私立エクシリア学園の三年生であるルドガーが一年生のジュードと知り合ったのは、ミラを介してだった。
ミラはルドガーのクラスメイトで、たまに言葉を交わす程度の仲だった。
だがある日、弁当を食べていたルドガーが視線を感じて顔を上げると、そこにはルドガーの弁当を凝視するミラがいた。
「美味そうだな」
涎を垂らさんばかりのミラに、ルドガーが食べるか?と問えばいいのか!と目を輝かせる。
「礼に私の弁当を食べても良いぞ」
二人は弁当を分け合って食べながら、そういえばとミラに問う。
「ミラはいつもは教室じゃなくて、どこか違う所で食べてるよな?」
珍しく一人教室で食べていたらしいミラは、そうだ、と頷いた。
「いつもは幼馴染と三人で食べるのだが、今日は二人とも委員会で忙しくてな」
そう言いながらもミラの食べる手は止まらず、二つの弁当はあっという間に空になった。
「とても美味しかったよ、ルドガー。ジュードの料理もかなりのものだが、ルドガーも素晴らしいな」
「ありがとう。ジュードって?」
「私の幼馴染だ。ジュード・マティスと言って一年生だ」
そうだ、とミラが目を輝かせてルドガーを見た。
「私たちはいつも屋上で昼食を食べているのだが、ルドガー、お前も一緒に来ないか?」
「え?」
「お前はいつも一人で食べているだろう」
確かに一緒に弁当を広げる程の仲の友はいないルドガーは、いつも一人で昼食を食べていた。
それを寂しいと思った事は無かったのだが、ミラの一人で食べるより楽しいぞ、という言葉に良いのかな、と首を傾げる。
「ああ、ジュードもレイアも良い子たちだ。きっと気に入るよ」
そしてその言葉通り、翌日の昼休みにはミラと共に屋上へと上がった。
見知らぬ男子生徒を連れてきたミラに、先に来ていた少年と少女はきょとんとしてミラとルドガーを見る。
「ジュード、レイア、今日から昼を共にする事になったルドガーだ」
ミラ、それ説明になってない。ルドガーがフォローしようとすると、少年がくすりと笑った。
「ごめんなさい、ミラって少し強引な所があるでしょう?」
「あ、いや……」
否定するべきか頷くべきか。迷っていると隣に座った少女もそうそう、と笑った。
「でも、仲間が増えるのは大歓迎!」
少女は立ち上がると手を差し出してきた。握手を交わすと、少女はぶんぶんと手を振って宜しくね、と笑う。
「俺は三年C組のルドガー・ウィル・クルスニクだ」
「私、レイア。一年C組のレイア・ロランド!」
「ちょっとレイア、先輩にタメ口はどうなの……」
少年の言葉に、ルドガーは良いんだと首を横に振る。
「ほら、ルドガーも良いって言ってるんだから良いじゃない!」
レイアが胸を張って言い、少年が一つ溜息を吐いてルドガーに向き直った。
「僕は一年A組のジュード・マティスです」
差し出された手を握り返しながら、ルドガーはジュードの蜂蜜色の瞳を見下ろす。少しだけつり上がった瞳は愛嬌があって少女のように愛らしかった。
「宜しく」
「よし、自己紹介も終わった事だ、食事にしよう!」
さっさと座って弁当を広げるミラに、ジュードはミラってば、と苦笑してその隣に座った。
四人で円になって弁当を広げる。弁当のおかずを交換したりして雑談を交わした。
「あ、これ美味しい。ルドガーは自分でお弁当作ってるの?」
「ああ、ジュードのも美味しいけど自分で?」
「うん、僕、一人暮らしだから」
「うちのお父さんの料理だって美味しいよ!」
「レイアのお弁当ってお父さんが作ってるのか」
ルドガーの少し驚いた様な声に、ジュードがレイアの家は料亭なんだ、と説明する。
「そうなのか」
「僕なんて到底及ばないくらい美味しいんだよ」
ジュードの言葉に、ミラが謙遜するな、と告げる。
「ジュードは食事からお菓子作りまで何でも美味しく作るぞ」
へえ、とルドガーはジュードをまじまじと見る。その視線に照れたようにジュードは頬を赤らめると、趣味みたいなものかな、と小さく笑った。
「俺も同じだよ」
「よし、ならば今度二人で美味しいものを作ってくれ」
卵焼きを食べながら言うミラに、ジュードは本当に食いしん坊なんだから、と苦笑してミラの口元についていたご飯粒を抓むと迷う事なく自分の口に運ぶ。
恋人というよりは母親と子供のようなそれに仲が良いんだな、と思う。
四人でわいわいと話しながら食べる昼食は、楽しかった。また明日ね、と元気いっぱいに手を振るレイアと控えめに手を振るジュードに手を振り返し、ミラと共に教室に戻る。
また明日、か。ルドガーはそれを嬉しく思っている自分を自覚しながら、誘ってくれたミラに感謝した。

 


それから一か月後の日曜日、ジュードはルドガーのマンションを訪れていた。
料理話が高じて、今度一緒に作ろうという話になったのが先週の事。
何を作ろうかと話し合い、駅前で待ち合わせた二人は買い物を済ませてマンションへとやって来た。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは、ユリウスと名乗るルドガーの兄だった。
「はじめまして、お邪魔します」
ぺこりとお辞儀をするジュードに、狭い所だけど、とユリウスは笑って中へと通してくれた。
その部屋は当然だがジュードのマンションよりはるかに広く、男二人で住むならこれくらいは必要なんだろうな、とジュードは思う。
ユリウスは時計を弄るのが趣味らしく、ルドガーとジュードが二人でキッチンに立っている間ずっと銀の懐中時計を弄っていた。
よく元通りに組み立てられますね、と感心して言えば、慣れだよ、とユリウスは笑った。
そうして出来上がった料理を三人で食べた。トマトが好物だというユリウスは、ラタトゥイユを特に食べていた。
昼食を終えると勉強タイムだ。それぞれ宿題を取り出し、黙々と片づけていく。
ルドガーが問題に詰まると、ユリウスが上手く誘導して答えに辿り着かせる。その様子を見ていたジュードは仲のいい兄弟なんだな、と少しだけ羨ましく思った。
ジュードは一人っ子で、その上両親は診療所を経営していて忙しく、余り構われず育った。一人暮らしをしたいと言った時も二人とも反対しなかった。
せめて兄弟がいればもっと違ったのだろうか。そう思いながら見つめていると、視線に気付いた二人がどうした、とジュードを見た。
「あ、えっと、仲良いんだなって思って」
恥ずかしそうに笑うジュードに、ユリウスはそうだなあと微笑む。
「親代わりでもあるからね、俺は」
二人に親がいない事はルドガーから聞いて知っていた。何処の家庭にも事情というものがある。それでもジュードは憧れに似た思いを二人に抱いた。
やがて宿題を終えると、今度は昼に作って冷蔵庫で冷やしておいたティラミスを食べた。
美味しそうに食べるジュードに、ルドガーとユリウスはそれを微笑ましく見守る。
その後は三人で他愛もない話をしたり、ゲームをしたりして遊んだ。
日が暮れてくると二人はジュードを駅まで送った。またおいで、と笑うユリウスとルドガーに礼を述べ、ジュードは改札を潜ると電車に乗って帰って行く。
走り去る電車を見送って、ユリウスは弟を見た。
「お前の言っていた通り、良い子だな」
「だろ?」
まるで自分が褒められたように嬉しそうに笑う弟に、ユリウスはお前にも漸く友達が出来たか、と微笑んだ。
「俺にだって友達くらいいるって!」
「だってお前、何だかんだ言って部屋まで連れてきたのってジュード君が初めてじゃないか」
兄の指摘にルドガーはうっと言葉を詰まらせる。確かに今まで広く浅くの付き合いばかりだったのは否めない。
何も言い返せない弟に、ユリウスはその銀の髪をくしゃりと撫でて大切にするんだぞ、と告げる。
「わかってるよ、兄さん」
拗ねたように唇を尖らせて言う弟に、ユリウスはくつくつと喉を鳴らして笑った。

 


その日もジュードはルドガーのマンションに遊びに来ていた。
今日はユリウスは出掛けているらしく、部屋にはいなかった。
いつもの様に二人でキッチンに立ち、食事をしてその後は勉強をする。
そうして過ごすのはもう何度目だろうか。不思議とルドガーもジュードもレイアとミラを誘おうとは言わなかった。
今までジュードは女子であるレイアとミラと共に居る事に違和感を感じた事は無かった。今だってそうだ。
だが、それでもルドガーやユリウスからはまた違った何かを感じていた。はっきりとした形を成さないそれを、ジュードは大切にしたかった。
おやつにラズベリーとチョコの入ったマフィンを二人で食べていると、ドアベルが鳴った。
誰だろう、とルドガーが席を立つ。扉を開けると、そこには一人の男が立っていた。
黒に近い茶のスーツに赤のコートを羽織った体躯の良い男は、おや、と言う様にルドガーを見下ろした。
「ここはユリウス・ウィル・クルスニクの部屋だと思ったのだが」
「あ、はい、そうです」
頷くルドガーに、君は?と男が問う。
「弟です」
その言葉に男はほう、と興味深げに武骨な手を顎にあててルドガーを見下ろす。
「弟がいたとはな」
「あの、どちら様ですか」
ルドガーの問いに、これは失礼した、と男は笑う。
「私はクランスピア社代表、ビズリー・カルシ・バクー」
「クラン社って、兄さんの……」
「少しユリウスに個人的な話が合ったのだが」
その言葉にルドガーがすみません、と困った顔をする。
「兄さんはもうすぐ戻ると思いますが……」
夕食までには戻ると言っていたからもうそろそろ戻ってくるはずだ。すると男は出直そう、と告げると椅子に座ってこちらを窺っているジュードをちらりと見た。
「……君はどこかで」
「え?」
まさか自分に話しかけてくるとは思ってもみなかったジュードは驚いた様に目を見開いた。
だが男はまあいい、と呟くとお兄さんによろしく伝えてくれ、とルドガーに告げて去って行った。
扉を閉めて振り返ると、ルドガーは戸惑いの色を浮かべたままのジュードを見て首を傾げた。
「何だったんだろうな?」
「さあ……でも、クラン社ってユリウスさんの勤め先でしょう?その社長が自らやってくるってただ事じゃないよね」
だが考えた所でわかる筈もなく。二人は取り敢えずそろそろ夕食の準備をしようか、と頷き合った。
そして夕食が出来上がる寸前にユリウスが帰ってきた。ビズリーが来た事を告げると、途端にユリウスは厳しい顔をする。
「ここには来るなとあれほど……!」
「兄さん?」
低く呟かれたそれに、ルドガーとジュードがきょとんとして見る。その視線に気付いたユリウスは取り繕う様に微笑みを浮かべると何でもない、と告げた。
「仕事の事で話があったんだろう」
「でも、だったら携帯に電話すればいいのに」
「今日に限って充電が切れていてね。迂闊だったよ」
そういえば、とルドガーが野菜たっぷりのスープを盛り付けながら兄を見る。
「あの人、ジュードの事知ってるみたいだった」
そうなのか、とユリウスがジュードを見ると、籠に入ったパンをテーブルに置いていたジュードははい、と頷いた。
「でも、僕には覚えがないんですよね……実家の診療所の患者さんにもクラン社の社員だって人は何人かいますけど、あの人は見た事無いです」
「そうか……」
「兄さん?」
考え込んでしまったユリウスに、ルドガーが声を掛ける。
「ああ、何でもない。それより、夕食にしよう」
「え、ああ、うん」
ルドガーとジュードが同時に同じ方向へ首を傾げたものだから、ユリウスはそれまで纏っていた不穏な空気を霧散させてふっと噴き出して笑った。

 


ジュードがルドガーとミラ、レイアの四人で街に遊びに出ていた時の事だ。
ふとジュードは雑貨屋の前で足を止めた。話に夢中になっている三人はそれに気付かずどんどん進んでいく。
だがジュードの方もそれに気付かず、陳列窓に並んだガラス細工に目を奪われていた。
トンボ玉のペンダントや風鈴、エジプト香水瓶からガラスペンまである。色取り取りのそれに、買ってもきっと使わないだろうに欲しいと思ってしまう。
昔からジュードはガラス細工やきらきらとした物に弱かった。
まるで女の子みたいだと思っているジュードは大きくなってからはそれを口にした事は無かったが、今でも見かけるとつい目を奪われてしまう。
「ガラス細工、好きなんだ?」
耳元で囁かれた言葉に、ジュードはびくっとして振り返る。そこには長い黒髪を垂らし、赤いスーツを纏った男が立っていた。
「リ、リドウさん……!」
「奇遇なのか運命なのか知りたいところだねえ。ともかく久しぶり、ジュードちゃん」
間違いない、リドウだ。リドウはマティス診療所の患者であり、クランスピア社の社員でもあった。
「なんで、こんな所に……」
戸惑う声に、リドウは昼休みなんだよね、と笑う。確かにここから少し行った所にクランスピア社はある。リドウと出会ってもおかしくはなかった。
「こんな所で一人で買い物?」
リドウの言葉にあれ、とジュードは辺りを見回す。だがそこにルドガー達の姿はない。
またやってしまった。ジュードがしまった、と携帯電話を取り出すとタイミングよくレイアから着信が入った。
『ちょっとジュード、何処に居るのよ!』
「ごめんレイア、うっかり立ち止まっちゃってて……」
『もう、ジュードってば何でそうも抜けてるの?今どこ?』
レイアに場所を説明すると、そこで待ってて、と通話を切られた。
「大きな声だこと」
くつくつと笑うリドウに、ジュードも苦笑して携帯電話をしまおうとする。
「あ、ちょっとストップ」
「え?」
リドウはにっと笑うとアドレス教えてよ、と告げた。
「僕の、ですか?」
どうして、と言わんばかりのジュードの視線に、リドウはだってさあと詰まらなさそうな顔をした。
「ジュードちゃん一人暮らしはじめてから診療所手伝ってないだろ。会えなくて寂しくてさぁ」
確かに家を出てからは滅多に帰省する事も無く、結果、診療所も手伝っていない。
リドウは今でこそ分からないが幼い頃は病弱で内臓を病んでいたらしく、ジュードが物心ついた時には既にマティス診療所に通っていた。
待ち時間によく遊んでもらった、というよりは遊ばれていたという感が強いが、それでもずっと独りぼっちだったジュードには嬉しかった。
今ではリドウはクランスピア社の医薬品開発チームの室長を務めていると聞いた覚えがある。
「だからアドレス、教えてくれない?」
自らの赤い携帯電話を取り出すリドウに、じゃあ、とジュードも携帯電話を操作してアドレスを交換する。
すると背後でジュードを呼ぶ声がして、二人はそちらを見た。ルドガー達だ。
「あれ、あいつはユリウスの……」
リドウの呟きに、ユリウスさんを知ってるの?とジュードは小首を傾げてリドウを見上げた。
「まあ、同じ会社だし、ちょっと、ね」
含みを持たせ、リドウは薄らと笑う。ジュードに向けるのとは違った種類の笑みに、もしかしてユリウスと仲が良くないのだろうかとジュードは思う。
「ジュード、探したんだから!」
レイアにごめん、と謝ると傍らに立っていたリドウが、それじゃあまた後でメールするよ、と薄く笑ってその場を立ち去った。
「ジュード、知り合いか」
ミラの問いに、うん、とジュードは頷く。
「うちの患者さん。ルドガーのお兄さんと同じクラン社に勤めてるんだよ」
「兄さんと同じ……」
「ユリウスさんの事も知ってるみたいだったよ」
へえ、と小さくなって行く後ろ姿を見送って、ルドガーはそれより、とジュードを見下ろした。
「ジュードはこういうのが好きなのか?」
陳列窓に並べられたガラス細工の数々に、ジュードは恥ずかしそうに頷く。
「変、だよね。女の子みたいで……」
もじもじとするジュードに、そんな事は無いとルドガーは首を横に振る。
「ジュードらしくて良いと思う」
「そう、かな?」
「そうそう、気にしないの!」
するとミラがそうだ、と目を輝かせて言った。
「ここで何か揃いの物を買わないか」
「それ良い!このトンボ玉のストラップは?みんな色違いで買おうよ!」
ジュードはテンションの上がってきた女子二人からルドガーへと視線を移す。
するとルドガーも優しく笑って頷いてくれて、ジュードもまた嬉しそうに笑った。

 

 


リドウとはそれから頻繁にメールをするようになった。大抵がリドウが何か聞いて来て、それにジュードが返信するという形だ。
話題は些細な事が多かった。今日は何があったかという事から趣味嗜好、昔の話まで。
最初は少し戸惑っていたジュードも、今ではリドウとのメールのやり取りを楽しいと思う様になっていた。
少々皮肉屋だったがボキャブラリーも豊富で、やり取りをしていて飽きない。
どうやらユリウスとリドウはクランスピア社に同期入社の仲らしいが、その仲は良くないらしい。
ただリドウのメールにはジュードがユリウスの事を知っているからなのか、時折ユリウスに対しての愚痴が混ざる。
純粋に嫌いなら、話題に上らせるような事はしないだろう。何だかんだで気にかけているという事ではないだろうか、とジュードは思う。
だがそれを口にすればリドウの機嫌が急降下する事は目に見えているので黙っている。
一度だけユリウスの前でリドウの話題を出した事があったが、嫌そうな顔をされたのですぐに止めた。
アレには関わらない方が良い、とだけジュードに忠告するユリウスに、そんなに悪い人ではないと思うのだが、とジュードは首を傾げた。
まあ、ジュードちゃん、と呼ぶのはどうにかして欲しいと思うのだが、悪意あっての事ではないとわかっているのでここ数年はもう諦めている。
そんなある日、毎週のようにルドガーとユリウスのマンションを訪れていたジュードはきょとんとしてルドガーを見た。
「え?」
今日はユリウスは休日出勤らしく部屋にはいない。二人でテレビを見ながら他愛もない事を話していた時の事だった。
見上げた先ではルドガーが頬を赤らめて気まずそうにしながら、だから、と先程と同じ言葉を繰り返した。
「ジュードの事が好きなんだ」
「僕もルドガーが好きだよ」
深く考えず返すと、それは嬉しいんだけど、とルドガーは視線を落としてそうじゃなくて、と告げる。
「俺は、なんていうか、その……」
「?」
首を傾げて見上げていると、視線を上げたルドガーが意を決した様にきっとジュードを見て顔を寄せてきた。
え、と思った次の瞬間、唇に柔らかい感触が当たる。見開いた目の前にはルドガーの顔が間近にある。
触れるだけのそれはすぐに離れて、目を真ん丸にして固まっているジュードの前でルドガーは頬をより朱に染めた。
「……こういう意味で、なんだ」
ぽかんとしていたジュードは、そっと己の唇に手を当てる。ルドガーの唇が今、ここに触れたのだ。
「迷惑だってわかってるけど、知っていて欲しくて……」
「ルドガー……」
顔を赤らめながらも真っ直ぐに見つめてくるそのアクアグリーンの眼に、ジュードの心は揺れる。
「僕……」
何と答えれば良いのだろう。答えあぐねていると、扉が開いてユリウスが帰って来た。
二人は揃ってびくりと肩を揺らす。ただいま、と微笑むユリウスに、二人は視線を逸らしておかえりなさい、と答えた。
「どうかしたのか?」
二人の間に流れる微妙な空気を察したユリウスが訝しげに問う。
「えっと、僕、今日はこれで帰ります」
「ジュード?」
不思議そうな表情のユリウスにぺこりとお辞儀をすると、ジュードは逃げるようにして出て行こうとする。
「ジュード!」
ルドガーの声にジュードの脚が止まる。そして振り返らないまま、考えるから、とジュードは告げた。
「ちゃんと、考えるから……時間が欲しい」
「……わかった」
「ごめんね」
ジュードが部屋を出て行き、その扉を見ていたユリウスがルドガーへと視線を移す。
「何をしたんだお前は」
呆れたような声音に、ルドガーはうっと言葉を詰まらせる。
「……ちょっと、ジュードを困らせる様な事を言っちゃって……」
やれやれと肩を竦めると、ユリウスはタイを緩めながら自室へと向かった。
ユリウスが自室に入り、扉が閉ざされるとルドガーは盛大な溜息を吐いて頭を抱えた。

 


その夜、いつものようにリドウからメールが入り、ジュードは思い切ってリドウに相談してみた。
友達に告白されたのだけれどどうしていいのかわからない、といった内容のメールを送ると、すぐにメールではなく着信が入った。
携帯電話を耳に当てるとリドウは開口一番にどういう事か詳しく、と言い、ジュードはメールの通りだけど、と答える。
するとリドウは今から迎えに行く、と言い出した。は?と首を傾げていると、十五分後にマンションの前にいるように、と言われ通話は一方的に切られた。
どうしよう、と思いながらもとりあえず上着を羽織って最低限の荷物を手にジュードは部屋を出ると階下へと向かった。
十五分より少し早くジュードの前に赤のアテンザが止まった。助手席側の窓が開き、リドウが指をちょいちょいと動かして乗る様に示す。
恐る恐る車に乗りこんだジュードがシートベルトを締めると同時に車は走りだす。
「あの、何処へ行くの?」
リドウは前を見たままジュードちゃんとゆっくりお話しできる所さ、と笑った。
そしてジュードはリドウの住むマンションに連れてこられた。派手な見た目の割に、住んでいる所は普通のマンションなのだな、とジュードは思う。
「高層マンションにでも住んでると思った?」
ジュードの心を読んだかのような声にびくりとしてふるふると首を横に振ると、その反応を楽しむようにリドウはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「どうせ寝に帰るだけだしね」
そう言いながらも、通された部屋は綺麗に片付いていて、ジュードはきょろきょろと部屋を見回した。
基本的に暖色系が好きなのだろう、目に痛くない程度に赤やオレンジの小物が配置されていて、シックな雰囲気のルドガー達の部屋とは対照的だった。
適当に座っててよ、と言い置いてリドウはキッチンへと向かう。ジュードがソファにそっと座り、あちこちを見回しているとリドウがローテーブルの上に紅茶の満たされたカップを置いた。
高そうなお洒落なカップをそっと手にしてジュードはそれに口をつける。以前ジュードがアールグレイが好きだといったのを覚えていてくれたのだろうか。ベルガモットの香りが心地良かった。
「で、告白されてどうだったわけ」
一息ついた瞬間にそう切り出され、ジュードはうーんと首を傾げる。
「どう、って言われても……びっくりしたっていうか」
「嫌だったとか、嬉しかったとかは」
「嫌、ではなかったけど……」
首を傾げたままのジュードに、リドウはふうん、と面白くなさそうに言うとジュードの手からカップを奪ってテーブルに置いた。
「リドウさん?」
きょとんと見上げると、リドウの顔が近づいてきて口付けられた。
「ん……!」
ぬるりと入り込んできた舌にジュードは咄嗟に逃げようとする。だがリドウに頭を押さえられていて動けない。
「ふ、ぅ……」
思う存分口内を侵され、解放された時には慣れない事をされたジュードの息は上がっていた。
「おや、こういう事はされなかったのかな?」
間近でにやりと笑うリドウに、こんなのは知らない、と涙で潤んだ目で見上げる。
「キスはされたけど、こんなのじゃない……」
その言葉にへえ、とリドウの眼が細くなる。
「キスはされたのかぁ」
この唇に、とリドウは今度は触れるだけの短いキスを落とし、触れさせたの、と笑った。
「俺とそいつ、どっちが良かった?」
「わ、わかんないよそんなの……」
頬を赤く染めて俯くジュードの顎を指先で持ち上げ、視線を合わせる。
「だったら質問を変えようか。俺にキスされて、どうだった?」
ジュードは視線を彷徨わせた後、嫌じゃなかった、とぽそりと告げた。
その応えに満足げに唇の端を歪めて笑うと、リドウはジュードの手を引いて立ち上がった。
「なに?」
「こっち」
手を引かれるがまま奥の扉を潜ると、そこは寝室だった。
状況を理解していないジュードをそのベッドに押し倒し、リドウは伸し掛かる。
「な、んなの?」
戸惑いの表情で見上げてくるジュードに、リドウはにっと笑うと気持ちいい事するんだよ、と告げた。
「キスよりもっと凄い事、しようぜ?」
そこで漸く理解したジュードは、一気に顔を赤く染めると何で、とリドウを見上げた。
「何でって、ジュードちゃんの事が好きだからさ」
「う、嘘……」
「酷いねえ。もう何年も前からジュードちゃんの事狙ってたのに全く気付いてくれないんだからさぁ」
「え、ちょ、その頃って僕まだ子供……」
今でも十分子供かもしれないが。だがリドウは愛に歳なんて関係ないさと笑う。
「本当はもう少し育つのを待つつもりだったんだけど、先手打たれちゃ対抗するしかないよねえ」
リドウの手がジュードのシャツの裾から滑り込んできて素肌に触れ、そのひんやりとした手にジュードの体はぴくりと震える。
その反応にちろりと自らの唇を舐めたリドウは、美味しそうな肌、と笑って首筋に顔を埋めた。
「んっ……」
首筋を吸われ、腹を這っていた手が胸元の突起を捉えてジュードはきゅっと目を閉じる。
「楽にしてれば天国に連れていってあげるからさ」
乱暴な事はしたくないんだよねえと低く笑うリドウを、閉じていた目をそっと開けてジュードは見た。
視線が絡み合い、リドウが再び口付けてくる。滑り込んでくる舌におどおどとしながらもリドウのそれを真似して応えた。
「……オーケィ、良い子だ」
耳元で低く囁かれ、ぞくぞくとした何かが背筋を駆け抜ける。
「ぁっ」
胸元の突起を抓まれ、思わず漏れた甘い声にジュードはきゅっと唇を閉じる。
「ジュードちゃんの可愛い声、もっと聞きたいんだけどなあ」
「……だって、恥ずかしい……」
ぼそぼそと言うジュードに、その恥ずかしい声が聞きたいんだよ、とリドウはジュードのシャツを首元まで捲り上げた。
「や……!」
リドウの舌と指先がジュードの胸の突起を抓んでは舐り、そのむず痒い様な感覚にジュードは身を捩った。
「気持ちいい?」
「わ、かんな、んっ」
むずむずとするそれに耐えていると、ならこっちはどうかな、とその手がジュードの下肢に触れた。
「!」
思わぬところを触られた、と言わんばかりのジュードの表情に、リドウはくつりと笑ってそこをやんわりと揉んだ。
「ああ、それなりに反応はしてるね」
かあっと頬を赤く染め、ジュードは視線を逸らす。その間にもリドウの手は緩々とそこを刺激してズボンの下のジュード自身を昂ぶらせていく。
「ん、ん……」
与えられる刺激を甘受しながらも、それでも声を漏らすまいとするジュードに、いつまで続くかねえと笑ってリドウはジュードのズボンを下着ごと脱がせた。
「や、やだ……!」
ふるりと現れたそれに、リドウは舌なめずりして顔を寄せた。
「ちょ、なに、や、ああっ」
勃ち上がったそれをリドウが咥える様を、ジュードは信じられないものを見る目で見つめる。
「あ、あっ……」
根元まで咥えられてその頭が上下すると、その強い快感にジュードはびくびくと震えた。
脚にあたるリドウの長い髪がくすぐったかったが、それすらも快感の一部と化してジュードを襲った。
何これ、こんなの知らない。自慰すらろくにした事のないジュードにその刺激は強すぎた。
「あっ、や、リドウ、さ……!」
じゅっと音を立てて吸われ、だめ、とジュードはか細い声で訴える。
「だめ、でちゃう、から……!」
訴えても止めないリドウの口内に、ジュードは甲高い声を上げて熱を吐き出した。
「……ご馳走様」
ぺろりと自らの唇を舐めると、リドウはジュードの唇を撫で、その中へと指を押し込んだ。
「んう……」
唾液をたっぷりと指に絡め、引き抜くとその指をジュードの最も奥まった場所に滑らせた。
「やっ」
自身を銜えられた時以上の驚きに目を見開き、脚を閉じようとする。だがぐっと押し込まれたその感覚にジュードはびくんと震えた。
「なに、なんで……」
「男同士はさ、ここを使うんだよ」
ぬぐぐ、と入り込んでいく指に、ジュードはやだ、抜いて、と訴える。だがそれも聞いてもらえず、リドウの指の腹がその内壁を擦った。
「さぁて、何処かな?」
何かを探る様に内壁を擦っていたその指が、ある一点を擦った途端に強い快感が走ってジュードの腰が跳ねた。
「見つけた」
楽しそうなリドウの声に、なに今の、とジュードが怯えたようにリドウを見る。
「そんな顔しなくても大丈夫だって。気持ち良くなるだけだから」
ぐりっとそこを強く擦られてジュードは再びびくんと体を揺らした。
「や、やだっ、そこやだぁ……!」
頬を朱に染め、その蜂蜜色の瞳に涙を浮かべて見てくるジュードに、堪んないね、とリドウは笑う。
「そんな顔されたら、余計に弄りたくなるじゃないか」
指が抜き差しされ、その度にジュードの体を強い快感が走って思わずその指を締め付けてしまう。
その反応にリドウはますます気を良くして指を増やし、刺激を与えていく。
「ぅ、ん、んっ……!」
嫌々をするように首を横に振るジュードの胸の突起を吸いながら狭いそこを広げていく。
一度達したはずのジュード自身は再び熱を取り戻しており、触れて欲しそうに震えていた。
それに応えるようにリドウは胸元を舐っていた舌をつうっと腹に滑らせ、そしてそのまま再びジュードの熱を銜え込んだ。
「あ!だめ、いっしょはだめ……!」
前と後ろから溢れる強い快感にジュードは身を捩ってやり過ごそうとする。けれどそんな努力も虚しく快感はジュードを苛んだ。
ひくひくと内壁が収縮し、二度目の絶頂を迎えようとしていたジュードのそれからリドウは唇を離し、指も引き抜いて身を起こした。
突然止まったその愛撫に、ジュードはどうしてと言うようにリドウを見上げる。
「俺もそろそろ我慢の限界」
唇の端を歪めて笑いながら、リドウは己のスラックスの前を寛げると中から硬く勃ち上がったそれを取り出した。
「あ……」
再び怯えを浮かべるジュードの脚を抱え上げ、リドウは熱を押し当てる。
「力抜いてな」
「そんな事言われても……やっ、待っ……!」
ぐぐっと押し入ってくるその強い圧迫感にジュードは背を撓らせた。
ずぬりと先端が入り込み、太い部分を通り過ぎると後はずるずると入り込んでいく。
「あ、あ、あ……!」
体内を侵していくそれにジュードは信じられない思いでそれを受け入れた。
「そう、良い子だ」
根元まで熱を納めきったリドウがジュードにリップ音を立てて口付ける。
「ジュードちゃんの処女、貰っちゃった」
「やっ、ああっ」
ずるりと引き抜かれ、再び押し込まれたそれが感じる所を擦りあげ、ジュードは甲高い声を上げた。
「嫌、じゃないよねえ。ジュードちゃんの中、気持ちいいってうねってるぜ」
「ちが、あっ」
リドウが律動を始め、ジュードはその動きに押し出されるように甘い声を漏らした。
その強い圧迫感は初めは痛みだけを齎したが、やがてそれが少しずつ快感にすり替わって行き、ジュードはリドウの背に腕を廻して縋り付いた。
「ほら、気持ち良くなってきた」
繋がったそこからぬちぬちと卑猥な音が響き、ジュードは羞恥に苛まれながらも与えられる快感に引っ切り無しに声を上げる。
「あ、あっ、あっ、や、あ、ああっ」
速くなっていく律動にジュードがそれを締め付けて達すると、リドウが低く呻いて腰を叩きつけてきた。
ジュードは体内にリドウの熱の放出を感じながら、ぐったりとベッドに沈み込む。
そして頬にリドウの口付けを受けながら、ジュードは何でこんな事になったんだっけ、とぼんやりと思った。

 


 

あれからルドガーは何も言ってこなかった。時折何か言いたげな目で見つめては来るものの、何かを言ってくる事は無い。
それにほっとしながらも、どうしようとジュードは思う。
ルドガーに告白され、リドウには狙っていたと言われた上にあんな事までしてしまって。
リドウに相談したばかりに余計にややこしい事になってしまった。
好意を持たれるという事は嬉しい。今までレイアとミラ以外から気にかけて貰った記憶など殆ど無いジュードにとって、それは酷く甘い蜜のようなものだった。
出来る事ならその気持ちに応えたい。けれどそれにはどちらかを選ばなくてはならない。
ルドガーの事もリドウの事も好きだ。どちらか一方を選び、他方を切り捨てるなんてジュードには出来ない。
どうしよう、と溜息を吐きながら帰路についていると、携帯電話が鳴り始めた。画面を見るとリドウからの着信だった。
「はい」
『今暇?』
「暇っていうか、帰宅途中なんだけど……」
するとリドウは丁度良い、と笑った。
『今日さぁ、仕事が立て込んで泊まりになりそうなわけ』
「はあ」
『急な事だったから着替えが無いんだよね』
「……」
リドウが何を言いたいのか悟ったジュードは一つ溜息を吐いてそれで、と問う。
『持って来てくれない?』
そう来ると思った。何で僕が、と返せばジュードちゃん合鍵あげただろ、と返される。
貰ったというより、押し付けられたと記憶しているのだが。
『受付で俺の名前出してくれれば降りていくからさぁ』
ジュードは再び大きな溜息を吐いてわかった、と渋々請け負った。
『サンキュ。愛してるぜ、ジュードちゃん』
ぷつりと切られ、ジュードは手の中の携帯電話を見下ろす。
「……ああもう」
駅へと向かいながらジュードはキーホルダーを取り出す。自宅の鍵の隣にぶら下がっている新顔の鍵。
「もしかして、この為に渡したの?」
鍵に問いかけた所で返事がある筈もなく。ジュードは駅から電車に乗るとリドウのマンションへの最寄駅へと向かった。
必要なもののリストをメールで送ってもらい、リドウから貰った鍵で中に入る。
家主がいない他人の部屋に勝手に入るのは初めてで、少しどきどきしながらジュードは目的の物を探し当てると紙袋に詰めた。
鍵をしっかりとかけて、マンションを出る。クランスピア社はここから歩いて行ける距離だ。道順も何とかわかる。
四人で揃いのストラップを購入した雑貨屋の前を通り、大通りに面したクランスピア社の前に立つ。
何階まであるのか数えるのも大変そうな高層ビルを見上げ、ジュードは不意に緊張し始めてきょときょとと辺りを見回した。
本当に自分なんかが入っても良いのだろうか。そう思ってジュードは携帯電話を取り出した。リドウに外まで来て貰えば良いのだ。
だが、こういう時に限ってリドウは出ない。行くしかないのか、とジュードは覚悟を決めて自動ドアを潜った。
エントランスホールはとても広く、床は歩く者の姿が映るくらい磨き抜かれていた。
無数の社員やクランスピア社に関わる者たちが行き来する中、制服を纏った明らかに場違いなジュードはちらちらと視線を受けながら受付へと向かう。
「あの、リドウ・ゼク・ルギエヴィートさんはいますか」
「医療開発部のリドウ室長ですね。少々お待ちください」
受付嬢が何処かに電話し、畏まりました、と締めくくって受話器を置いた。
「申し訳ありません、現在リドウ室長は手が離せないという事で、お届け物は医療開発部まで届けてほしいとの事です」
「あ、はい。どうやって行けば良いんですか?」
受付嬢に医療開発部までの行き方を説明してもらったジュードは大きなエレベーターに乗って三十階まで上がって行った。
降りた先で案内板を見て広い通路を進んでいく。何故ここに子供が、と言わんばかりの視線をいくつも受け、ジュードは早く渡して帰ろうと思いながら目的の場所へと向かう。
医療開発部と書かれたプレートのはめ込まれた扉を開くと、中にいた社員の視線が一気に集まってジュードは逃げたくなりながらも近くにいた男にあの、と声を掛けた。
「リドウさんはいますか……?」
「室長なら……あ、室長、お客さんですよ」
男の視線を追うと、そこにはいつもの派手なスーツではなく白衣を纏ったリドウがいた。
「いらっしゃい、ジュードちゃん」
そう笑うリドウの長い髪も今は後ろで一つに結ばれていて、いつもと印象が違う事にジュードは何故か胸が高鳴るのを感じた。
「室長の弟さんですか」
男の問いに、まさか、とリドウは笑うとジュードの肩を抱き寄せて恋人さ、と言い放つ。
「ちょ、違います!」
「速攻拒否って傷付くなぁ。まあ、そんな所も可愛いんだけど」
「そんな事より着替え!」
リドウの胸に押し付けるように紙袋を差し出すと、リドウがくつくつと喉を鳴らして笑いながらそれを受け取った。
「ご苦労様」
するとリドウは白衣のポケットから小さな包みを取り出すとご褒美、とジュードに差し出した。
「なに?これ」
手のひらサイズのラッピング袋を手にしたジュードがリドウを見上げると、だからご褒美だよ、とリドウが笑う。
「後で開けてみなよ」
「ありがとう……」
それをそっとブレザーの内ポケットにしまい、ジュードはそれじゃあ、と踵を返そうとするとストップ、とリドウに止められた。
「丁度休憩に出ようと思ってたんだよねえ」
リドウは近くにいた社員にこれ俺の机に置いておいて、と紙袋を渡すとジュードの腕を取って部屋を出る。
「え、え?」
「コーヒーブレイクに付き合ってよ」
ああそういえば、とリドウは意地の悪そうな笑みを浮かべてジュードを見下ろす。
「ジュードちゃんは苦いの苦手なんだっけ」
「……カフェオレなら飲めるよ」
どうせ子供だよ、とそっぽを向くとリドウは楽しそうに喉を鳴らして笑った。
「じゃあ、ジュードちゃんには紅茶とケーキをご馳走してあげよう」
エレベーターに乗って二階まで降りると、そこにはカフェが併設されていた。リドウはジュードをそこへ案内すると、窓辺の席に座った。
リドウはジュードの分も勝手に注文して窓の外を見下ろす。
「うちの研究室くらい高い所からだと見下ろすのも楽しいんだけどね」
やがて運ばれてきたコーヒーがリドウの前に置かれ、ジュードの前には紅茶とケーキの乗ったプレートが置かれる。
パステルグリーンのケーキの味が想像できなくて見下ろしていると、リドウが可笑しそうに笑った。
「ピスタチオのオペラさ。食べてごらん」
恐る恐るそのケーキにフォークを入れ、切り分けたそれを口に含む。
するとふわりとピスタチオの香りが広がり、シロップのたっぷり染み込んだビスキュイがしっとりとしていて美味しい。
ガナッシュの中にはキャラメリゼされた砕いたナッツが混ぜ込んであって食感も楽しい。
ぱあっと表情を明るくしたジュードに、リドウはとうとう我慢できなくなって噴き出して笑った。
「美味しそうに食べるよね、ジュードちゃんって」
笑うリドウに恥ずかしくなってきたジュードは頬を朱に染めながら、だって美味しいんだから仕方ないじゃない、と唇を尖らせる。
「お気に召したようで良かったよ」
リドウは砂糖もミルクも入れないままコーヒーを口にする。自分もあと十年もすればコーヒーも平気な顔をして飲めるのだろうか、と思いながらジュードはリドウを見詰める。
「何?俺が良い男過ぎて見惚れちゃった?」
「違います」
「ほらまた速攻拒否。傷付くなあ」
「そんなの知らないよ」
視線を逸らしてジュードはケーキを攻略する事に専念する。紅茶もジュードの好みに合った味だった。
支払いはリドウが当たり前のように支払ったので、ジュードは素直にご馳走様でした、と頭を下げた。
「ジュード?」
カフェを出ると不意に背後から声がかかった。振り返るとそこには驚きに目を見開いたユリウスが立っていた。
「ユリウスさん!」
傍らでリドウがげ、と嫌そうな声を上げる。ユリウスはそんなリドウを無視してジュードに歩み寄ると、どうしたんだい、と声を掛けてきた。
「まさかこんな所で君に会うとは思わなかったよ」
「えっと、リドウさんに頼まれたものを持ってきたんです」
そこで初めてユリウスはリドウを見ると、すっと目を細めて冷たさを纏った視線を向けた。
「そんな怖い目で見られてもねえ。これでも俺たち、仲良しなんだぜ?」
なあ、ジュードちゃん。同意を求められ、戸惑いながらもジュードは頷く。
「多分……」
「多分って酷いなぁ。一夜を共にした仲なのに」
「ちょ!そういう事言わないでよ!」
「だって本当の事だし?」
「そう言う問題じゃない!」
顔を真っ赤にしてリドウの腕を叩くジュードを、ユリウスが驚いたように目を見張って見下ろす。
ジュードは否定しなかった。では。きっとリドウを睨み付けると、リドウは勝ち誇ったように嫌な笑みを浮かべた。
「ちょっと!聞いてるの!」
「はいはい、ごめんってばジュードちゃん」
ユリウスは己の胸の内に湧き上がった不快な感情が嫉妬であると理解しつつも、それを抑える事など出来なかった。
「……」
険しい表情でリドウを睨み付けるユリウスと、それをにやにやとしながら受けるリドウにどうしようとおろおろと見比べているとリドウ室長、と呼ぶ声がして男が駆け寄ってきた。
「いつまでサボってるんですか!」
「サボりだなんて人聞きの悪い。日々の疲れを癒してただけじゃないか」
「何でもいいから早く戻ってください!」
「はいはい、ジュードちゃんをエントランスまで送ったら帰るよ」
リドウの白けた声に、送らなくて良いから早く帰ってあげて、とジュードはリドウの袖を引っ張った。
「なら、ユリウスが消えたら帰ろうかな」
「はい?」
「……」
「ジュードちゃんを狼の前に置き去りにするなんて出来ないし」
「はあ?」
リドウは意味が分かっていないジュードからユリウスへと視線を移す。ユリウスは険しい視線でリドウを見ていたが、やがて無言で踵を返して去って行った。
「さて、仕方ないから仕事に戻るとしようかね」
ユリウスの姿が完全に見えなくなって漸くリドウも踵を返した。
「ジュードちゃん、寄り道せず帰るんだよ」
ひらりと手を振って男と共に戻っていくリドウの背に、寄り道させたのはリドウさんじゃないか、と呟いてジュードは来客用のエレベーターへと向かった。
エントランスホールに出て出口へと向かって歩いていると、一際目を引く男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ビズリーだった。
秘書らしき女性を連れたビズリーは、頭を下げる社員たちなど目もくれず前に進む。
ふとビズリーの視線がジュードを捉えた。その威圧感に思わず背筋を伸ばしたジュードにビズリーは歩み寄ってくる。
「また会ったな。ジュード・マティス君」
「え」
「違ったかな?」
「確かに僕はジュード・マティスですけど……」
きょとんとしてジュードはビズリーを見上げる。名乗った覚えはないのだが、と思ったのが顔に出ていたのだろう、ビズリーはふっと表情を和らげると思い出したのだよ、と告げた。
「マティス診療所の息子さんだろう。君のお父さんには昔お世話になった。勿論、幼い君とも何度か顔を合わせている」
全く覚えていない。ビズリーほど覇気のある男ならば印象に残っていても良さそうなものだが。
「そう、だったんですか……」
「リドウは今も世話になっているそうだな」
「そうみたいですね」
苦笑交じりに笑うと、それで、とビズリーはジュードに問う。
「何故ここに?」
「リドウさんに頼まれたものを渡しに来たんです」
「ほう……」
何故かビズリーはまじまじとジュードを見ると、事は済んだのかね、と続けた。
「はい、今帰る所です」
「そうか……もし時間があるのであれば少し私の話し相手になってはくれないか」
「え?」
思いがけない言葉にジュードが小首を傾げると、なに、少し昔話がしたいだけだとビズリーは笑う。
「帰りは送ろう。だから少し付き合ってはくれないだろうか」
ビズリーの言葉にジュードは少し考える。だが帰った所で宿題をするくらいしかやる事は無い。ここで多少時間を食っても問題はないだろう。
「はい、良いですよ」
頷くと、ありがとう、とビズリーは微笑んでこちらだ、とジュードを誘った。
エレベーターに乗って四十階まで上がると、そこは社長室と副社長室しかないフロアらしく、人気は殆ど無かった。
社長室の奥の応接室に通され、高そうなソファにジュードはちょこんと座る。
するとビズリーに付き従っていた女性が紅茶の注がれたカップをジュードとビズリーの前に置き、一礼して部屋を出て行った。
紅茶はふわりとバラの香りがして、良い匂い、とジュードは顔を綻ばせた。
「君は覚えていないかもしれないが、マティス診療所には私の妻が通っていた」
「そうだったんですか。今はお元気なんですか?」
「いや、五年前に亡くなった。それ以来マティス診療所に入っていないのでね。君が覚えていないのも無理はない」
「すみません……」
視線を落として謝るジュードに、君が謝る事ではない、とビズリーは微笑む。
「妻は君の事を気に入っていた。小さな手でカルテを運ぶ姿に幼いのによくやると言っていたよ」
「ビズリーさんにお子さんはいないんですか?」
ジュードの問いに、ビズリーは息子がいるにはいるが、と苦笑した。
「十年前に縁を切っている」
十年前。ジュードは首を傾げる。
「失礼ですがビズリーさんっておいくつなんですか?」
「四十三だったかな」
「……あの、お子さんっておいくつなんですか?」
ビズリーはふむ、と思い出す様に視線を上の方へ向け、今は確か二十八だったと思うが、と答えた。
「えっ……?」
困惑するジュードに、ビズリーは可笑しそうにくつくつと喉を鳴らして笑う。
「長男が生まれた時、私は君と同じ年だったよ」
「十五で父親に……苦労なさったんですね」
ジュードの言葉に、そうでもない、とビズリーは苦笑した。
「子供の事はベビーシッターに任せきりだったからな。息子は中学を卒業すると同時に家を出て、高校卒業と同時にあやつから縁を切ると言い出した」
ジュードは手の中のカップを満たす琥珀色の液体を見下ろしながら、少し分かる気がします、と告げた。
「僕の親も忙しい人だから……きっと、息子さんも寂しかったんじゃないかな」
「寂しい、か。君は優しいな」
「そう、ですか?」
「息子は我が一族の柵に嫌気がさしていたのだよ。クラン社の社長である私の息子として生まれた重圧、周りからの非難。それらに耐えきれなかったのだろう」
ビズリーのどこか突き放した声音に、ジュードは目の前の男を見る。
「じゃあ、あなたも今は独りきりなんですね」
「なに、気楽で良い」
「でも、人恋しいからこうして僕を呼んだんじゃないんですか?」
純粋に見つめてくるジュードの視線を、ビズリーは少しだけ驚いた様に見つめた後、ふっと笑った。
「……そうなのかもしれんな」
そんなビズリーをじっと見つめていたジュードは、カップを置くと立ち上がってビズリーの横に立った。
「えっと、ちょっと失礼します」
ジュードは腕を伸ばすとそっとビズリーの頭を抱え込み、その意外と柔らかい銀の髪を撫でた。
「こうされると、ちょっとは寂しいのが和らぐかなって。僕じゃ力不足だとは思うんですけど……」
まるで母親が子供をあやすようなそれに、ビズリーはくつくつと喉を鳴らして笑うとジュードの体に腕を廻して引き寄せる。
「確かに、これは心地良いな」
ふとビズリーが顔を上げ、ジュードと視線を合わせた。ジュードを抱き寄せていた腕が伸び、その頬に添えられる。
引き寄せられるがままに顔を寄せ、ジュードはビズリーと唇を合わせた。
触れるだけのそれに、ジュードは顔を赤らめるとえっと、と視線を彷徨わせる。
「あの、今のって……」
「君に興味が湧いた」
するりとその武骨な手が頬を滑り、首筋を滑り、腰へと降りていく。
ビズリーはジュードの細い腰を引き寄せると、服の上からその腹に口付けた。
「ビ、ビズリーさん……」
「君に触れたい」
強い眼差しがジュードを捉えて離さない。ジュードはもう逃げられないのだと察すると、頬を朱に染めたままこくりと頷いた。

 

 

 

ポケットから携帯電話を取り出した弾みでそれが落ち、かしゃんと音を立てて床に転がった。
「あ、いけない」
ジュードが落ちてしまったキーホルダーを拾うと、レイアが可愛いキーホルダーだね、とまじまじと見てきた。
「前はシンプルなのにつけてたじゃん。買ったの?」
「ううん。知り合いに貰ったんだ」
ジュードは掌の上のそのキーホルダーを見下ろす。
あの日、クランスピア社でリドウがくれたのは、いくつもの赤いイタリアンガラスのビーズがついた可愛いキーホルダーだった。
「へえ、よかったね。ジュードこういうの好きだもんね」
「うん……」
ジュードがこういう物が好きなのだと覚えていてくれたのだと思うと胸の奥が温かくなる。
しかし不意にユリウスの険しい眼差しを思い出してジュードは俯く。
ユリウスにリドウとの関係が知られてしまった。だがリドウを責めた所で今更どうしようもない。
ユリウスに嫌われてしまっただろうか。あれからユリウスからのメールはない。こちらから送る勇気もない。
それに、ビズリーとも関係を結んでしまった。
だがビズリーとは特に連絡先を交換したりはしていない。もう余程の事が無ければ会う事は無いはずだ。
「ジュード?」
黙り込んでしまったジュードの顔をレイアが覗きこんでくる。
「あ、ううん、なんでもない。行こう、レイア」
二人で屋上へと向かうと、そこには既にミラとルドガーが待っていた。
「遅いぞ、二人とも」
「ごめんね、ミラ。ルドガーも」
ルドガーはふるふると首を横に振って大丈夫だと告げる。ルドガーへの返事も未だにしていない。
ジュードは弁当を広げながらどうしたものかと思案する。
明日は土曜日。結局一週間ずっとジュードはルドガーに何も言えていない。
いつもなら日曜日はルドガー達のマンションに行くのが最近の常だったが、ルドガーへの答えが出ていない上にユリウスとは顔を合わせ辛い。
どうしよう、と思っているとジュード、と呼ばれてはっと顔を上げた。
「何?ルドガー」
「その……日曜日、どうする?」
これまで何度も交わされてきた言葉。先週までだったら迷わずお邪魔していいかな、と笑えたのに。
「う、ん……」
即答できずに頷くと、ミラが君たちは喧嘩でもしているのか、と聞いてきた。
「ちょ、ミラ……!」
レイアが止めようとするが、ミラは構わず言葉を続ける。
「先日の日曜日に何かあったのだろう?月曜日からずっと君たちは何処かおかしい」
ミラのはっきりとした物言いに、ルドガーは苦笑するとそういうわけじゃないんだ、と告げた。
「喧嘩じゃないんだけど、ちょっと俺がジュードを困らせちゃってさ」
「ほう?痴話喧嘩というやつか」
首を傾げるミラに、ジュードは顔を赤らめながら違うから、と顔の前で手をぶんぶんと振る。
「違うのか?君たちの仲の良さは見ていて羨ましい程だが、その君たちが仲違いをするという事はそういう事だと思ったのだが」
「えっと、ちょっと意味が違うかなって思うんだけど……」
「ふむ。そうなのか」
一応は納得してくれたらしいミラにほっと息を吐いて、ジュードは苦笑交じりに笑ってルドガーを見た。
「えっと、ルドガーさえ良ければまたお邪魔しても良いかな」
ミラのおかげで気が抜けたせいもあるのだろう、するりとその言葉を紡ぐ事が出来た。
ジュードの言葉にルドガーがぱっと表情を明るくする。
「ああ!」
明後日までに答えを出さなくちゃね。ジュードはそう思いながら食事を再開した。

 


ぎしぎしとベッドが軋む音が室内に響く。その音に被さるようにして甲高い嬌声があがる。
「あっ、あんっ、んっ」
ジュードの細い脚を抱え上げ、ユリウスはその内壁を己の熱で抉る。
「あっ、あっ、ユリウスさ、あっ」
二人の腹の間でジュードの熱が硬く勃ち上って、ユリウスの腰の動きに合わせて揺れている。その先端からは絶え間なく先走りの液が滲んでいた。
「ジュード……」
低く囁くと、それに応えるようにジュードが途切れ途切れにユリウスの名を呼ぶ。
「きて、ぼくのなかにあついのだして……!」
甘えるように求められ、ユリウスは叩きつけるようにしてそこを深く強く抉り、ジュードの甘い声を飲み込むようにしてその唇を奪った。
「んんっ、んっ、ふぁ、あ、あっ、ああっ」
ジュードが脚を突っ張らせて達する。その締め付けにユリウスもまた低く呻いてジュードの中で達した。
「ユリウスさん……」
ジュードが腕を伸ばしてきて、それに応えるようにユリウスはその細い体を抱きしめた。
「ユリウスさん……好き……」
ああ、俺もだよ。そう囁こうとしてユリウスははっとした。
「……」
目の前に広がっているのは見慣れた天井。自分の部屋だ。そう認識した途端、ユリウスは理解した。
「……ああ……」
全ては夢だったのだ。ジュードの小柄な体を組み敷いて服を脱がせ、その肌を味わって貫き、その体内に熱を放出したのも全て。
「……」
そこまで考えてユリウスは下肢に違和感を感じた。その原因に気付くとユリウスはあり得ない、と頭を抱えたくなった。
「この年で夢精とか……あり得ないだろ……」
家事担当のルドガーに見つからないように洗わないと。
まるで精通を覚えたばかりの少年のようだ。ユリウスは深い溜息を吐いた。
時間を見るとまだ夜が明けたばかりだった。よし、今ならルドガーは寝ている。
ユリウスは起き上がるとそろりとベッドから降り、下着を替えると汚れた下着を手にこそりと洗面所へと向かった。
下着を洗い、硬く絞って洗濯かごの下の方に放り込む。頼むから気付かないでくれよ、と祈りながらユリウスは部屋に戻った。
ベッドに腰掛けて、参った、とユリウスは再び深い溜息を吐く。
何となく自覚はあった。自分はあの少年、ジュードにただならぬ好意を抱いている事に。
だが、それと同時に弟もまたジュードに恋心を抱いているようだった。はっきりと聞いた事は無いが、ルドガーのジュードを見詰める目は如実に語っていた。
だから今まで己の気持ちに素知らぬふりをしてきた。弟の恋路を優先しようと思ってきた。
なのに何故よりによってリドウなのか。恋人同士というわけではないようだが。恋人同士であればリドウはもっと遠慮せず調子に乗った事を言う筈だ。
ユリウスへの牽制だけで終わったという事は、そういう事なのだろうとユリウスは思う。
あの子がリドウに抱かれたのだと思うとリドウに殺意すら覚えた。
それと同時に、あの子は男の下でどんな顔をするのだろう、どんな声で鳴くのだろうと劣情が湧き出す。
その結果、あの夢なのだろうが。
夢の中のジュードはあどけない顔をしているくせにとてもいやらしくて、思い出すだけで再び下肢に熱が集まりそうになる。
いかんいかん、と頭を左右に振って振り払おうとするが、あの夢は余りにもリアルすぎた。
ユリウスは何度目かの溜息を吐くと頭を抱えて呟いた。
「……俺も覚悟を決めろと、そういう事なのか?」
だが答えてくれるものはおらず、ユリウスは自問するしかなかった。

 


日曜日の午前、ジュードとルドガーはいつもの様に二人で買い物に行き、食材を購入してマンションへと向かった。
マンションが見えてきたという頃になって、あ、とルドガーが声を上げた。
「そういえばリンゴ買い忘れた」
「あ!そうだった」
サラダに入れようと思っていたのだが、すっかり忘れていた。
「どうしよう?無くても何とかなるけど……」
うーん、と思案したのち、ルドガーがやっぱり買ってくるよ、と笑った。
「ジュードは先に部屋に戻ってて。兄さんがいる筈だから鍵は開いてると思うから」
「うん、じゃあ先に荷物持って行っておくよ」
「ありがとう」
ルドガーが提げていた袋を受け取り、ジュードはマンションに入る。
ユリウスと顔を合わせるのはまだ少し気まずい気もしたが、思い切って扉を開けた。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは……」
一見いつも通りに見えるユリウスにお邪魔しますとお辞儀をして、ジュードは食材の詰まった袋をキッチンの片隅に置いた。
「ルドガーは?」
「リンゴを買い忘れちゃって、買ってくるからって」
「そうか……丁度良いのかもしれないな」
「え?」
ユリウスの言葉に首を傾げると、ユリウスはジュードを見詰めた。その真剣な眼差しにどきりとする。
「君の事が好きだ」
「え……」
驚きに目を見開くジュードの前に立つと、ユリウスはその体を抱き寄せた。
「こうして、君を抱きしめたいとずっと思っていた」
「ユリウス、さん……」
戸惑う声に、ユリウスは苦笑してその体を離す。
「すまない。君を困らせたいわけじゃないんだが……抑えきれなかった」
ユリウスの手がそっとジュードの髪を撫でる。その手が離れていくと、かちりと鍵が廻る音がしてユリウスはジュードから一歩退いた。
「ただいま、二人とも」
「おかえり、ルドガー」
「お、おかえり……」
穏やかに笑う兄と何処か困惑げなジュードを見比べて、何かあったの、とルドガーは首を傾げる。
「いや、お前が居ないなって聞いていただけだ」
「う、うん、ルドガーがリンゴを買いに行ってくれてるって話してたんだ」
ルドガーは二人の言葉を疑うことなくそうなんだ、と頷いた。

 


その夜、自宅に戻ってきたジュードはベッドにどさりと倒れ込むとどうしよう、と思う。
みんな好きなのに、その中から一人を選ばなきゃならないなんて。
みんなジュードに優しくて、優柔不断な自分には勿体無いくらいだとジュードは思う。
「……」
ジュードは携帯電話を取り出すと、その画面をじっと見つめた。
「……よし」
決めた、とジュードは呟いてボタンを押した。

 

 

→ユリウスに電話する。

 


→リドウに電話する。

 


→ルドガーに電話する。

 


→やっぱりやめる。

 

 


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