ガイジュエンド

 

 

「やっぱり、許す事は出来ない」
そう宣告を下すと、アルヴィンはがくりと肩を落として俯いた。
「ジュード……もう、本当に、駄目……なのか」
「うん。僕は、僕を本当に大切にしてくれる人の元へ行くよ」
今までありがとう。さようなら。ジュードはそう告げて踵を返すと静かに保健室を出て行った。
その閉ざされた扉を呆然と見ていたアルヴィンは、あーと唸って髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「振られた……見事に振られた……」
「まあ、当然の結果よね」
プレザの言葉にアルヴィンは情けない視線を向ける。
「……慰めてくれる?」
アルヴィンの言葉にプレザはお断りね、と長い髪をふぁさりと掻き上げる。
「そんなだから振られるのよ」
「ぐ……」
「たまには捨てられる側の気持ちになってみるのね」
そう言ってプレザも出て行ってしまい、アルヴィンは脱力したように椅子に座りこんだ。
おかしいだろ、こんなの。どうして俺が捨てられなきゃならないんだ。
今までは俺が捨てる側だったのに。主導権も選択権も俺にあった筈なのに。
ジュードには、それが当てはまらない。
これだから子供は。アルヴィンは舌打ちをする。割り切るって事を知らない子供は面倒なんだよ。
だが、それでも。それでもアルヴィンはそんなジュードを愛していたのだ。
別れを宣告されても、手放したくない。誰にも渡したくない。
まだ、何か道がある筈だ。アルヴィンは目元を手で覆う。
ジュードを取り戻す方法が、どこかに、きっと。
「ジュードは……俺のもんだ……」
低く呟いた声は、一人きりの室内に響いて消えた。

 


今日は帰るの遅い?ガイアスにそうメールを送ると、暫くして返事が返ってきた。
九時ぐらいには帰れそうだ。どうした。
今夜もガイアスの部屋に泊まっていい?
昨日渡した鍵で入っていろ。
ジュードはガイアスからのメールを確認するとぱたりと携帯電話を閉じてポケットに滑り込ませた。
キーホルダーをちゃらりと目の前で揺らしてみる。
家の鍵と一緒に並ぶ、ガイアスの部屋の鍵。
ふふっとジュードは思わず笑みを零してそれを鞄に戻した。
ガイアスの住むマンションは、ここから二駅ほど行った所にある。ジュードは足取りも軽く駅へと向かって歩き出した。
漸く一歩前に進む事が出来た。ジュードは足取りだけではなく、心も軽くなっているのを感じていた。
もうアルヴィンと二人で夕食を食べる事も、お弁当を一つ余分に作る事も無い。
それは少し寂しい気もしたけれど、ジュードはもう選んだのだ。
アルヴィンとの未来ではなく、ガイアスとの未来を。
さあ、前に進もう。
ジュードは改札を潜ってちょうどやってきた電車に乗り込んだ。

 


ガイアスは夕食を食べずに帰ってくると言っていたので、ジュードは夕食を作ってその帰宅を待った。
やがてメールにあった通り九時を回った頃にガイアスは帰宅して、二人は揃って夕食を食べた。
先に食べていて良かったのだぞ、と言うガイアスに、一緒に食べたかったから、とジュードは笑った。
洗い物を終え、ブラックレザーのソファに座る。傍らのガイアスが何か話があるのだろう?と切り出した。
「うん。あのね、僕、アルヴィンと別れちゃった」
ジュードの言葉にガイアスは微かに目を見開き、やがて視線を和らげるとそうか、と告げた。
「ねえガイアス。僕はまだ世間の事も何もわかってない子供だけど、それでも良いかな」
じっと見上げてくる視線に、ガイアスは微かに笑みを浮かべる。
「構うものか。そのままのお前を、俺は愛したのだ」
その肩を抱き寄せると、ジュードの腕がそっとガイアスの背に回った。
「ありがとう、ガイアス……」
ふとガイアスの顔が近づいてきてジュードは目を閉じる。
二人の唇が柔らかく触れ合い、やがて強く押し付けられた。
「ん……」
滑り込んでくる熱い舌に応えながらジュードはガイアスにしがみ付く。
ガイアスも強く抱きしめてきて、ジュードは息苦しささえ感じながらもそれを幸せと感じていた。
「は、あ……」
長い口付けから解放され、蕩けた視線で男を見上げていると良いか、と問われた。
「でも、僕……まだお風呂に入ってない」
「後で入ればいい」
共に、な、と囁かれてジュードは頬を淡い朱に染める。
「じゃあ、僕がガイアスを洗ってあげるね」
「それは楽しみだな」
ガイアスが立ち上がり、ジュードを誘う。ジュードはそれに素直に従って、二人で寝室へと向かった。

 


翌朝、ガイアスにマンションの前まで送ってもらったジュードは上機嫌で部屋に戻った。
「!」
扉を開けた途端、ジュードはぎくりとして身を強張らせる。アルヴィンが、じっと座ってこちらを見ていた。
「アル、ヴィン……」
そうだ、アルヴィンはこの部屋の合鍵を持ったままだ。返してもらわなければ。
「今日も朝帰りか」
低い声にジュードは視線を彷徨わせながらアルヴィンには関係ないでしょ、と告げた。
「それより、合鍵、返して」
「……」
差し出した手をじっと見ていたアルヴィンは、不意に手を伸ばしてその手を掴んで引き寄せた。
「わっ」
姿勢を崩してアルヴィンの腕の中に飛び込む形になったジュードは咄嗟に離れようとする。
しかしアルヴィンにきつく抱きしめられてしまい、身動きが取れない。
「ア、ルヴィ……離して……!」
「嫌だ」
即座に返って来た低い声に、ジュードは何か底知れぬものを感じて身を強張らせた。
「アル、ヴィン……?」
「おたくは、俺のもんだ」
床に押し倒され、首筋に歯を立てられる。
「いっ……」
痺れるように走った痛みから逃れようと身を捩るが、頭上で手首を纏めて抑え込まれてしまって動けない。
「やっ……アルヴィン!」
手首を抑えるのとは反対の手がジュードのズボンを下着ごと下ろし、萎えているそれに指が絡む。
「嫌だ、やめてよアルヴィン!」
扱きあげても余り反応を示さないそれに舌打ちすると、アルヴィンはその奥の蕾に指を這わせた。
「やだっ、アル……痛っ」
無理矢理押し入ってくるその圧迫感にジュードの体がびくびくと震える。
ろくな滑りも無いままぬぐぬぐと抜き差しされるその感触にジュードは恐怖すら覚えた。
「あっ」
指の腹が前立腺を擦りあげ、否が応でも反応してしまう自分にジュードは唇を噛んだ。
「んんっ、ん、んっ」
ぐりぐりとそこを刺激され、ジュードが少しでも望まぬ快感をやり過ごそうときつく眼を閉じていると、不意に指が引き抜かれた。
ジュードが恐る恐る目を開けると、アルヴィンが片手で己のズボンの前を寛げ、いきり立ったそれを取り出していた。
「やっ……!やだ、嫌だアルヴィン!」
「おたくを他の男になんて、誰がくれてやるかよ」
アルヴィンはジュードの声を無視してそう呟くと、強引に腰を進めた。
「いっ……たい……!やだ、抜いて!」
「なんでだよ、おたくのここは素直に飲み込んでくれてるぜ」
「ちがっ……」
「何が違うんだよ」
「あ、あっ……!」
ずるりと根元まで押し込まれたそれが引き抜かれ、また根元まで押し込まれる。ジュードの脚がひくりと痙攣を起こした。
「いつも俺のこれを根元まで飲み込んでいっぱい擦ってっておねだりしてくるじゃねえか」
「僕は、もう、アルヴィンとは……」
「終わっただなんて俺は思ってねえよ。ほら、こっちはきゅうきゅう締め付けて喜んでるじゃねえか」
「や、あ、あ、あっ」
一切の手加減を失ったその激しい律動に、ジュードはろくな抵抗も出来ずただされるがまま揺さぶられていた。
「……くっ……ジュード……!」
やがてジュードの中で熱を吐き出したアルヴィンは、繋がったままジュードを抱きしめた。
「愛してるんだ。お前だけを……」
いつの間にか手首の拘束は外されていたが、ジュードはぼんやりと天井を見上げたまま抱きしめられていた。
「愛してる、ジュード……」
「……」
ジュードの目尻から、一筋の涙が零れ落ちた。

 


その日、夜遅くにガイアスが帰宅すると玄関に見慣れた靴がある事に気付いた。
ガイアスがリビングへ向かい、電気を点けるとソファの上にジュードが横になっていた。
今日は何もメールが無かった。何かあったのだろうか。
ガイアスがそう思いながら手にしていた鞄をソファに立てかけ、ジュードの前で膝を着いた。
するとジュードの首筋に赤い痕がある事に気付く。
ガイアスはジュードの体に痕を付けた事は無い。その白い肌に朱を散らせたいと思う時もあるが、後でジュードが困ると分かっていたので付けないようにしていた。
ふと胸元に置かれた手に目をやると、手首にも薄らと赤い痕があるのにも気付く。
ガイアスはすぐにジュードの身に何が起きたのかを理解した。
あの男か。ガイアスは怒りが込み上げてくるのを感じた。
だがガイアスは一先ずジュードをベッドに運ぶことにした。こんな所で寝ていたら風邪をひいてしまう。
そっと抱き上げ、ベッドルームへと運ぶ。ジュードをベッドに寝かせるとガイアスはリビングへと戻り、鞄から携帯電話を取り出した。
そしてローエンの番号を呼び出すと、耳に当てた。
「……俺だ。ジュードの事で話がある」

 


ジュードが目を覚ますと、自分がベッドの中にいる事に気付いて暗い室内を見回した。
あの後、アルヴィンがシャワーを浴びている間にジュードは部屋を飛び出した。
そしてそのままガイアスの部屋に駆け込み、シャワーを借りて一人で泣いていた。
泣いている内に眠ってしまったのだろう。その自分をガイアスが運んでくれたのだ。
重くなかったかな。ガイアスは力持ちだから僕みたいな子供、軽々と運べたのかもしれない。
そんな事を思いながらそろりとベッドを降り、リビングへの扉を開ける。ガイアスはソファに座って誰かと携帯電話で話していた。
「……今ジュードが起きてきた。ああ、そのように頼む。遅くに悪かった」
ジュードが突っ立っていると通話を終えたガイアスが己の隣をぽんと叩いた。
「座れ」
「……うん」
ジュードがガイアスの隣に腰を下ろすと、そっと肩を抱き寄せられた。
その温もりにジュードの瞳から再び涙が溢れ出す。
「ガイアス……僕っ……!」
「言わずとも良い。大体の事は察している」
ガイアスの言葉にジュードはますます涙を零してその広い胸に縋り付いた。
声を殺して泣くジュードの髪を撫でながら、ガイアスはもうあの部屋には帰らなくていい、と告げた。
「……え……?」
涙で濡れた目で見上げてくるジュードに、お前はここで暮らすのだとガイアスは優しく言う。
「荷物は明日業者に運ばせる」
「でも、僕、明日も学校が……」
「明日は一日休め。今のお前には休息が必要だ」
本当は俺も傍にいてやりたいのだが、とガイアスは表情を曇らせる。
「ううん、ガイアスはお仕事に行って。僕、大丈夫だから」
でも、とジュードは小首を傾げる。
「引っ越すとなるとうちの両親が何て言うか……」
「それに関してはローエンが上手くやってくれるそうだ」
「ローエンが?」
きょとんと目を丸くするジュードの濡れた目元を拭ってやりながらガイアスは頷く。
「今回の事は見過ごす事は出来ん。お前は嫌がるかとも思ったが、ローエンにも協力を仰いだ」
すまん、と謝るガイアスに、ううん、とジュードは微かに笑った。
「ガイアスが僕の為にしてくれたことだもの。謝らないで」
それより、とジュードはガイアスの首筋に顔を摺り寄せて言った。
「今日は僕を抱きしめて眠ってほしい……」
アルヴィンの事、忘れさせて。そう小さく言うジュードの髪にガイアスはそっと口付ける。
「今宵だけと言わず、毎日でもそうするつもりだ」
「うん……ありがとう、ガイアス」
ガイアスの優しさに、ジュードは心の奥がじわりと暖かくなっていくのを感じた。

 


その日、アルヴィンは苛々としながら書類を書いていた。
昨日ジュードを抱いたまではよかったが、ちょっと目を離した隙に逃げられてしまった。
アルヴィンも出勤しなくてはならなかったのでそのまま出勤したのだが、ジュードは姿を現さなかった。
そして今日も休んでいる。また例の男の所か。そう思うと苛立ちが増して字面が歪みそうになる。
だが結局ジュードはあの部屋に帰って来るしかないのだ。
今夜もジュードの部屋でその帰りを待つ事にして、アルヴィンは目の前の仕事を片付ける事に専念する。
すると校内放送が入った。アルヴィンを呼び出す放送だった。
至急校長室へ、との声にはあ?と思う。
何で俺が校長室に呼び出されるんだよ。そう思いながらも校長室に向かい、扉をノックする。
どうぞ、と中から穏やかな声が聞こえてきてアルヴィンは扉を開けた。
そこにはいつも通り穏やかな笑みを浮かべた校長が座っていた。
だがこの老人がただの呑気な好々爺では無い事はアルヴィンも知っていた。
「お呼びと伺いましたが」
アルヴィンの言葉に、ローエンはええと頷いて一枚の書類を重厚なデスクの上に滑らせた。
「これをお渡ししようと思いまして」
差し出された書類を手に取り、その書面に目を通したアルヴィンはざあっと血の気が引く音を聞いた。
書面には、大まかには当学園の生徒に対する不健全行為の行使により六か月の減給処分と明記されていた。
バレた。ジュードがバラしたのか?アルヴィンが紙面から視線を上げる事が出来ずにいるとローエンが語り始めた。
「私の妹の娘の息子がこの学園に通っていましてね。私からすれば大甥ですね。その子は本当に優しい子で、成績も優秀なじじい自慢の大甥なのですよ」
ローエンの穏やかなまでのその言葉にまさか、と思う。
「その大甥がどうやら悪い男に引っかかってしまったようでして。それでも彼が自分で選んだのであれば口出しはしないでおこうと思っていたのです」
アルヴィンは書類を持つ掌がじっとりと湿り気を帯びてきているのを感じていた。
「ですがどうやら別れ話を拗らせてしまったようでしてねえ。相手の方に無体を働かれたようなのですよ」
そうなるとじじいとしては黙っていられませんよね、とローエンはにこりと笑う。
「本来なら懲戒免職といきたい所ですが、彼がそれは余りにも可哀想だとおっしゃるのでこうして減給処分という形を取らせていただきました」
何か質問はありますか?ローエンの問いかけに、アルヴィンはいえ、と答えるのが精一杯だった。
「でしたらもう下がっていただいて結構です。今回の処遇は彼の温情によるものだと努々お忘れなきよう」
「……失礼、します……」
ふらりと踵を返して扉に向かおうとするアルヴィンに、そうそう、とローエンが言った。
「彼の部屋の合鍵をお持ちですね?あの部屋は引き払う事にしましたのでお返しいただけますか」
「……はい」
アルヴィンがポケットからキーホルダーを取出し、そこから一つの鍵を抜き出すとデスクの上にことりと置いた。
「確かに。今後彼との私的接触は控えるよう願います」
「はい……」
次はありませんよ。その追い打ちを背に受けながらアルヴィンは校長室を出た。
終わった。ローエンがジュードの後ろ盾ならば雇われている以上、これ以上の手出しはできない。
一瞬エレンピオス学園に戻れば、とも思ったがあの叔父が今さらあの学園にアルヴィンの居場所を作ってくれるとは思えない。
アルヴィンは手の中の書類をぐしゃりと握り潰してくそっと悪態を吐いた。

 


この春、ジュードは大学の医学部に進学した。
ガイアスのマンションで暮らす様になって、登下校の距離は前のマンションと比べると二駅分遠くなったが不自由は感じなかった。
あれ以来、アルヴィンとは殆ど顔を合わせていない。
元々健康体で身のこなしの軽いジュードは体調を崩す事も無ければ怪我をする事も無く日々を過ごしていたので、保健室とは無縁だった。
それでも同じ学園内。時折擦れ違う事もあった。
アルヴィンはいつも何か言いたげな顔をしたが、ローエンにばれているという事が抑制剤となっているのだろう、そそくさと立ち去った。
そしてジュードはローエンとガイアスに守られて平穏な高校生活を送り、この度晴れて大学生となった。
ガイアスは毎朝ジュードの作った弁当を手に出勤していく。今まで外食ばかりだった社長がとうとう結婚した、と当時の社内では噂になったらしい。
そして今では社長は愛妻家、と噂されているそうだ。
実際、ガイアスは毎日ジュードに愛を囁いていたし、毎晩同じベッドでジュードを抱いて眠っていた。
ジュードは毎日が幸せで満ち満ちていた。
今夜はローエンをマンションに招いて三人での食事だ。
何を作ろうかなあ。ジュードはわくわくしながら献立を考える。
ローエンもガイアスも和食が好きだからやっぱり和食かな。
ジュードはそう思いながら大学を出ると、駅へと向かって歩き出した。
その足取りは軽く、幸せな音を奏でていた。

 


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