィンは俺には勿体ないねえ、と内心で笑った。

 


翌朝、ジュードはアルヴィンの腕の中で目を覚ました。
あの後、アルヴィンはジュードの体を清めてくれた。ジュードは自分でやると言ったが、自分で掻きだせるの?と問われ、言葉を詰まらせた。
あれは恥ずかしかった。セックス自体より恥ずかしかった気がする。
そこまで考えて、ジュードはアルヴィンとしちゃったんだあと改めて思った。
アルヴィンの熱を銜え込んでいたそこは今も違和感を訴えていたけれど、それでもジュードは幸せだった。
全ての問題は解決された。だからこれからまた幸せな日々が始まるのだ。
ジュードは愚かにも、そう信じていた。

 

 

 

 

レイアとミラには仲直りしたよ、とだけ伝えてジュードは相変わらずアルヴィンに弁当を届けていた。
アルヴィンと体を繋げるようになってわかったのは、アルヴィンは意外とスキンシップが激しいという事だった。
遠慮が無くなったと言うべきだろうか。二人きりだとすぐに抱きついて来たりくっついて来たりするようになった。
それは保健室でも発揮されて、弁当を届けると必ず抱き寄せられた。
そしてもう行っちゃうのーなんて言われて、嬉しくなりながらも友達を待たせてるからごめんね、とその腕の中から逃れるのだ。
アルヴィンはそんなジュードの交友関係を知りたがった。
友達らしい友達は余りいないジュードは、精々幼馴染のミラとレイアの事を話す事しか出来ない。
さすがのアルヴィンも一年生のレイアの事は記憶に無いようだったが、三年生のミラの事は知っていた。
二人とも実家のご近所さんなんだ、と言うジュードに、アルヴィンはふうん、と頷いていた。
アルヴィンは二日と置かずジュードを求めた。本当は毎日でもしたいらしいのだが、ジュードの体調を慮って一日おきにしたらしい。
それでも週に三回も四回もするわけなのでアルヴィンが最初に持ち込んだゴムはあっという間に無くなった。
さすがにジュードでは買い辛いのでゴムを買ってくるのはアルヴィンの役目だったが、毎回違うメーカーのものを買ってきてはジュードに選ばせた。
そんなある日、ジュードがいつもの様に弁当を届けると、アルヴィンはそれを受け取りながら言った。
「飯食い終わったら、もう一度ここにおいで」
「?わかった」
理由はわからなかったが、取り敢えず頷いてジュードは屋上へ向かった。
そしていつも通りに三人で昼食を食べ、一旦教室に戻って空になった弁当箱を鞄にしまうと再び保健室に向かった。
「失礼します」
保健室に入るとアルヴィンは鍵もかけて、と指示してきた。
何で鍵をかけるんだろうと思いながらも素直に従うと、おいで、と腕を伸ばされた。
その腕の中に包まれて、ジュードはくすりと笑う。アルヴィンがこんなに甘えっ子だったなんて。
アルヴィンがじっとジュードを見下ろしているのに気付いて見上げる。するとアルヴィンの顔が近づいてきてジュードは自然と目を閉じた。
「んっ……」
今まで学園内では抱き締められたことはあっても口付けまでされた事は無かった。
だから鍵かけたのかな、なんて思っていると口付けから解放され、カーテンの向こうに導かれた。
カーテンに囲まれたそこには、ベッドがある。そこに押し倒されて漸くジュードはアルヴィンがキスだけで済ますつもりがない事を知った。
「ちょ、アルヴィン、ここ学校……!」
「知ってる」
ジュードの抵抗など物ともせずにアルヴィンはジュードのシャツのボタンを外していく。
「僕、これから授業が……!」
「今日はどうせ返って来たテストの答え合わせばっかだろ?成績優秀なジュード君は一限くらい受けなくても問題なしっと」
「そういう訳には……!」
「大丈夫だって。ジュード君は体調が悪くて保健室で休んでましたって言ってやるから」
「そういう問題じゃ……!」
肌蹴られた胸元にアルヴィンの手が滑ってジュードは体を震わせる。
「ココはエッチな事を期待してるみたいだけど?」
つんと立ち上がった胸の突起を摘ままれてジュードは短く声を上げた。
アルヴィンはズボンの前を寛げると既に芯を持っているそれをジュードに見せつける様に取り出した。
「ジュード君、舐めて」
「……」
予鈴が鳴り響くのを聞きながら、ジュードはこくりと喉を鳴らしてそれを見詰めた。

 


「ん、んっ……」
じゅぷじゅぷと水音を立てながらそれを吸い上げると、アルヴィンの手がジュードの髪を撫でる。
「大分上手くなってきたな」
ジュードの口には大きすぎるそれを咥えながら気持ちいい?と問う様にアルヴィンを見上げれば、気持ちいいぜ、と笑った。
「ジュード君はエッチも優等生だから教え甲斐があるってもんだ」
「んっ……う……」
硬く勃ち上がったそれに懸命に舌を這わせていると、ぽんとアルヴィンの手がジュードの頭を優しく叩いた。
「もう、良いぜ」
のろのろと身を起こすと、ズボン越しにジュードの勃ち上がったそれを撫でられた。
「あっ」
「舐めてるだけで感じちゃったの」
「だ、って……」
ズボンを下着ごとするすると脱がされ、床に落とされる。現れたピンク色のそれをしゃぶりたい衝動に駆られながらアルヴィンは更にその奥の蕾に手を滑らせた。
「んっ……」
さすがに何も無しにそこを拓くのは難しいらしく、固く閉ざされたそこを何度か指の腹で撫でるとアルヴィンは白衣のポケットからローションのミニボトルを取り出した。
そんなものがここにあるという事は、アルヴィンは最初からジュードをここで抱くつもりだったのだろう。
アルヴィンの馬鹿、と思いながらもローションを掌に落とすアルヴィンに、早く触って欲しいとも思う。
「あっ……」
アルヴィンのローションに塗れた指が閉ざされた蕾を優しく撫で、指の先がそこを押し開いた。
「んん……」
にゅるりと入り込んでくるその感触に震えながら、ジュードは無意識にその指を締め付けた。
「こら、締め付けないの」
「だ、だって……」
くつくつと喉を鳴らして笑うアルヴィンに、ジュードはかあっと赤くなった。
アルヴィンの指の腹が前立腺を擦りあげ、ジュードが甲高い声を上げる。
「ジュード君の大好きな所、みっけ」
「あっ、あ、あっ……!」
ぐりぐりとそこを弄られ、ジュードの体はびくびくと跳ねる。
指が一本、また一本と増やされ、三本の指が蠢くのを感じながらジュードは次なる快感への期待に胸を高鳴らせた。
それに応える様に指が引き抜かれ、アルヴィンがポケットから今度は二つのゴムを取り出した。
「ベッド汚すと面倒だから、ジュード君にもつけてあげる」
手慣れた手つきでジュードの勃ち上がったそれにゴムを被せると、アルヴィンは自分のそれにもゴムを被せた。
「力抜いてろよ」
熱が押し入ってくる感覚にジュードは背を撓らせる。
「あ、あ……!」
初めての頃と比べると大分痛みは無くなってきた。その分快感が強まってジュードは甘い声を漏らした。
アルヴィンの熱がジュードの感じる所を擦りあげる。するともう目の前が真っ白になって言葉にならない声を漏らすしかできない。
「アルヴィ、アルヴィン……!」
「気持ちいいの?ジュード君」
「気持ちいっ……!」
突き上げられながら素直に頷くジュードに、アルヴィンは唇の端を歪めて笑う。
「エッチな体になっちゃって」
「あ、るび……!」
「もうイッちゃいそう?」
こくこくと何度も頷くジュードに、アルヴィンは了解、と笑って律動を速めた。
「一緒にイこうぜ、ジュード君」
「あ、あっ、あっ」
強く突き上げられてジュードが薄膜の中で達すると、アルヴィンもぶるりと震えて熱を放った。

 


情事の後始末を終えて服を纏うと、アルヴィンがネクタイ曲がってるぜ、と笑って直してくれた。
こういった些細な触れ合いがくすぐったくもあり、嬉しくもあった。
丁度授業も休み時間に入る時間で、ジュードはアルヴィンにまたね、と笑って保健室を出た。
教室に戻るとクラスメイトがどこ行ってたんだよ、と聞いてきたのでジュードは体調が悪くて保健室で休んでたんだ、と曖昧に笑って誤魔化した。
授業をサボるなんて、初めてだった。後ろめたさを感じながらもアルヴィンに愛された事が嬉しくてジュードは幸せを感じていた。
次の授業でも時折アルヴィンの事を思い出しては集中しなくては、と何度も思考を切り替えた。
そして放課後を迎え、帰る準備をしていると近くにいた女子がねえ知ってる?と他の女子に話しているのが聞こえた。
「アルヴィン先生って、恋人いるんだって」
「えーそうなの?ショックー」
他の教師と比べて年若く、甘い顔立ちのアルヴィンは女子に人気が高かった。
時折こうして女子たちの間で話が盛り上がっているのをジュードもまた耳にしていた。
恋人という単語にどこか気恥ずかしい思いをしながらジュードが聞き耳を立てていると、女子の一人がそういえば、と言い出した。
「先週の日曜日、駅前のカフェでアルヴィン先生見たよ!綺麗な女の人と一緒だった!」
ジュードのノートを鞄にしまう手が止まる。しかしジュードが聞き耳を立てているとも知らない女子たちは口々に情報を交換する。
「私も見た事ある!髪の長い美人でしょ?」
「え、私が見たのはショートカットのモデル体型の人だったよ?」
「まあアルヴィン先生かっこいいもんねー。恋人いっぱいいそうー」
「結構軽そうだもんねー。とっかえひっかえしてるんじゃないの?」
「えーアルヴィン先生がそんな人だったなんてー」
「あんたはアルヴィン先生に夢見すぎだってー」
好き勝手な事を言ってきゃらきゃらと笑っている少女たちの言葉に、ジュードは硬直したまま動けない。
先週の日曜日と言えば確かにアルヴィンは一日中出かけていた。夕食もジュードは一人で食べた。
ジュードは休みの日だからとアルヴィンと何処かに出かけた事は無い。
恋人である以前に教師と生徒という関係だったから、必要以上に仲良くしている姿を誰かに見られるのは良くないのだろうと思っていた。
だからアルヴィンが休みの日になるとふらりと何処かへ出かけるのも然程気にしていなかった。
それにしたってどうしてこうも自分は鈍いのだろう。
前にアルヴィンが女の人と歩いていたのを見た時だって、その瞬間までアルヴィンを疑った事なんて無かった。
そして抱き合う様になって、またジュードはアルヴィンを盲目的に信じていた。
これでアルヴィンは自分だけを愛してくれる。そう信じ込んでいた。
女子たちは楽しげに話しながら教室を出ていく。それにすら気づかないままジュードは呆然と座っていた。
誰かを愛し、付き合うという事は、ただ一人にその想いを捧げる事だと思っていた。
けれどアルヴィンは違うのだ。大勢の人の愛情を渡り歩きながら、ジュードを抱いていたのだ。
「……どうして、今まで気付かなかったんだろ」
ぽつりとジュードは一人きりになった教室で呟く。
付き合い始めてから、アルヴィンがジュードに愛を囁いた事は一度もないのだという事に今更ながらに気付いた。
アルヴィンがキスとハグ以上をしてこなかった時の様に、いつも後になって気付く。
「ほんと……僕って、鈍いなぁ……」
じわりと視界が歪むのを、ジュードは抑えきれずに俯いた。

 


こんな気持ちでほんの数時間前に抱き合ったばかり場所に行くのは気が引けた。
けれど行かなくてはならない。ジュードは己にそう言い聞かせて保健室の扉を開いた。
「あら」
そこにはアルヴィンと、古典の教師であるプレザがいた。
「あれ?ジュード君?どうした?」
背もたれに身を預けてこちらを見てくるアルヴィンに、ジュードは内心で狼狽えた。
まさか他の誰かがいるなんて思わなかったのだ。
「えっと……」
どうしよう、とちらりとプレザを見ると、彼女は何かを察した様にくすりと笑った。
「それじゃあ、私はこれで失礼するわ」
「ん?ああ」
親しげに言葉を交わす二人に、けれど同じ学園の教師なのだし、とジュードは自分を納得させた。
「で、どうしたの」
昼休み以外で保健室を訪れる事のないジュードの突然の来訪にアルヴィンは首を傾げた。
「……先週の日曜日、アルヴィン、出かけてたよね」
「ああ、うん」
「駅前のカフェに、居たって……クラスの女子が……」
途端、アルヴィンがしまった、と言うような顔をした。ジュードはそれを見て確信する。
やはりクラスの女子が見たのはアルヴィンだったのだ。腕に抱えた鞄をぎゅっと抱きしめる。
「……あー」
アルヴィンはいつかの様に視線を逸らして頭をがしがしと掻いた。
「いや、あれはさ、偶々相席になっただけで……」
「そんな言い訳、信じると思ってるの……?」
「……」
黙り込んでしまったアルヴィンに、ジュードは泣きそうに顔を歪めて言う。
「僕は、アルヴィンの大勢いる恋人の一人に過ぎないんだね……」
「そんな事はないって。俺の恋人はジュード君だけだから……」
アルヴィンが立ち上がって手を伸ばしてくる。その手から逃げる様に一歩退いてジュードはアルヴィンを睨み付けた。
「でも、たくさんの女の人と付き合ってるんでしょう?」
「それは、その……」
言葉を濁すアルヴィンに、もういい、とジュードは吐き捨てるように言った。
「アルヴィンなんて、知らない」
踵を返して保健室を飛び出す。ジュード、とアルヴィンが呼ぶ声が聞こえたが無視して廊下を駆け抜ける。
涙が零れそうだった。早く、早く人の居ない所に行かないと。
ジュードは体育館裏に辿り着くと、上がってしまった息を整えながら鞄を投げ出して冷たいコンクリートの上に座り込んだ。
「……っ……」
途端、ぽろりと堪えていた涙が溢れ出す。一つ零れてしまえば後はもう済し崩しに溢れてきた。
ジュードは膝を抱えて顔を伏せ、声を殺して泣き続けた。
どれくらい泣き続けただろう。きっと明日は瞼が腫れてしまう。そう思いながらも顔を上げられずにいると不意に低い声が降りかかった。
「……ここで何をしている」
「!」
ばっと顔を上げると、まさか泣いているとは思わなかったのだろう、そこに立っていた男が微かに目を見開いてジュードを見下ろしていた。
長めの黒髪に鮮やかな赤の眼を持つ男は、耳に心地よい低音でどうした、とジュードに問いかけた。
ジュードの前で片膝をつき、視線を合わせてくる男をジュードは涙で塗れた目でまじまじと見つめた。
どこかで見たことがある気がするのだが、思い出せない。教師ではないはずだ。
「苛めにでもあったのか」
男の問いかけに、ジュードはふるふると首を横に振った。
「大した事じゃ、無いんです……」
そう呟いて再び俯くと、そうは見えんがな、と男は言った。
「何故泣いていた」
言わなければ立ち去ってくれなさそうな気配にジュードは諦めて語り始めた。
「……付き合ってた人が、他の人とも付き合ってて……」
ぼそぼそと語るジュードに、男はふむと頷く。
「二股というやつか」
「二股どころか何人も付き合ってるみたいで……」
「そんな女はこちらから願い下げだと言ってやればいい」
「えっと……女の人じゃなくて、男の人、なんです……」
「……」
沈黙した男に、ああきっと引かれたな、と思いながらもジュードはもうどうでも良くなっていた。
ジュードが男の名も知らないように、男の方だってジュードの事を知らないだろう。
恐らくこれっきりになるだろう出会いなのだから、いっそ全部吐き出してすっきりしてしまいたい。
ジュードがそんな事を思っていると、男はそうか、と頷いた。
「それで、お前はどうしたいのだ」
男の問いに、ジュードは首を横に振った。
「わからない、です……僕、誰かと付き合うのって初めてで……こんな風に誰かを好きになったのも初めてで……」
どうすればいいのか、どうしたいのか、それがわからない。
「あの人にとっては僕だけじゃないってわかっても、それでも好きって気持ちが消えてくれなくて……」
「別離もまた一つの選択だ」
「わかってるんです……別れた方が自分の為にもなるって。でも、理屈では分かってても、気持ちがついて行かないんです……」
再び溢れ出した涙をぽろぽろと零すと、男がハンカチを取り出してジュードの目元を拭ってくれた。
「好き、なんです……裏切られてたってわかっても、それでも、僕は……!」
「……ならばその想いを伝えればいい」
「でも……!」
「結果がどうなるにせよ、思っている事を伝えずにいるよりは、全て打ち明けた方が楽になる」
ハンカチをジュードに持たせながらの男の言葉に、ジュードはこくりと頷く。
すると男はふと腕に嵌めた時計に目をやり、む、と顔を顰めた。
「時間切れのようだ」
立ち上がった男に、ジュードもあの、と立ち上がる。
「これ……」
涙に濡れてしまった高級そうなハンカチをどうしようと慌てていると、持っていろ、と男は微かに笑った。
「今は泣きたいだけ泣けばいい」
そう言って立ち去る男の背を、ジュードは立ち竦んだまま見送った。
「……あ!」
男の後ろ姿が見えなくなってからジュードは気付いた。
何処かで見た事のある男だと思っていた。そうだ、入学式だ。
一度だけ見た、その男は。
「……ガイアス、理事長……」
ジュードはさあっと血の気が引いていくのが分かった。滲んでいた涙も思わず引っ込む。
ジュードが恋の悩みをぶちまけた相手は、この私立エクシリア学園の理事長を務める男だった。

 

 

 

 


その日、ガイアスがジュード・マティスと出会ったのは偶然だった。
ガイアスはこの幼稚部から大学院まである私立エクシリア学園の理事長を若くして務めており、週に一度はそれぞれの学部の校長との打ち合わせに訪れていた。
この日は高等部の校長であるローエンと打ち合わせを済ませ、理事長室を出た。
この校舎から職員専用の駐車場に出るには体育館裏を通り抜けるのが一番早い。ガイアスは経験上それを知っていた。
そこで見つけたのが一人の生徒だった。
蹲っていたから初めは具合でも悪いのかと思って声を掛けた。
すると勢いよくあげられた顔は涙に濡れていて、しかも見覚えのある顔だったのでガイアスは僅かばかり動揺した。
記憶が確かなら、この少年はジュード・マティスの筈だ。
ローエンの妹の孫、つまり大甥だ。
ローエンとジュード・マティスは実の祖父孫の様に仲が良く、時折ローエン宅に泊まりに来る事もあると言う。
何故そんな事をガイアスが知っているのかといえば、当のローエンが隙あらばジュードと写した画像を見せてくるからである。
ちなみにローエンの携帯電話の待ち受け画像もジュードとのツーショット画像である。
今回のテストでも学年三位という優秀な成績を修めたらしく、ローエン自慢の大甥、といった所だった。
そのジュード・マティスがなぜこんな所で泣いているのか。
すぐさま脳裏に浮かんだのは、苛めという一言だった。
見るからに気の弱そうな少年だったので、そうなのだろうかと思ったらどうやら違ったらしい。
まさか恋の相談を受けるとは思ってもみなかったガイアスは、自分ではあまり力になれないのではないかと思いながらも言葉を交わした。
するとどうやらその恋人というのは同性らしく、見るからに純朴そうな少年が悪い男に引っかかったようにしか見えなかった。
だがそれでもその男の事を想って涙する少年に、当たり障りのない事しか言えない自分にガイアスは内心で溜息を吐きたくなった。
しかしそうこうしている内に次の会合へ行かねばならない時間になっていた。
もう暫くこの少年と話していたかったが、致し方ない。
涙に濡れたハンカチを持って慌てる少年に、ガイアスは今は泣きたいだけ泣け、と告げてその場を立ち去った。
駐車場で待っていた運転手がガイアスに気付くと後部座席の扉を開ける。
そこに乗り込み、静かに走り出した車内でガイアスはローエンはこの事を知っているのだろうかと思う。
いや、知らないだろう。あの親ばかならぬじじばかのローエンが知っていたら今頃相手の男は川にでも浮かんでいる。
さてどうしたものか。ガイアスはまた会えるかもわからない少年の事を思って窓の外へと視線を向けた。

 


ジュードが帰宅して携帯電話を手に取ると、アルヴィンからのメールが入っていた。
ちゃんと話がしたいから今夜部屋に行くという事だった。
今さら何を話すと言うのだろう。そう思いながらもアルヴィンの事を未だに嫌いになれていないジュードは溜息を吐いて携帯電話をローテーブルの上に置いた。
そして結局二人分の夕食を作ってしまい、部屋を訪れたアルヴィンを迎え入れた。
「ジュード……」
「話はご飯の後にして」
ぴしゃりと言い放ったジュードにアルヴィンはハイと返事をして大人しく定位置に座った。
テレビから陽気な笑い声が響く中、二人は黙々と箸を進めた。
時折アルヴィンが何か言いたげに見てきたが、ジュードはそれらを全て無視して食事に専念した。
食事が終わり、いつもの様に洗い物をしようと立ち上がりかけたアルヴィンを制してジュードは立ち上がった。
「今日は僕がやるから、アルヴィンは座ってて」
再びハイ、と返事をして大人しく座っているアルヴィンに、ジュードは洗い物をしながら思わずくすりと笑みを零した。
まるで叱られた大型犬のようなその姿に、ああ、やっぱり僕はこの人が好きなんだなあと思う。
それでも、許せない事はあるのだ。ジュードは洗い物を終えるとアルヴィンの前に座って告げた。
「僕、今でもアルヴィンの事が好きだよ」
穏やかにそう言うジュードに、情けない顔をしていたアルヴィンの表情が微かに明るくなる。
「ジュー……」
「でもね、許せる事と許せない事ってあるよね」
穏やかな表情のまま、ジュードは己の出した結論を告げる。
「別れよう、アルヴィン」
「え……」
「もう明日からお弁当もご飯も作らない。ただの生徒と先生に戻ろう」
目を見開いて固まっているアルヴィンに、僕が言いたいのはそれだけだよ、と告げて立ち上がろうとしたジュードの手首をアルヴィンが掴んだ。
「本気で、言ってんの……?」
「本気だよ」
徐々に強くなっていく手首の締め付けにジュードは微かに顔を顰める。
「手、放して。痛い」
「嫌だ」
「アルヴィ……」
「嫌だ!俺は別れないからな!」
アルヴィンの突然の怒声にジュードはびくりと身を竦ませる。
「ア、ル……」
「他の女とは全部手を切る!アドレスも消す!だから、だからっ」
別れるなんて、言わないでくれ。そう縋ってくる男をジュードは呆然と見下ろす。
「アルヴィン……」
いつも飄々としていて、常に主導権を握っているのはアルヴィンだった。
そのアルヴィンが情けない顔をしてジュードに縋っている。
「ジュード、頼む、俺を捨てないでくれ」
掴まれた腕が引き寄せられ、強く抱きしめられる。
「ジュードを愛してる。愛してるんだ……!」
初めて囁かれた愛の言葉に、ジュードはこんな形で聞くことになるなんて、と思う。
「……本当に、他の女の人とは別れてくれる?」
小さく呟いた言葉に、アルヴィンがばっと顔を上げてジュードを見た。
「別れる!」
「……」
ジュードは暫くの間じっとアルヴィンを見ていたが、やがて深い溜息を吐いた。
「……許すのは、これが最後だからね」
「!」
ジュードの言葉にアルヴィンの表情が明るくなる。
「じゃあ……!」
「仕方ないから、許してあげる」
渋々といった様子のジュードに、それでもアルヴィンはその小柄な体を抱き寄せてありがとうと告げた。
「俺が好きなのはジュードだけだから」
「はいはい、信じてあげるよ」
本当に、仕方のない人。ジュードはそう思いながらも苦笑している自分に気付いていた。

 


プレザとは、一時期は一緒に暮らしていた事もあった。
プレザの方はアルヴィンとの将来も考えていたようだったが、結局アルヴィンがプレザを捨てる形で別れを迎えた。
それから数年して、まさか同じ学園の教師と保健医という形で再会するとは思わなかった。
再会してからはまた時折二人で会う事もあった。夜を共にすることもあった。
けれどアルヴィンの方にはもうプレザに対する感情は殆どなかった。
ただ体の具合が良いから都合のいい時だけ呼び出す女の一人。そんな関係だった。
アルヴィンの携帯電話には多数の女のアドレスが入っていた。
どの女とも気が向いたときに連絡をして遊ぶ。それだけの関係だった。
女の方もアルヴィンの事は遊びだと割り切っていたので後腐れは無かった。
そんなアルヴィンの前に現れたのがジュード・マティスという少年だった。
純粋で、純朴で、汚い事なんて何も知らないと言わんばかりの清純さ。
顔も可愛かったので、落としてみるのも楽しそうだと思った。
ジュードはアルヴィンが予測していた通り簡単にアルヴィンの手の中に転がり落ちてきた。
男と、しかも十五歳の子供と付き合うのはさすがに初めてだったが、なかなかに楽しかった。
本当の意味で手を出した時も、遊び半分だった。
少しずつ自分に染まっていく子供が面白かった。
体の相性も良かったし、暫くはこの子で遊べる、そう軽く考えていた。
ジュードと付き合う様になってからも、アルヴィンは他の女たちと遊んだ。
いくらジュードとの体の相性が良くてもやはり男と女では違う。たまには女の体も味わいたくて女たちを呼び出した。
そんな時、保健室にやって来たのがプレザだった。
プレザは会議で使う資料を渡しに来ただけだと言いつつも最近余りお呼びが無い事を不満に思っているようだった。
「今はどんな子にお熱なの?」
「んー?超純粋培養された子」
プレザはアルヴィンが女をとっかえひっかえしている事を一番よく知っている。
そしてすぐに飽きては捨て、を繰り返している事も身をもって知っていた。
「珍しいわね。あなたがそんな面倒くさそうな子に手を出すなんて」
アルヴィンが手を出すのはいつも後腐れのない割り切った考え方をする女ばかりだった。
「たまには毛色の違ったのも良いだろ」
しれっとして言うアルヴィンに、悪い人ね、とプレザは笑う。
どんな子かは知らないが、可哀想に。プレザは見ず知らずの相手に同情した。
弄ばれて利用されて裏切られて、そして近い未来に捨てられるのだ。
そんな時、保健室にやって来たのが一年のジュード・マティスだった。
すぐにピンと来た。今アルヴィンが遊んでいるのはこの子だ、と。
今まで女にしか食指を動かさなかった男がとうとうこんな純粋そうな少年にまで手を出したらしい。
確かに毛色の違った子ね。プレザはそう思いながら保健室を出た。
そんなプレザの後ろ姿に、バレたな、とアルヴィンは察した。
だがバレたからといって何か言ってくるような女では無い事を知っていたのでまあいいか、とアルヴィンは思った。
するとジュードが先週の日曜日の事について言及してきた。
マズイ。アルヴィンは咄嗟にいくつもの言い訳と誤魔化しの言葉を思い浮かべた。
こういう事態を有耶無耶にしたり誤魔化したりするのは得意だった。
なのにアルヴィンの口から出たのは一番出来の悪い言い訳で。
おかしい、とアルヴィンは思った。他の女に対するような調子が出ない。
内心で戸惑っている内にもジュードは話を進めていく。ちょっと待て、待ってくれ。
俺の恋人はジュード君だけだから。その言葉に偽りはなかった。
どの女とも付き合っているわけではなかったから、恋人と呼べるのはジュードだけだ。
だがそんな事でジュードが納得するはずもなく、ジュードは保健室を飛び出した。
「ジュード!」
咄嗟に伸ばした手が空を切る。
「……やらかした」
脱力して椅子に座りこむと、安っぽい椅子が激しく軋んだ。
ここは追いかけるべきだと理解はしていた。だが、体は動かなかった。
「……めんどくせ」
それが正直な気持ちだった。あんな純粋培養された子供に手を出すんじゃなかった。
しかし別れるにしても後腐れは無い方が良い。
アルヴィンは時間を置いてジュードにメールを送った。
ジュードは案の定怒っていた。だがそれでも夕食を作ってくれるあたり、人の良さが窺える。
アルヴィンが大人しく座っていると、洗い物をしていたジュードが小さく笑ったのに気付いた。
あ、もしかして、いけるんじゃないか。アルヴィンは咄嗟にそう思う。
何とか誤魔化して、自分の都合のいい方向へ持っていけるんじゃないか。そう考えた。
そして洗い物を終えてアルヴィンの前に座ったジュードはアルヴィンの事がまだ好きだと言った。
いける、そう思った次の瞬間、ジュードは別れようと言い出した。
一瞬、頭の中が真っ白になった。今、ジュードは何と言った?
固まっているアルヴィンに構わずジュードは言葉を紡ぐ。ただの生徒と先生に戻ろうと言うジュードを信じられないものを見る目で見ていた。
立ち上がろうとするジュードの手首を掴んだのは殆ど反射的なものだった。
ジュードの方から別れたいと言っているのだ。それに頷くだけで簡単に事は終わる。丁度良いじゃないか。
けれどアルヴィンの口から洩れたのは、嫌だという一言だった。
いざとなったら別れようと思っていた。いつもの様に捨てれば良いと思っていた。
なのに、俺が、俺の方が、捨てられる?
そんなのは、許せない。許されていいわけがない。
気付いたら叫んでいた。嫌だ、別れない、女とは手を切る。そう叫んでいた。
何だこれ。アルヴィンは叫びながら思う。何で俺、こんなに必死になってんだ。
今まで散々捨ててきたのに、自分が捨てられるのは嫌なのか。
情けなくジュードに縋って愛を囁く自分は傍から見たらさぞや滑稽な事だろう。
咄嗟に愛していると口にして初めて気づいた。
そうか、俺はジュードを愛していたのか。
今まで愛だの恋だのなんてものは女を口説くためのスパイス程度にしか思ってなかった。
本当に女の人と別れてくれる?と問うジュードに別れると即答すると、ジュードは見定める様にアルヴィンをじっと見ていた。
やがて一つ溜息を吐くと、許しの言葉をアルヴィンに与えた。
その言葉にアルヴィンは心底安堵してジュードを抱きしめたのだった。

 


ガイアスがジュードと再会したのは、ちょうど一週間後の放課後だった。
先週と同じくローエンとの話し合いを済ませたガイアスが同じように体育館裏を通り抜けようとするとそこには先客がいた。
「あのっ」
そこに居たのは、ジュード・マティスだった。
これ、とジュードが差し出したのは先日貸したガイアスのハンカチだった。
「ありがとうございました。ちゃんと洗ってあるので……!」
差し出されたそれを受け取って、ガイアスは今日は泣いていないのだな、と思う。
「先週はみっともない所をお見せしてすみませんでした」
勢い良く頭を下げるジュードに、いや、とガイアスは首を横に振る。
「俺の方こそさして力になれずすまない」
「いえ!ありがとうございました」
「問題は解決したのか」
ガイアスの問いに、ジュードは少し困ったような曖昧な笑みを浮かべた。
「なんていうか……きっぱり別れるつもりだったんですけど、向こうが別れたくないって言い出して……」
「結局許したのか」
「許さざるを得なかったというか……」
「押し切られたわけだな」
ガイアスの呆れたような声にジュードがう、と言葉を詰まらせる。
「そう、です……」
「女にだらしない男は何度でも繰り返すぞ」
その言葉にそうですよね、とジュードが俯く。
「でも、それでもやっぱり好きって思ってしまうので……僕もバカですね」
「……それだけ純粋に想っているという事なのだろう」
フォローするかのようなガイアスの言葉に、ジュードは少しだけ嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
その笑みをじっと見下ろしていたガイアスはふむと一つ頷くと胸元から手帳とペンを取り出した。
「?」
きょとんとして見上げてくる視線を受け止めながら、ガイアスはさらりと書き止めたそのページを破ってジュードに差し出した。
「これは?」
受け取ったジュードがそれを見ると、紙面には携帯電話の番号と思われる数字が並んでいた。
「俺の携帯の番号だ。また何か溜め込むようなら電話でもメールでもしろ。聞くくらいはできる」
ジュードがぎょっとして目を見開いた。
「え!だ、駄目ですよ!理事長って凄く忙しいんでしょう?僕なんかに時間を割いてる暇は……」
「構わん。俺もローエンに殺されたくはないのでな」
「?」
どうしてそこで大伯父の名前が出るのかと首を傾げるジュードに、こちらの話だ、とガイアスは誤魔化した。
「いつでも掛けてくるが良い」
「で、でも……!」
まだ言い募ろうとするジュードに、待っているぞ、と微かに笑みを浮かべてガイアスはその場を立ち去った。
取り残されたジュードは番号の書かれた紙を握ったまま、呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 

 

あの日以来、ジュードとガイアスは不定期に連絡を取り合う様になった。
最初は相談に乗ってもらったお礼をメールで送ってそれで終わりにするつもりだった。
しかしそれに返事が返ってきて、また返事を返して、返事が返ってきて、と繰り返している内にすっかりメル友になってしまっていた。
アルヴィンとの事はレイアとミラにも相談しにくかったのだが、ガイアスには自然と話す事が出来た。
恐らく最初の出会いがああだったせいもあるのだろう。今さらガイアスに隠しても仕方ないし、という思いがあった。
電話は今の所した事は無かった。メールと違って通話だとどうしても忙しいガイアスを拘束する事になってしまう。それが嫌だった。
その点メールならば向こうも時間のある時に返せるし、送る側としてもタイミングを計らなくても済むのが楽だった。
そんなある日、大伯父であるローエンから食事のお誘いメールが来た。
時折ローエンと食事に出かけていたジュードは、久しぶりのそれにどうしようかな、と思う。
今のジュードにはアルヴィンの食事の面倒を見なくてはならないと言う思いがある。
なのでアルヴィンの帰りが遅くなる日をいくつかピックアップしてその日ならば、とローエンに返事を送った。
するとローエンがその中から一日を選んでこの日で、と指定したメールを返してきたのでジュードは了解のメールを送った。
久しぶりの大伯父との食事会をジュードは純粋に喜んでいた。
そしてその当日。学校が終わるとジュードは一旦マンションに帰り、制服から私服に着替えた。
暫く宿題をしながら時間を潰していると、ローエンからメールが届いた。
これから迎えに行くといった内容のそれに了解、とだけ返してジュードはローテーブルの上を片づけてから部屋を出た。
マンションを出ると、ちょうど見知った車がジュードの前に止まった。ローエンだ。
「ナイスタイミング、ローエン!」
ジュードは大伯父の事をローエンと名前で呼ぶ。これは幼い頃のジュードがローエンの事をおじいちゃんと呼んだ所、名前で良い、と言われて以来の癖だった。
両親はちゃんとおじいちゃんと呼びなさい、と度々口にするが、ローエン自身が名前で呼ばれることを望んでいるので強くは言えないらしい。
「ほっほ。じじいもなかなかやるでしょう?」
「ほんとぴったり!」
ハンドルを片手で握りながら整えられた髭を撫でるローエンの車に乗り込み、ジュードはシートベルトを締めた。
「今日はどんな所に連れてってくれるの?」
「今日はジュードさんのお好きな和食ですよ」
車を走らせながらのローエンの言葉に、ジュードは目を輝かせる。
「和食!」
「ええ、楽しみにしていてください」
店に辿り着くまでの道中、二人は雑談を楽しんだ。
同じ学園内にいると言っても校長と生徒。そうそう会う機会は無い。
何よりジュードは校長の身内であることを隠していたので例え学園内でばったり出会ったとしても一生徒として振舞っていた。
だが今は違う。ただの仲の良い大伯父と大甥になって二人は会話を楽しんでいた。
車はやがて某高級ホテルの前に辿り着いた。
ぴしっと制服を着こんだドアマンに誘導され、ジュードは目を丸くした。
本当にここでいいのかと思いながらも車を降りるとローエンはこちらです、と優しく微笑んでジュードを促した。
「ロ、ローエン、僕、普通の格好なんだけど大丈夫なのかな……」
高級ホテルってドレスコードとかあるんじゃないの?そう言うジュードに、ローエンは大丈夫ですよ、と笑った。
今までローエンに色んな店に連れて行って貰ったが、こんな見るからに高級そうなホテルに入るのは初めてだった。
恐る恐るローエンの後について行くと、ローエンは誰も取って食いはしませんよ、と笑った。
「だ、だってこんな所初めてで……」
ジュードの住むマンションのエレベーターの倍の広さはある豪奢なエレベーターに乗り込み、二十五階に二人は降り立った。
エレベーターを降りてすぐの所に料亭への入り口が設けられており、ローエンはそこにジュードを誘った。
すぐに着物を纏った店員がやってきて、上品な身のこなしで二人を個室に案内した。
通された座敷でジュードはあれ?と思う。
テーブルの上には三人分の準備がされていた。
「ローエン、もう一人誰か来るの?」
「それはですね……」
にこにこと微笑みながらローエンがその名を告げようとしたその時、店員が静かに襖を開けた。
「失礼致します。お連れ様がいらっしゃいました」
「ああ、来たようですね」
「?」
誰だろうと思っていると、何と入ってきたのはガイアスだった。
「ガイアス!」
メールをする内に理事長ではなくガイアスと呼べ、と言われてそれに従っていたジュードはここでも思わずその名を呼び捨ててしまった。
「あっ、えっと、ガイアス理事長……」
慌てて言い直すと、ガイアスで良い、とガイアスが言ったのでじゃあ、とジュードは名を呼ぶ事にした。
「でも何でガイアスが……」
上質な座布団に座りながらジュードが問うと、向かいに腰を下ろしたガイアスがジュードの隣に座ったローエンをちらりと見て言った。
「ローエンとは個人的な付き合いもしているからな」
「ガイアスさんとジュードさんがメル友になったとお聞きしまして。それで此度の会食を企画したわけです」
にこにことそう言うローエンは二人がメル友になった詳しい経緯までは聞いていないようで、ジュードは内心でほっと胸を撫で下ろした。
最初は緊張していたジュードも、料理は運ばれてきて食べ始めるとその美味しさに上機嫌になった。
「ジュードさんのお口にあったようで良かった」
にこにこと食事を楽しんでいるジュードにガイアスとローエンの視線が集まる。
暫くしてから漸く二人の視線に気付いたジュードがさっと赤くなった。
「な、なに?」
「いえ、美味しそうに食べてくださってるなあと思いまして」
「うむ、愛らしいな」
「あ、あい、あい……?」
さらりと言われた言葉にジュードがますます顔を赤くして口を開閉すると、ローエンがいけませんね、とガイアスを窘めた。
「ジュードさんとお付き合いしたいのでしたらこのじじいを倒してからにしてもらいましょう」
「ちょ、ローエンも何言って……」
あわあわとしているジュードにローエンはほっほと笑って冗談ですよ、と言った。
「ジュードさんがご自分で選んだ方ならじじいは反対なんてしませんよ」
「そういう問題じゃなくて……」
ジュードはもごもごとそう言いながら微かに罪悪感を感じた。
ジュードは今、アルヴィンと付き合っている。
同性というだけでもマイナスなのに、アルヴィンははっきり言って出来た人間ではない。
良い所もあるのだが、悪い所もたくさんある。寧ろ今までの付き合いからすると悪い所の方が多いくらいだ。
ジュードがそんな男を選んでしまったのだと知ったらこの優しい大伯父はどんな顔をするのだろう。
しゅんとしてしまったジュードに、ガイアスが自分の茶碗蒸しをジュードに差し出した。
「食え、ジュード」
「へ?」
「お前は年の割に細すぎる。もっと食べて肉を増やせ」
「そうですね、じじいもジュードさんの細さは少し心配です」
「はあ……」
曖昧な返事を返しながらジュードが茶碗蒸しの器を受け取ると、うむ、とガイアスが頷いた。
「それでいい」
僅かに表情を和らげたガイアスに、ジュードは貰った茶碗蒸しを食べながら思う。
もしかして、ガイアスは励ましてくれているつもりなのだろうか。
だとしたら、とても不器用な励まし方だ。
「……ふふっ」
ジュードが思わず笑みを零すと、その笑みにつられるようにしてガイアスとローエンも穏やかな笑みを浮かべた。

 


ローエンの運転する車は静かにジュードのマンションの前に止まり、ジュードはローエンに礼を述べて車を降りた。
車が走り去るのを見送ってからジュードはマンションに入り、帰宅した。
携帯電話を取り出すと、アルヴィンからメールが入っていた。
アルヴィンには大伯父と食事に行ってくるとだけ伝えてあった。
食事会は終わった?とだけ入っていたメールは一時間ほど前に届いた事になっている。
ジュードが今帰って来たよ。アルヴィンは部屋にいるの?ご飯は食べた?と送ると五分もしないうちに返事が届いた。
部屋。飯は適当に食った。食事会どうだった?
楽しかったよ。和食の美味しい店に連れて行ってもらったんだ。
アルヴィンはジュードの大伯父がローエンだという事までは知らない。
仲良いんだな、と返って来たメールに仲良しだよ、と返す。
明日は一緒に飯食おうな。おやすみ。
うん、おやすみ。
そこまで送ってジュードは携帯電話を閉じてローテーブルに置いた。
途中だった宿題をしなくては、と思いながらもとりあえずお風呂に入っちゃおう、とバスタブに湯を張る。
のんびりと湯に浸かりながら、それにしてもとジュードは思う。
今日はびっくりしたなあ。まさかガイアスが来るなんて。
二人の話を聞いていると、どうも飲み友達のようだった。
二人とも武術を嗜んでいたから、それで話が合ったのかもしれない。
そういえば最近鍛えてないなあ、とジュードは己の細い腕を見る。
実家にいる時はレイアの家が道場なのでそこで体を鍛えていたのだが、一人暮らしを始めてからはまともに鍛錬はしていない。
ソニア師匠に弛んでるって怒られるだろうなあと思いながらジュードは今度の日曜日にでも実家に帰ろうか、と思いついた。
風呂に入って頭をすっきりとさせたジュードは今度こそ宿題に取り掛かった。
勉強はジュードにとって苦でもない。集中してしまえばあっという間にノルマを終えた。
時計を見るとちょうど日付が変わろうとしていた。
アルヴィンはまだ起きているだろうか、とふと思う。
アルヴィンはあの日以来仕事で遅くなる時以外はジュードと共に夕食を摂った。
休みの日もジュードがレイアやミラと出掛けない日はずっとジュードの部屋にいる事もある。
今までは休みの度に遊び歩いていたようなのに、今はそれがすっかり鳴りを潜めている。
良い傾向なのかもしれないが、それがいつまで続いてくれる事やら、と思っている自分がいる。
信用したいとは思ってはいるのだが、信頼できないのも確かだ。
まあ、なるようになるさ。ジュードは考える事を放棄して電気を消すとベッドに潜り込んだ。

 


ガイアスを交えたローエンとの食事会はそれからもたびたび開催された。
ローエンもガイアスも多忙な身である筈なのだが、それでも月に一度は三人で食事をした。
その中でジュードはガイアスが辛い物が苦手だという事や、酒には滅法強いくせに焼酎にだけは弱いという事も知った。
次第に緊張する事も無くなっていき、自然体で接する事が出来る様になっていった。
そうこうしている内に気が付けば季節は夏が過ぎ、秋が終わり、冬が間近に迫っていた。
アルヴィンとジュードの付き合いも、半年が過ぎていた。
夏休みは二人でドライブに行った。その時初めてジュードはアルヴィンが車を所持している事を知った。
運転するアルヴィンはいつもより少しだけかっこよく見えて、ジュードは胸を高鳴らせた。
アルヴィンにはガイアスと連絡を取っている事は告げていない。
何となくタイミングを逃してしまったというのも大きいが、通っている学園の理事長と校長と一緒に食事をしているというのは言い辛かった。
けれどジュードがアルヴィンの交友関係を知らないように、ジュードにだってそういうものはある。
そういう事なのだ、とジュードは気にしていなかった。
そんなある日曜日、ジュードはミラとレイアの三人で遊びに出かけた。
アルヴィンには今日のご飯は自分で食べて、と言ってある。心行くまで遊ぶつもりだった。
駅前の店を覗いたり、デパートに入ったりして楽しんだ。お洒落なカフェで昼食を楽しんでいると、レイアが不意に隣町に行きたいと言い出した。
ジュードもミラも特に異存はなかったのでカフェを出て電車で一駅隣の街へ向かった。
そこでも同じように色々な店を渡り歩いて、三人の時間を楽しんだ。
時間はあっという間に過ぎていき、夕方になるとそろそろ帰ろうか、とレイアが言い出した。
駅へ向かって歩いていると、あれ?とレイアが声を上げて立ち止まった。
「レイア?」
レイアの視線は道路の向こう側、反対側の歩道に向けられていた。
ジュードもそちらを見ようとすると、レイアが見ちゃダメ!と慌ててジュードの目元を手で覆った。
「な、なに?レイア」
そう言われると見てみたくなるのが人というものであって。
ジュードは身を捩ってレイアの手から逃れると、レイアが見ていた視線の先を見た。
「……アルヴィン」
そこには、アルヴィンがいた。隣には、また見知らぬ女性がいた。
女がアルヴィンの腕に腕を絡め、寄り添って歩く姿は仲の良いカップルだ。
「ふむ。これが浮気現場というやつか」
ミラが腕を組んで頷いている。レイアはあちゃーと額に手を当てながら呆然と立ち尽くすジュードを見ていた。
「どうする、ジュード。今なら現行犯で断罪する事もできるぞ」
ミラの言葉にジュードはふるふると首を横に振った。
今まで楽しかった気分が一瞬にして萎んでしまった。
二人の後姿を見詰めていると、ジュード達の視線に気付かぬまま二人は一軒のホテルに入っていった。
そこが何をするためのホテルかだなんて、ジュードだって知っている。決定打だった。
つい昨夜アルヴィンはジュードを激しく求めた。今日一日会えない分、抱くのだと言っていた。
そんな夜を過ごした翌日に、アルヴィンはもう他の女の所に向かっていたのだ。
二度までは許した。縋られて、懇願されて仕方なく許した。
だけど、もう。
「ジュード……」
「……帰ろうか」
ジュードは無理矢理笑顔を作ると、二人と共に駅へと向かった。

 


ミラとレイアがマンションまで送ると言っていたが、ジュードはそれを辞して一人で帰路についていた。
とぼとぼとマンションへの道のりと歩きながら、ジュードはとうとうこの日が来たか、と思った。
別れたくない。けれど、アルヴィンが他の女の人と一緒にいるのは許したくない。
いつからだろう。ジュードはふと思う。ここ暫くはアルヴィンはずっとジュードの部屋に入り浸っていた。
けれど時折ジュードは今日の様にミラとレイアの三人で出かけていた。その時だろうか、と思う。
ジュードが居ない日を見計らって、女と会っていたのだ。
「……っ……」
三度裏切られた事が悲しくて、それでもまだアルヴィンを想っている自分が悔しくて、ジュードは唇を噛み締めた。
泣くもんか、と強く念じながらジュードは足早にマンションへと向かう。
その時、不意にポケットの中で携帯電話が震えた。
立ち止まって取り出すと、ガイアスからメールが入っていた。
今日は珍しく仕事が早く終わり、今夜はゆっくりできそうだ、との事だった。
ガイアスとはこうして些細な日常のやりとりもできる様になっていた。
毎日の様にやりとりをして、ジュードはガイアスからのメールを楽しみにしている事を自覚していた。
ガイアスからの何でもないメールが胸に沁みる。
ぱたりと画面に雫が落ちた。とうとうジュードの瞳から涙が溢れ出していた。
ぱたぱたと地面に雫の染みを作りながらジュードは携帯電話を操作して通話ボタンを押すとそれを耳に宛てた。
数回のコールの後、それは繋がった。
ジュード?どうした。低く耳に届く声にジュードはますます涙が溢れ出すのを感じた。
「がい、あす……!」
初めてのコールは、涙に塗れてろくに喋る事が出来なかった。

 

 

 


 

その日、ガイアスは珍しく日が沈むとほぼ同時刻に仕事を終えた。
毎日のようにある会食や会議も今日はもうない。
こういった日は月に一度か二度ほど訪れる。ふとガイアスは携帯電話を取り出した。
ガイアスは仕事用とプライベート用の二つの携帯電話を持っている。プライベート用のそれを取り出すと、メールボックスを開いた。
ガイアスのメールボックスは殆どがジュードの名で埋まっていた。
今では毎日の様にメールを交わし、近況を報告し合っている。
今日は友人らと出かけるのだと言っていた。今頃はどこかで楽しんでいる頃だろう。それとも帰路に就く頃か。
ガイアスはジュードの事を殊更気に入っていた。あの少し控えめで、恥ずかしそうな笑顔が愛らしいと思っていた。
食事をいつも楽しそうに摂る姿も好ましい。
最初は緊張していたジュードも、最近は殊更打ち解けてくれていてそれがガイアスには嬉しかった。
ガイアスには心許せる相手というのが殆どいない。本心を吐露できるのはせいぜい妹とローエンに対してくらいだった。
けれどジュードはあっという間にガイアスの心の中に住み着いた。
己の年の半分程度しか生きていない子供にガイアスは惹かれていたのだ。
けれどジュードには心に決めた相手がいる。アルヴィンとかいう保健医だ。
ジュードは最初の頃はアルヴィンの名と職業は伏せていたが、次第に打ち明けてくれるようになった。
ガイアスとアルヴィンは殆ど面識がない。だから普段のアルヴィンがどんな男なのかは全く知らない。
けれどジュードからの話を繋ぎ合わせればどんな男かなどすぐに分かった。
女にだらしなく、それでいて幼稚でジュードに依存している男。ろくでもない男だとは思う。
しかしジュード自身がそれでも好きなのだと言うのだから仕方ない。
せめてあの子供がこれ以上悲しむ事が無いように願うしかない。
ガイアスはそう思いながらジュードにメールを送った。内容は些細な事だったが、毎日の楽しみでもあった。
携帯電話を鞄にしまおうとしたその時、手の中のそれが着信を知らせた。ジュードからだった。
今までジュードが電話をしてきた事は無い。恐らくガイアスに時間を割かせるのを遠慮しているのだろう。
そのジュードからのコール。ガイアスは通話ボタンを押すと携帯電話を耳に宛てた。
「ジュード?どうした」
ジュードは震える声でガイアスを呼んだ。泣いているとすぐに分かった。
「何があった。今どこにいる」
マンションの近く、とだけ答えるジュードに、ならばマンションの前で待っていろ、と告げてガイアスは通話を切った。
そして車を走らせ、ジュードの住むマンションの前に辿り着くと、扉の前の植え込みにジュードが座り込んでいた。
「ジュード」
窓を開けて名を呼べば、はっとした様にジュードが顔を上げる。
涙こそ止まっていたが、初めて会った時を思い出させた。
「乗れ」
ジュードは大人しく頷いて助手席側に周った。
「……お邪魔します」
ぼそぼそと告げて乗り込み、シートベルトを締める。
車を走らせている間、ジュードは何も言わなかった。ガイアスも何も聞かなかった。
やがて車はガイアスの住むマンションの駐車場に辿り着いた。
ガイアスが車を降りると無言のままジュードも降りてガイアスの後に続く。
ガイアスの部屋は十三階にあった。エレベーターを降りて部屋に通すと、ジュードはきょろりと物珍しげに部屋を見回した。
ジュードが住んでいる部屋の何倍もの広さのそこは最低限の物しかない印象を受けた。
「座っていろ」
ガイアスの言葉にジュードはこくりと頷いてソファに腰掛けた。
ジュードが三、四人は座れそうなブラックレザーのソファは思っていたより柔らかかった。
壁に設置されたテレビもジュードの部屋にある物より数倍大きい。
きょろきょろとしているとガイアスがジュードの前のローテーブルにティーカップを置いた。
コーヒーがあまり得意ではないジュードに合わせて、紅茶が注がれていた。
「……ありがとう」
少しだけ笑ってカップを手に取る。ふわりと香ったそれに、ジュードはガイアスを見る。
「これ……」
傍らに座ったガイアスを見上げると、彼はそうだと言う様に頷いた。
「ローエンのオリジナルブレンドだ。たまに分けて貰っている」
口をつけると、馴染んだ味が広がってジュードはほっと安堵した。
「おいしい……」
「……それで、またあの男が何かしたのか」
「……」
ガイアスの問いに、ジュードは視線をカップの中を満たしている琥珀色の液体に落とす。
「……今日はね、友達と遊びに行ったんだ」
ジュードはぽつりぽつりと話し始めた。
友達と色んな店に行った事、カフェで美味しいパスタを食べた事。
そして、偶然アルヴィンを見つけた事。その傍らにはやはり女がいた事。
やがて二人がホテルに入って行った事。
「レイアはね、一度殴った方が良いって言うんだけど、僕、そういうのって苦手だから……」
もうほんと、僕って馬鹿だよね。ジュードは微かに笑う。
「何度も裏切られて、それでもまだ好きなんだから」
「無理に笑うな。泣きたいだけ泣けば良い」
ガイアスの言葉にジュードはふふっと笑った。
「初めて会った時を、思い出すね」
笑ったその目尻から、ぽろりと涙が零れ落ちた。
「ああ……やだな……さっきあれだけ泣いたのに……」
ほろほろと涙を零すジュードをガイアスはそっと抱き寄せた。
「ガイアス……?」
「……もうそんな男とは別れてしまえ」
腕の中で大人しくしているジュードの髪をガイアスは優しく撫でる。
「あの男はお前を不幸にするだけだ」
「でも……初めてだったんだ……こんな風に人を好きになったのは……」
「お前はまだ若い。今は辛いかもしれんが次の恋を知れば自ずと忘れられる」
次、か……。ジュードがそう呟いて目を閉じる。
「アルヴィンを忘れて、また、誰かを好きになれるかな……?」
「……叶う事ならば、その次の相手は俺であって欲しい」
え、とジュードが身を起こす。ガイアスはジュードの細い腰に腕を回したままその蜂蜜色の瞳を見下ろした。
「ジュード、お前を愛している」
「ガイ、アス……?」
「黙っておくつもりだったが、あの男がこうもジュードを蔑ろにするのであれば俺はもう遠慮はせん」
涙で濡れた頬に手を添え、その目尻に口づける。
「俺ならお前を悲しませるような事はしない」
さあっとその頬に朱を上らせたジュードはガイアスの腕の中で落ち着きなく視線を彷徨わせる。
「でも、僕は……」
「今はあの男を想っていても良い。だが少しでもお前の心に俺がいるのであれば、俺はお前を手に入れる為に何でもしよう」
視線を彷徨わせていたジュードはやがて俯き、そんなの狡いよ、と言った。
「今の僕、優しい言葉にとっても弱いんだから……」
ジュードの拗ねたような声音に、ガイアスは微かに笑う。
「ならば幾らでも囁こう。お前が俺を愛してくれるよう努めよう」
ガイアスのその囁きに、ジュードは本当に狡い、と呟く。
「ガイアスなら、本当に僕を幸せにしてくれるんじゃないかって、思っちゃうじゃないか」
「思ってくれて良いぞ」
くつくつと喉を鳴らして笑うガイアスに、ジュードも微かに笑って男の赤の眼をじっと見上げた。
「ガイアスは僕を……僕だけを、愛してくれる?」
「ああ……お前だけを愛し抜こう」
ガイアスが顔を寄せると、ジュードがそっと目を閉じる。
柔らかく、唇が重なった。

 


手を引かれて導かれた先のベッドルームは一層シンプルに纏まっていた。
ダブルのベッドに黒で統一したシーツ類。
ここでガイアスは寝起きをしているのかと思っていると、その黒のシーツの上に押し倒された。
こうしてベッドに押し倒されて、見上げた先にいるのはいつもアルヴィンだった。
だけど今は違う。
ガイアスが枕元のボタンを操作すると電気が消え、チェストの上に置かれた真ん丸のフロアライトが柔らかい光で二人を照らす。
本当にこれでいいのだろうか。自問する。けれどどれが正解なのかなんて、もうジュードにはわからなかった。
今はもう、流されてしまいたかった。ガイアスが与えてくれる愛情にただ流されてしまいたかった。
武骨な手がジュードの器用に服のボタンを外していく。一つ、また一つと外されていく毎に心臓が高鳴った。
つ、とガイアスの手がジュードの素肌を滑る。その感触にジュードはふるりと震えた。
「……怖いか」
「……」
問いに、ジュードは緩やかに首を横に振った。
怖くはなかった。ただ、多少なりとも戸惑いはあった。
ジュードはアルヴィン以外とこういった事をした事は無い。
それでも初めて触れてくるその手の感触に、ジュードは嫌悪感は感じなかった。
ガイアスの手が胸で色づいているそこに滑り、その突起をつまみ上げた。
「ぁ……」
小さく声を漏らしたジュードの首筋にガイアスは顔を埋め、舌を這わせる。
首筋と胸元の両方からの微電流のような快感にジュードは微かに身を捩る。
首筋を這っていた舌が徐々に下に降りていき、摘まんでいる方とは反対側の胸の突起をその舌先が突いた。
「ん、ぅ……」
アルヴィンによって快感に対して敏感に反応するようにさせられてしまったその突起は刺激を受けてぷくりと立ち上がる。
「ん、んっ……」
指の腹で潰され、舌で舐られてジュードは堪えきれない声を漏らす。
「声を殺すな」
「だ、って……恥ずかし、あっ……!」
一際強く吸われ、ジュードはとうとう声を上げた。
「ジュードはこんな所も愛らしいのだな」
突起を摘まみながらのガイアスの言葉に、ジュードはかあっと頬を赤く染める。
「や……そういうこと、言わない、で……」
「快感に震える声もまた愛らしい」
ガイアスの低く耳に心地よい声がジュードの心を震わせる。ガイアスがくれる愛情が傷付いた心を癒していくのをジュードは感じていた。
「あっ……ガイ、アス……」
舌は執拗に胸の突起を舐っていたが、手がするりとジュードの素肌を滑り降りていき、ズボンに手が掛かった。
「腰を浮かせろ」
「ん……」
言われたとおりに僅かに腰を浮かせると、下着ごとズボンを下ろされた。
とさりと音を立てて脱がされたそれが床に落とされる。
「あっ……」
ガイアスの指が勃ち上がりかけていたそれに絡み、緩やかに扱きあげてくる。
見る間に硬くなり、反り返るそれにジュードは羞恥から目をきつく閉じた。
「眼を開けろ」
「だって……」
ちゅっと目尻に口づけられてそろそろと目を開ける。そこには優しさを滲ませたガイアスの顔があった。
「恥ずかしがる事は無い。お前に感じて欲しくて触れているのだから」
「ガイ、あっ、んっ……」
滲み出てきた透明な液を塗り込める様にして先端をぐりぐりと弄られ、ジュードは甘い声を漏らす。
「あ、あっ、や、ガイアス……!」
速くなってきた手の動きにジュードが限界を訴えると、イけばいい、と耳元で囁かれた。
「あ、あ、ああっ」
その低音に導かれるようにしてガイアスの手の中で達したジュードは短い呼吸を繰り返した。
「あっ」
ジュードの熱に濡れたガイアスの指が更にその奥の蕾に触れた。
「あ……あ……」
ゆっくりと侵入してくるその感触にジュードは脚をぴくりと痙攣させる。
「痛くはないか」
「あ……だい、じょうぶ……あっ」
根元まで埋め込まれたそれがジュードの内壁を擦る。ある一点でジュードが一際甲高い声を上げると、ガイアスはそこを重点的に攻めだした。
「あ、あっ、んんっ、やぁ、ん……!」
「ここが良いようだな」
指を増やし、内壁を擦りあげているとジュードが震える声でガイアスの名を呼んだ。
「がい、あす……」
それに応える様にガイアスは指を引き抜くと、しゅるりと己のネクタイを解いて床に落とした。
シャツも脱ぎ捨て、その鍛え抜かれた体を淡いランプの灯りの元に晒す。
そしてズボンの前を寛げて硬く勃ち上がったそれを取り出すと、ジュードの脚を抱え上げてひくつくそこに熱を押し当てた。
「あ……あ、あっ」
ぐっと押し込むと、先端が入り込む感覚がしてジュードの細い背が撓った。
次第に太い部分が入り込み、あとはずるずると長大なそれを飲み込んでいった。
「あ、あ……がいあすが、はいってくる……!」
ある程度まで押し込むと、その内壁の締め付けとうねりに持って行かれそうになりながらもガイアスはその強い快感に耐えた。
「……大丈夫か」
前髪をかき上げてその蜂蜜色の瞳を見下ろすと、その瞳は快楽に揺れていた。
痛みは然程無いようで、ガイアスは内心で安堵しながら動いても良いかと問うた。
「う、ん……動いて……」
ガイアスがゆっくりと腰を動かし始めると、ジュードの体はびくびくと快感に震えた。
「あ、あ、あっ、んっ、んっ」
少しずつ速くなっていく律動にジュードは一層甲高い声を上げて喘いだ。
ガイアスが根元まで熱を押し込むと、ジュードの体がびくりと跳ねた。
「ひあっ……や、がい、あすの、あたってる……奥にあたってる……!」
「っ……余り、煽るな……!」
「や、あっ、あっ、がいあす、がいあすっ」
速く、強くなっていく律動にジュードは翻弄されながら快感に染まった声を上げ続けた。
「あ、あ、あっ」
「ジュード……」
「あっ、んっ、んんっ……!」
激しい律動の中で口付けられ、ジュードは息も絶え絶えになりながらもそれに応える。
「んんっ、んっ、ふあっ、あ、あっ」
「っく……ジュード……!」
「や、あっ、ああっ」
ジュードが脚を突っ張らせながら達すると、ガイアスも引きずられるようにして熱を放った。
「は……はあ……はあ……」
荒い息を繰り返していると、ガイアスがきつく抱きしめてきた。
「ジュード、俺を選べ」
「ガイ、アス……」
「必ず幸せにする。決して泣かせないと約束しよう」
「僕……僕は……」
「今すぐ結論を出せとは言わぬ。だが、考えておいてくれ」
ガイアスの言葉に、ジュードはうん、と頷いてその広い背中に腕を回した。

 

 

 

 

 


アルヴィンはその日、街に出ていた。
ジュードが一日居ないので、久しぶりに街をふらついた。
馴染みの店に顔を出し、友人とは言わないまでも顔見知りである男たちと下らない話をする。
そんな中やってきたのがこれまた顔馴染の女だった。
ジュードに別れると言われたあの一件で女たちのアドレスをすべて消去していたアルヴィンは、久しぶりに会った女といくつか言葉を交わした。
最近どうしてたの、なんて聞かれて、今は一途な男なの、と答えればアンタが一途、と笑われた。
それから暫く会話を楽しんでいると、女の方から誘ってきた。
ジュードに女と遊んでいた事がバレて以来、女とはご無沙汰だった。久しぶりに女の体も抱きたい。本能がそう告げた。
ジュードの顔がちらついたが、まあ、要はバレなきゃいいのだ。アルヴィンは女の誘いを受けた。女は一途が聞いて呆れるわね、と笑った。
そうして楽しい時間を過ごして帰宅して。ジュード君は今頃お勉強中かなーなんて思いながらメールを送った。
しかし十分が過ぎて、三十分が過ぎて、一時間が過ぎてもジュードからの返事はなかった。
もう寝てんのか?なんて思いながら特に気にせず自分もベッドに入った。
朝になってもジュードからの返信は無く、さすがにおかしいと思い始めた。
この時間ならジュードはもう目を覚まして弁当を作り始めていてもおかしくない時間だ。
しかしそうこうしている内にも自分の出勤時間が迫ってくる。生徒より早く出勤しなくてはならない身なのでアルヴィンは仕方なく部屋を出た。
鍵をかけ、エレベーターに向かう途中でふと外に目を向けた。マンションの前に見慣れない高級車が止まった。
ベントレーじゃん。あれ二千五百万くらいするんだよな。誰だよ羨ましい。
そんな事を思いながら黒のボディを見下ろしていると、助手席のドアが開いて見慣れた人物が降りて来たのでアルヴィンは目を見開いた。
ジュードだ。遠いけれど間違いない。
ジュードはドアを閉めると運転席側に周り、中の人物と何か話しているようだった。
ここからは運転席に座っている人物の姿は全く見えない。だがジュードはぺこりとお辞儀をするとマンションの中へと消えて行った。
車も静かに滑り出し、去っていく。
エレベーターの表示を見ていると、五階で止まった。やはりあれはジュードだったのだ。
どういう事だ。ジュードが朝帰りだと?
昨日はレイアとミラの三人で出かけていたはずだ。泊まるなんて話は聞いていない。
しかも今日は月曜日。学校のある日だ。土曜日に泊まりに行くならまだしも、日曜に泊まりに行くというのはジュードの性格からしても考えにくい。
アルヴィンが立ち竦んでいると不意にポケットの中で携帯電話が震えた。
取り出すと、ジュードからメールが入っていた。
今朝は寝坊したのでお弁当が作れません。お昼はパンを買ってください。ごめんなさい。
明らかに嘘だ。そもそも寝起きの良いジュードが寝坊した事なんて今まで一度もない。そんな見え透いた嘘が通るとでも思っているのか。
そしてふと気づく。レイアやミラの元に泊まったのであればジュードはアルヴィンにそれを隠す必要はない。
だがジュードは朝帰りした事を隠そうとしている。寝坊しただなんて言って誤魔化そうとしている。
それは、つまり。
「まさか……ジュード……」
手の中で、携帯電話がみしりと悲鳴を上げた。

 


「ジュードが弁当を忘れるなんて珍しいな」
ミラの言葉に曖昧に笑うと、眠れなかったの?とレイアが聞いてきた。
「あれからアルヴィン先生と会った?」
「……ううん」
緩やかに首を横に振ると、レイアはそっか、とだけ言って黙った。
ジュードが購買部で買ってきたメロンパンに齧り付くと、やっぱさ、とレイアがばっと顔を上げた。
「一発ぶん殴るべきだよ!女の敵!ジュードの敵!」
私が殴ってこようか?と息巻くレイアに気持ちだけ貰っておくよとジュードは笑った。
「それでジュードはどうするの?別れるの?」
「別れた方がお前の為にもなると私は思うがな」
二人の言葉にジュードはそうだね、と俯く。
「別れた方が良いって、わかってはいるんだけど……まだ、決めかねてるんだ」
バカだよね、僕も。そう苦笑するジュードをレイアとミラが抱きしめた。
「大丈夫だよ!ジュードには私たちがいるからね!」
「そうだぞ。遠慮する事は無い。何でも言え」
二人に抱きつかれながら、ジュードはありがとう、と笑った。
その放課後、ジュードが帰宅準備をしているとクラスメイトに声を掛けられた。
「アルヴィン先生がお前を呼べって」
「え?」
教室の後ろのドアを振り返ると、そこにはアルヴィンが立っていた。
見るからに不機嫌そうなオーラを放っており、いつもなら群がって行く筈の女子たちも遠巻きに見ている。
「何か用ですか、アルヴィン先生」
鞄を手にアルヴィンの前に立つと、ちょっと来い、とだけ言ってアルヴィンは踵を返した。
お弁当を作らなかった事を怒っているのだろうかと思いながらジュードはアルヴィンの後に続いて保健室に入る。
「おたくさあ」
くるりと振り返ったアルヴィンはジュードと向き合って言う。
「昨日、どこ行ってた」
「どこって、言ったでしょう、ミラとレイアで買い物に行くって」
「聞き方を変えてやるよ。昨日の夜は何処で誰と何してた」
「!」
顔色を変えたジュードに、アルヴィンは苛立ちを隠そうともせず言葉を紡ぐ。
「おたく、今朝帰って来ただろ。だから弁当も作れなかった」
「見て……たの……?」
「ああ、おたくが高級車から降りてくる所をばっちりとな」
「そう……」
「あれ、誰?男?女?」
刺々しい問い掛けに、ジュードは小さな声で男の人、とだけ答えた。
「へえ、昨日はそいつとお楽しみだったわけ。随分と尻軽になったもんだな」
「っ……じゃあアルヴィンはどうなの!」
かっとなったジュードが声を荒げて言う。
「昨日、僕が出かけている間、何処で誰と何してたの!言ってみなよ!」
「今はおたくの事を話してんだよ!俺が居ながらなんで他の男と寝たりなんかした!」
「そういうアルヴィンだって他の女の人と寝てるじゃない!アルヴィンは良くて僕は駄目なの?!」
「駄目に決まってるだろう!おたくは俺のもんなんだぞ!勝手な事するな!」
「勝手なのはアルヴィンの方じゃないか!」
途端、がらりと扉が開かれて二人はびくりとしてそちらを見た。
「痴話喧嘩なら他でやってくれる?廊下まで聞こえてたわよ」
そこに立っていたのはプレザだった。呆れを滲ませたその声に二人は俯く。
プレザは二人に歩み寄ると、ねえ、とアルヴィンを見た。
「いい加減、真っ当に一人だけを愛するか、いっそ誰も愛さないか決めたらどう?」
「そんな事お前には……!」
「私には関係なくても、この坊やには関係あるでしょう?」
プレザの言葉にアルヴィンがぐっと言葉を詰まらせる。
「貴方は昔からそう。見境なく手を出してたった一つのものも守れない。中途半端な男」
「……あの人は僕の事が好きだって、愛してるって何度でも言ってくれた。アルヴィンはいつだって僕の欲しい言葉はくれなかったじゃないか」
「それはっ……」
「坊や、この男はね、愛だの恋だのって言葉は恥ずべき物だと思ってるのよ。そのくせ女を落とす時には平気でそれを口にする。アルの言う愛してるは、空気のように軽いのよ」
「っ違う!ジュード、お前に対してだけは俺は……!」
「この半年、数えれるくらいしか言ってくれなかった言葉を信じろって言うの」
ジュードの言葉にアルヴィンは再び言葉を詰まらせる。
「……俺は、お前の事は本気で大事だったから、軽く言いたくなかったんだよ……」
「僕の事が本当に大事だったのなら、どうして女の人と浮気するの」
「それは……」
「貴方の事だから、どうせバレなきゃ良いとでも思ったんでしょう?本当に進歩しない人ね」
「……」
黙り込んでしまったアルヴィンにプレザはそれでどうするの?と問いかける。
「坊やだけを愛していくのか、今まで通り遊び続けるのか、決めてあげたら?」
まあ、坊やが貴方を許すかどうかまでは私の知った事ではないけれど。プレザはそう言って薄く笑う。
「…………俺は」
長い沈黙の後、アルヴィンは顔を上げるとジュードを真っ直ぐに見て行った。
「ジュードだけを愛してる。もう、今度こそ、本当に浮気はしない。約束する」
だから許してくれ。そう懇願する男をジュードはじっと見つめ返す。
きっとアルヴィンはこの先何度でも同じ過ちを繰り返すだろう。
今は殊勝な態度をとっているが、月日が経てばまた繰り返す。ジュードは確信していた。
ガイアスはジュードを幸せにすると言った。悲しませないと言った。アルヴィンが決して言わなかった言葉だ。
アルヴィンとガイアス。どちらがジュードを幸せにしてくれるのか。それを考えれば自ずと答えは出る。
しかしそれでもアルヴィンを想う気持ちもまだ捨てきれていない。
「……」
じっと答えを待っているアルヴィンの視線を受け止めながら、ジュードはゆっくりと瞬きをして前を見据えるとはっきりと告げた。

 

 

→「アルヴィンを、許すよ」

 


→「やっぱり、許す事は出来ない」

 

 


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