きえたとびら



『王の器』


ボクは、その意味を理解しているつもりだった。
けれど。
キミがいなくなって、ボクは思い知った。
ボクは何も分かっちゃいなかったんだって。
例えば、城之内君たちと話していて。
例えば、杏子と街を歩いていて。
みんながボクの知らない話をボクが知っている事を前提に話しかけてくる。
そうしてボクがきょとんとすると、はっとして話をすり替える。
ボクは、そんなみんなの表情に思い知らされる。
ああ、これはキミと話したことなんだね。
ボクとキミはいつも一緒だったけれど、けれどだからと言ってボクが表に出ているときの事をキミが全て知っているわけじゃないように、キミが表に出ている間の全てを知ってるわけじゃない。
特にデュエルの最中の事は、ボクにはよくわからない。
一つの肉体を二人で共有しているボクたちは、どちらかがデュエルしている時はもう一人は心の部屋にいる。
普段は余り気にならないのだけれど、もう一人が表に出ていて、尚且つもう一人が…思念体っていうのかな?お互いにしか見えない姿で現れていると、二人同時に表に出ているせいか、集中力が落ちてしまうからもう一人は心の部屋でただじっと待っている。
闇のマリクと戦った時とか、ああいう特別な時でも無い限りボクは部屋の中に響いてくるキミの迷いや動揺、衝撃、痛み、そういったものをただ祈りながら感じるしかない。
…時々、我慢できなくなって飛び出しちゃうけどね。
だから、基本的にキミがデュエル中に皆と交わした会話をボクは知らない。
ボクはどれだけの時間を心の部屋で過したんだろう。
その間に、キミはどれだけみんなとボクの知らない言葉を交わしたんだろう。


これはきっと、嫉妬、だ。


ボクの知らないキミを知る皆に、ボクは嫉妬している。
皆が知っているのにボクが知らないキミがいるなんて、イヤだって思ってる。
キミと一緒だった時は、考えたことも無かった。
なのに、なんだろう、この気持ちは。
気持ち?
ううん、違う。
空洞だ。
そう、在り来たりな表現だけれど、心にぽっかりと穴が空いてしまったような。
キミがいなくなって少しして、その空洞に気付いた。
それはみんなのハッとしたような、申し訳なさそうなあの表情を見るたびに少しずつ大きくなっていく。

そして、今も。

「聞いているのか、遊戯」
見下ろしてくる青い瞳にボクはにこりと笑顔で頷く。
「うん、聞いてるよ。海馬君」
ボクたちは今、KC本社の地下の一室にいる。
どうしてこんな状況になっているのかというと、簡単に言うなら海馬君に拉致されたからだ。
「ならば次のシステムについてだが」
「うん」
海馬君は最近までずっとアメリカの方にいたらしいんだけど、今月の初めに帰ってきてたらしくて。
ここ数日はほぼ毎日、学校が終わると校門の前にあの黒塗りの高級車がボクを待っているからボクは仕方なくその車に乗って海馬君のところまで行く。
恥ずかしいから逃げたいんだけれど、そうすると運転手さんが海馬君に怒られちゃうだろうから諦めて乗るしかない。
最初こそ海馬君に止めて欲しいって言ったんだけど、鼻で笑って終わりって感じで。
「どうした、遊戯」
思わず溜息を付いたボクに訝しげな目を向ける海馬君に、何でもないよってまた笑って。
「じゃあ、今日はこのデッキでデュエルすればいいんだね?」
ボクは目の前に置かれたカードの山を手に海馬君の傍らを離れる。
このラボの景色も大分慣れた。
最初はドア一つの開閉にも驚いたけれど、今は何も感じない。
四十枚だけのデッキをスロットに差し込み、デュエルディスクを起動させた。
ボクの腕に取り付けられたデュエルディスクは今までのものとは少し形が違っていて、更には何本もの長いコードが伸びている。デュエル中にうっかりコードが抜けちゃうと困るから左腕は余り動かさないように気をつけなきゃならない。
ボクが定位置に立つとあちこちから無数の機械音がして、対戦相手となる機械が動き出した。
このコンピューターとの対戦ももう何度目になるだろう。
ねえ、キミがいなくなってから、ボクはもう何度もここでデュエルをしたよ。
今はまだ、なんとなく城之内君たちとはデュエルする気にはなれないけれど、ここでは結構、気が楽なんだ。相手がコンピューターでこれはテストデュエルだから、なのかな。
それでもボクの心の空洞は今この瞬間にも少しずつ広がっていく。
もし今でもボクが心の部屋に行くことができたとしたら。
この空洞はきっとボクの心の部屋の向かい、そう、キミの部屋があったところに広がっているんだろう。
ボクとキミが語り合ったあの場所も、今はもうない。

からっぽなんだ。

きっと、ボクの魂そのものがキミの器だったんだね。
だからキミが去ってしまって、こんな空洞が出来てしまったんだ。
ボクはボクとしての役割を失った。
空洞がどんどん広がっていく。
『遊戯、何か問題でも起こったか』
スピーカー越しの海馬君の声に、そういえばドローしたまま何もしてない事を思い出す。
何でもないよって言って、笑わないと。
ええと。
『遊戯?』
ええと……あれ。

どうやって、笑えばいいんだっけ。

じくじくと胸の奥が疼いてる。
墨を零したみたいにあっという間にそれは沁みこんでいく。
あれ、おかしいな。今までは、もっとゆっくりだったのに。
ああ、でも。


そこへ行けば、キミに逢えるかな?


ねえ、もう一人の僕…








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久しぶりにSS書いたので文章が全くまとまりがない。やべえ。(爆)
そしてドーマ編を見てたせいで鬱王様ならぬ鬱AIBOになってしまった。
最初はほのぼんやりしたカイオモの予定だったのに…何故こんなことに…!!




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