ユリジュエンド

 

ユリウスの携帯番号を呼び出すと、ジュードは通話ボタンを押して起き上がった。
何度かコール音がして、はい、とユリウスの落ち着いた声が耳に届いた。
『忘れ物かい』
優しい声に胸を高鳴らせながら、あの、とジュードは意を決して告げる。
「僕、ユリウスさんの事が好きです」
『……』
「ルドガーの事も好きだけど、僕にとってユリウスさんは特別なんです」
『……リドウの事は良いのかい』
ユリウスの声にジュードは視線を足元に落とす。リドウの事も大切だ。だが、それでも。
「僕が好きなのは、ユリウスさんですから」
『……』
黙ってしまったユリウスに、ジュードはすみません、と謝った。
「僕も、困らせたかったわけじゃなくて……」
『いや、困っているんじゃないんだ……』
「え?」
『嬉しくて、なんて答えていいかわからないんだ』
その言葉にジュードはくすりと笑った。
「そういう時は、俺もだよって言ってくれたら僕はとっても嬉しいです」
ユリウスもまたくすりと笑う気配がして、そうだな、と言う。
『でも、それは直接会って言いたい。今からそっちに行っても、良いかな』
「!はい!」
すぐ行く、と告げてユリウスは通話を切った。沈黙した携帯電話を見おろし、ジュードは言ってしまった、と今更ながらに緊張してきた。

 


通話を終えた携帯電話を見下ろし、ユリウスは微笑むと立ち上がってコートを手にした。
部屋を出てルドガーの部屋の前に立つと、軽くノックをする。
「なに?兄さん」
出てきたルドガーに、少しだけ罪悪感を覚えながらちょっと出てくる、と告げた。
「仕事?」
「ああ、ちょっとトラブルが起きてな」
今までにそういう事は時折あったので、ルドガーは疑う事なくそう、と頷いた。
「気を付けて」
「ああ」
ユリウスはマンションを出ると自宅の窓を見上げ、ごめんな、と小さく呟いて歩き出す。
車で行っても良かったが、ジュードのマンションには来客用の駐車場が一台分しかなかった筈だ。徒歩で駅まで行って電車に乗った方が賢明だろう。
途中、気を抜くとうっかりにやけてしまいそうになりながらも、ユリウスはジュードのマンションへと向かう。
エントランスで部屋番号を押して呼び出すと、ジュードが今開けます、と告げて自動扉が開いた。
部屋の前に立ち、インターホンを押すと扉が開く。ひょこりと顔を出したジュードは、照れくさそうに笑ってユリウスを室内に迎え入れた。
初めて足を踏み入れたジュードの部屋は、全体的にアイボリーで統一された温かみのある部屋だった。
「今、お茶淹れるね」
少し恥ずかしそうに笑って、キッチンに向かおうとするジュードの腕を掴んで引き留める。
「ユリウスさん?」
「ジュード、電話での言葉は本気にしても良いんだな?」
腕を掴まれてきょとんとしていたジュードは、ユリウスの言葉にふにゃりと笑うとはい、と頷いた。
その笑顔が愛らしくて、ユリウスは掴んだ腕を引き寄せてその小柄な体を抱きしめる。
「俺も、君の事が好きだ」
「ユリウスさん……」
腕の中でジュードが嬉しそうに見上げてくる。自然と唇が合わさり、その柔らかな感触にユリウスは細い体をきつく抱きしめた。
「んっ……」
舌先でその唇を突き、薄らと開いたその隙間に舌をねじ込む。ジュードの小さな舌を絡め取り、擦り合わせるように舌と舌を絡めるとジュードのしがみ付く力が少しだけ強くなった。
「……ふ」
ちゅる、と舌を引き抜いて唇を離すと、とろんとその蜂蜜色の瞳を潤ませてジュードが見上げてきた。
「え、わっ」
その熱を孕んだ眼差しに耐えきれなくなったユリウスがその体をベッドに押し倒し、乗り上げるとジュードの頬がさっと赤みを帯びる。
「……良いかい」
見下ろしてくるユリウスを戸惑う様に見上げていたジュードは、視線を伏せるとこくりと頷いた。

 


現実のジュードは夢で見たジュードより遥かに艶めいていて、ユリウスは腰の動きを止められなかった。
「んっ、あっ、あっ、あっ」
甲高いけれど耳に心地よい声が甘く蕩けてユリウスの耳を擽る。抱えた脚の内側にやんわりと歯を立てると、内壁がユリウスの熱をきゅうっと締め付けた。
嬌声に混じってぬぷぬぷと粘膜の擦れる音が響く。それらの全てがユリウスを煽った。
「あっ、んっ、ふ、あっ、ユリウス、さ、あっ」
「……ああ、俺もそろそろ、限界だ……」
二人の腹の間で揺れているジュード自身に指を絡めると、一際甲高い声が上がった。
「だめ、ユリウスさ、僕っ」
「出していいよ」
高みに到達しようとしているジュードの、快感に染まった顔を見下ろしながらユリウスは腰の動きを速める。
「あ、あ、あっ、あ、んっ」
ぎゅっと目を閉じ、ジュードの脚が突っ張ってユリウスの手の中で熱が弾けた。
「……っ……」
ユリウスもまた蠢く内壁に搾り取られるようにして熱を放出した。
「……ぁ……」
荒い息を吐きながら、ジュードがユリウスに腕を伸ばす。
それに応えるようにジュードの体を抱きしめると、くすりとジュードが笑った。
「ユリウスさんの重みが何だか凄く嬉しい……」
すり、とユリウスの肩に頬をすり寄せるジュードに、ユリウスも微笑んでその漆黒の髪に口付けると身を起こして腰を引いた。
「んっ……」
ずるりと引き抜かれる感触にジュードが艶っぽい声を上げる。名残惜しげにひくつくそこに視線を奪われていると、それに気付いたジュードが脚を閉じた。
「……ユリウスさんのエッチ」
恥ずかしそうに睨んでくる視線に、ユリウスはすまないと苦笑してその頬にも口付けた。

 


翌日の放課後、ジュードはルドガーにメールをして空き教室に呼び出した。
「僕ね、好きな人がいるんだ」
だから、ルドガーの気持ちには応えられない。そう言うと、ルドガーは苦笑してだと思った、と告げた。
「ごめん……」
俯くジュードに、あのさ、とルドガーが声を掛ける。
「ジュードの好きな人って、もしかして……兄さん?」
「えっ」
ジュードが驚きに目を見開いてルドガーを見上げると、やっぱりそうなんだな、と苦笑を深めた。
「ジュードの兄さんを見る目って、何ていうか、兄さんの事が好きで堪らないって感じだったから……」
「そ、そうだったんだ……」
かあっと頬を朱に染めて再び俯くと、兄さんは知ってるのか?とルドガーが問う。
「うん……昨夜、電話して……その……」
「……もしかして、昨夜兄さんが出かけて行ったのって……」
「……」
耳まで真っ赤にして俯いているジュードに、なんだ、とルドガーは噴き出して笑った。
「兄さんも言ってくれればよかったのに」
変な所で気を使うんだから、とルドガーは笑う。
「ジュードが俺を選んでくれなかったのは少し寂しいけど、ジュードと兄さんが幸せなら俺はそれを応援するよ」
「……ありがとう……」
ほっとした様に微笑むジュードに、大丈夫だ、何があっても俺はジュードの味方だからとルドガーはその髪を撫でた。
その夜、仕事を終えて帰宅したユリウスは、ジュードからお疲れ様メールが入っているのを確認して緩みそうになる頬を引き締めた。
「ご飯出来たよ、兄さん」
「ああ、今行く」
テーブルの上にはマーボーカレーとサラダが置かれていた。
「今日はマーボーカレーか」
席に着くと頂きます、とスプーンを手に取って早速それを口にする。
「……っ……」
ユリウスは口の中のそれを何とか飲み下すと、にこにこと笑みを浮かべている弟を見た。
「少し、辛くないか……?」
正直な所、少しどころではないのだが。しかしルドガーは笑顔のままそうかな、と首を傾げる。
「昨夜は甘いものをたくさん食べたみたいだから辛い物を作ってみたんだけど」
「俺は別に甘いものなんて……」
「ジュードがお菓子だったらすごく甘いと思うんだけど、兄さんはどう思う?」
にこり。
「……き、聞いたのか」
にこにこにこにこ。
「それで、俺の作った料理を残すなんて事、兄さんはしないよね?」
「くっ……」
ジュードという可愛い恋人を得たとしても兄馬鹿に変わりはないユリウスは、心持ちいつもより赤く見えるマーボーカレーを掬うしかなかった。

 


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