黒き土、真皓き光に黎明を知る






三月も半ばを過ぎたあくる日の早朝、マスコミ業界を雷の如き衝撃が襲った。
それは、一見何のことは無いファックス。
白い紙に淡々としたゴシック体で綴られた文面は、それを打ち出した者の性格が良く分かる、相手に一切不快感を抱かせない丁重さを持ち合わせている。
しかしその内容が衝撃的過ぎた。
送り主は、天下の海馬コーポレーション。
その内容を一言に纏めるなら、

『突然ですが、ウチの社長が結婚することになったんで記者会見します』

つまりはそういう内容だった。


会見日時は今日の午後、つまり海馬コーポレーションの社長であり、一高校生でもある海馬瀬人社長の卒業式の後、という事だった。
となると即座に記者たちが我先にと立ち上がる所なのだが、しかしながらファックスには遠まわしに「会見以前に会社や学校に押しかけてきたら今後その記者ならびにその者の所属会社は今後一切の出入を禁止するからヨロシク」的な一文が添えられており、殆どの者がじりじりとしながらその時を待つしかなかった。
これがそこらの会社や人間ならばマスコミ魂を滾らせそんな忠告は無視して押しかけるのだが、今回ばかりは相手が悪い。
何せあの、海馬コーポレーションだ。
先代である今は亡き海馬剛三郎の頃ですら気難しい事で有名で、彼の不興を買ったばかりに潰された記者・会社は数知れず。更には現社長である海馬瀬人もこれまた気難しく、彼に逆らえる業界人などほんの一握りの命知らずだけであり、それらの者たちも遠かれ近かれ身の程を思い知る羽目になるだろう。
何よりKCは次から次へと一面クラスのニュースを提供してくれる、美味しすぎるネタの宝庫だ。せっかくの宝物庫への扉を閉ざしてしまうのは惜し過ぎる。
そのためKCに逆らうべからずは暗黙の了解であり、彼らは誰より早くスクープを手に入れたい衝動を抑えながらも指定された会場に走るしかなかった。




卒業生は在校生より登校時間が多少遅く設定されており、卒業生の一人である城之内もまた、いつもより遅めの朝食をかっ込んでいた。
朝は米と決めている彼の朝食はいつも白米と味噌汁、そして目玉焼きだった。
と言っても彼なりに拘りはあるらしく、味噌汁の具や味噌は日替わりにして最低一週間は違うものにしていたし、目玉焼きにかけるのも醤油の日もあればソースの日もあり、塩コショウにケチャップ、はたまたポン酢や一味唐辛子を振ってみたり、良い事があった時や特別な朝にはリッチにドレッシングを掛けてみたりとあれこれ工夫をしていた。
味噌汁を啜りながら年代物の小さなテレビの中で流れるニュースと天気予報をざっとチェックする。
家族四人で暮らしていた頃は行儀が悪いと叱られたものだったが、今はもうそれを注意してくれる人はいないし、何より時間が勿体無いので食事をしながらのテレビは止められそうにない。
「むぐ?」
ご飯の最後の一塊を口にした時、速報が入って城之内はそのまま動きを止めた。
普段なら気にせず食べ続ける所なのだが、何しろ小さな画面にでかでかと踊ったテロップに見慣れた文字があったので意識がそちらに集中してしまったのだ。

『海馬C社長、本日午後結婚会見!!』

数秒その文字を脳内で反芻し、次の瞬間思い切り口の中のものを噴出していた。
「げっほげほっ…ちょ、なん、はぁ?!」
噎せて口の周りを米粒で汚しながらも城之内は立ち上がって画面に顔を寄せる。
女性アナウンサーが言うには、海馬が結婚するからその会見を今日開く、ということらしい。テロップの読み間違いでも聞き間違いでも無く。
そして海馬コーポレーションといえば城之内は一つしか知らない。更にその社長となるとやはり一人しか思い浮かばない。更にはその「海馬瀬人社長」の映像が流れてしまってはもう確実だ。どう見てもヤツだ。
「あービビッたぜ…っつーかメシ返せってんだあの野郎…」
次のニュースに切り替わって漸く呪縛が解けたように我に返った城之内は飛び散った白米を丁寧に布巾でふき取りつつも愚痴を零す。
最後の一粒まできっちり頂く城之内からしてみれば、こんなに大量の米粒を噴出してしまった事は大変不覚であり、勿体無くもあり、元凶である海馬が憎くもあり。
「しっかしまあ…ヤツが結婚ねえ…」
口元の米粒を摘んで食べながら呟く。
あの海馬が色恋沙汰など想像もつかないから十中八九政略結婚とかそのあたりだろう。
相手が誰だか知らないが、ヤツと結婚なんざ可哀相になあ、と城之内は心底思った。





アミューズメント企業最大手と言われる海馬コーポレーション。
その若き社長である海馬瀬人の名は広く知れ渡っている。
彼と彼の弟のモクバは前社長である海馬剛三郎の実子ではない。
彼らの実の両親は弟の出産からまもなく相次いで亡くしており、保護者を失った彼らは親族中を盥回しにされた挙句、二人が生きていくに十二分に足りたはずの遺産も食い潰され、最終的に某施設に入れられたのだった。
そしてその施設で彼は海馬剛三郎と出会い、その養子となったのだった。
当時、軍需産業界でのし上がっていたKC社長の海馬剛三郎の養子というのはつまりは剛三郎の後継者であり、当然彼はそう扱われた。
弟のモクバは小学校へ通ったりとそれなりの自由があったようだが、兄は小学校や中学校はろくに顔を出さず、専属の家庭教師によって帝王学を叩き込まれた。
そしてその「卒業式」として彼は剛三郎を力づくでKC社長の座から蹴落とした。
その座を失った剛三郎のその後の行動は、翌日の朝刊の一面を飾ることとなる。
剛三郎は、自らが築き上げたKC本社、社長室の窓から投身自殺をしたのだ。
新たな若き社長と、側近たちの目の前で。
剛三郎の自殺に関しては連日騒がれたが、しかしいくら叩こうともメディアが欲したような埃は出てこなかった。
黒い噂はそれからも付き纏い、中には下世話なものも含まれていたが、海馬は一切それを気にした様子も無くKCの改革に勤しんだ。
海馬が社長となってKCは軍需産業から手を引き、ゲーム産業への事業展開を始めた。
その躍進振りは凄まじく、まさに破竹の勢いとはこの事だと言わんばかりにKCは次々と新たなゲームを開発していった。
そのどれもがヒットを呼び、そしてついにM&W、通称・デュエルモンスターズの産みの親であるインダストリアル・イリュージョン社の名誉会長、ペガサス・J・クロフォードと契約を結んだことによりその勢いは一層加速。
他者の追従を許さぬ世界屈指の大企業となったのである。
しかし海馬とて易々と今の地位を手に入れたわけではない。
若きカリスマと奉られる反面、それを快く思わないものも多くいた。特に剛三郎の側近だった役員たちの反発は強く、幹部は総入れ替えとも言える状態だった。
反感を持つ者たちの中には強硬手段に出るものもいたが、彼自身はその頭脳と同じく驚くべき身体能力を持ち合わせており、大抵の暴漢は退けることが可能だった。しかし彼の弟のモクバはそうはいかない。
海馬ほど徹底的ではないにしろ、それなりに英才教育を受けてきたモクバも同年代の子どもと比べて遥かに思考の回転は速かったし、身体能力も秀でていた。
しかしその体躯はまだまだ成長期を知らぬ幼きもので、俊敏さはあれど力は無く、容易に悪意の手に捉えられてしまうこともあった。
それ故に同年代の者たちが学校生活を送る中、彼ら兄弟は友人一人作ることも己に許すことは無く、幾人もの屈強なガードを引き連れてはお互い以外の全てに警戒し、その全てをKCのために費やしてきた。
そんな中、海馬が高校二年生の頃。
彼は表舞台からその姿を消した。
KCのガードは固く詳細は不明だったが、ある記者がどこからか仕入れてきた情報によるとKCが開発中だった「海馬ランド」の視察中に昏倒、そのまま意識が戻らないという。その上副社長であり弟であるモクバも、今までのメディアへの露出が嘘だったかのように一切その姿を現さなかった。
海馬兄弟は若き社長とその副社長としても有名だったが、数々のゲーム大会でも頂点を極めておりその世界でもカリスマとして崇められていただけにゲーム業界や一部メディアで騒がれては諸説が上がった。果てには暗殺、死亡説まで囁かれたのだが、やがて人々の関心は薄れていった。
現在のKCは海馬が一人で引っ張っている傾向が強い。そのためにその牽引者である海馬が倒れてからのKCの株価は下がる一方で、社員の中にもここぞとばかりに見切りをつけて辞めていく者も少なくは無かったという。そうなると残る社員たちは被害を最小限にすることに専念せざるを得ず、KCはここに来てその歩みを止めた。
このまま消えていくかと思われたが、しかし半年後、海馬が再び表舞台に舞い戻ってきたのだ。
やはり詳細が語られることは無かったが、しかしそれからの事業の展開ぶりからもしかしたら単に研究開発にこもっていただけなのかもしれない、と事情を知らぬものたちは思うようになった。
何しろ海馬瀬人という青年はその外見こそ秀麗で世の女性の視線を掴んで放さないものがあったのだが、しかし性格に問題があった。
姿を消す以前は何処と無く得体の知れない薄暗い雰囲気と外交用の作り物めいた笑顔が印象的だったが、再び表舞台に出てきてからの彼は傍若無人というのもまた違う、何か常人とは一線を臥した突拍子の無さが際立った。
それこそ別の意味で人々の視線を掴んで放さないと言うべきか、しかしそんなネジが二、三本纏めてふっ跳んだような性格でも彼が造り上げたソリッドヴィジョンシステム搭載のデュエルディスクの性能は素晴らしく、全国各地でのKC主催のDM大会も大成功を収め、低迷していた株価も一気に上昇。再びKCは業界トップへと躍り出たのである。



前置きが長くなったが、兎にも角にも海馬瀬人という青年は容姿端麗のカリスマ社長であり、多少性格がアレであろうとあわよくばと思わぬ女性は少なくないのだが。
しかしながら今まで一度として女性の影がちらついた事は無く、そういった類のインタビューでも相手を睥睨しながら嘲って終わるのが常であり、KCと弟にしか興味が無いのかと思われていた。
その彼が、結婚するという。
相手は未だ公表されていないが、誰もが政略結婚だと思った。
あの仕事バカの海馬瀬人が、そして彼を良く知る某同級生に言わせるならブルーアイズバカのあの海馬が、まともに恋愛など出来るわけが無いと。
会場で待つ記者らの殆どがそう思いながら会見が始まるのを待っていた。

そして、記者会見が始まった。







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色々手直ししてみたりした。特に526の死は原作どおり投身自殺にするかアニメDMの病没?にするか迷ったのですが、ふらつきまくった結果、原作どおりにしました。
倒すべき相手が目の前で勝手に死なれた、というのがやはり社長の根っこに在るんじゃないかなあと思うので病死から自殺に戻してみた。そもそもアニメの536は何で死んだのか直接的なところが今ひとつよくわからなかったので。(爆)
あとペガサスの立場は良く分からんかったのでとりあえず社長かしらと思って社長にしておいたのだがさっきググッたら名誉会長となってたので名誉会長に変更。




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