黒き土、真皓き光に黎明を知る






三年ほど前、天下の海馬コーポレーション社長である海馬瀬人が結婚した。
当時十八歳だった彼は高校を卒業して間もなく式を挙げ、その三ヶ月後に細君は二人の男の子を出産した。(ここでいつ仕込んだなどという下世話な事は考えてはいけない)
彼の伴侶となった女性は少々複雑な環境に育った少女だった。
名を遊戯。旧姓は武藤。そう、知る人ぞ知る初代決闘王である。
今は現役から退いているものの、未だ最強の座は彼、否、彼女のものであるとデュエリストの誰もが認めている。
その武藤遊戯は、海馬との結婚が発表されるまでは男児として誰しもが認識していた。
実際に中学、高校には学ランを纏い、男児として生活していたがそれには理由があった。
武藤遊戯は性同一性障害者だった。
幼い頃から女である己に違和感を抱き、それはいつしか嫌悪へと変わり、しかし家族の暖かな愛情に守られて彼女は男として通してきた。
家族は端から遊戯が男の子であるように扱ったし、事実を知らない学友は当然彼女を男として扱った。それは彼女の何よりもの願いであり、これからずっと続いていくのだと思っていた。
そんな中、彼女は海馬瀬人と出会ってしまった。
はじめは憧れだと思っていたそれが恋心だと確信したのはそう遅い時期ではなかった。
遊戯は悩んだ。今まで男として生きてきて、それまで好きになったのも女の子ばかりだったし、現に海馬と出会う前までは幼馴染の少女に恋をしていたのにここに来て突然のそれに所詮、自分は女でしかないのかと落ち込むしかなかった。
それでもその恋心を捨て切れなかった遊戯はただ密やかに想い続けることを選んだ。決して打ち明けず、ただ時の流れに身を任せた。
しかし遊戯のその想いに海馬は応えた。
彼は全てを承知で遊戯の手を取り、己の世界に連れ出したのだ。


と、これが世間一般に知られる海馬夫妻のエピソードであり、結婚記者会見時に彼らが語った主な内容である。


実際の所はアレやコレやと違っているのだが、まあ遊戯の戸籍が女であることも高校卒業まで男として生きてきたこともそれでも海馬と恋人という関係であったことも確かだったので、彼らはそれで押し通すことにしていた。
当時は騒がれたものだったが、今ではもうそんな二人の逸話など取引会社やデュエリストの間でくらいしか記憶に残ってないだろう。
海馬は未だにメディアへの露出が多いが、しかしそれはあくまでKC社長としてのものであり彼もまたデュエリストとしては一線を退いているので、かつては決闘王の座を争った夫妻の話題が上ることは少なくなっていた。
彼らはそれを由としていたし、寧ろそっとしておいてくれと思っていただけに今の穏やかな生活は何よりもの幸せだった。


そしてその日、遊戯は実家でのんびりと寛いでいた。
海馬邸のリビングの広さの半分の半分の半…いや、哀しくなるからやめよう。
ともかく、一般家庭ではよくある広さのリビングの中央にどどんと座したコタツに脚を突っ込み、遊戯はぼんやりとテレビを観ていた。
海馬家に嫁いだ遊戯が何故ここにいるのかというと。
別に海馬と喧嘩したわけでもなければ家出をしてきたわけでもない。
単に海馬が出張で居ないのでその間に里帰り(と言っても車でちょっとの事だが)しているというわけだ。
アメリカの支社や、長期の出張には遊戯もついていく事が多いのだが、今回はスイスだそうで、しかも二泊三日の過密スケジュール。
そんな中で余計な心配を掛けたくなかったので、遊戯は大人しく日本に残る事にした。
「あーあ…」
遊戯は溜息を吐いてテレビを消した。
せめてKCに関わる番組やCMでもあればとチャンネルを切り替えていたのだが。
「瀬人さんに逢いたいよぅ…」
余計に海馬に逢いたくなるだけで、遊戯はそのままテーブルに顔を伏せて切ない溜息を洩らした。
「!」
すると、耳に届いた玄関の開く音と複数の足音に遊戯は飛び起きた。
きゃあきゃあと甲高い声を上げて駆け込んできたのは紛れも無く遊戯自身が腹を痛めて産んだ二人の息子だった。
「「まま!たーいま!」」
見事なユニゾンで飛び込んでくる双子を抱きとめ、遊戯はよしよしと二人の頭を撫でた。
「あーちゃんもばくくんもおかえりー」
双子のうち、「あーちゃん」と呼ばれた方は遊戯にとてもよく似ていた。しかしその瞳だけは遊戯のアメジストでも海馬のスカイブルーでも無く透明、つまり血の色を透かしていた。
そしてもう一人、「ばくくん」と呼ばれた方は驚くほどに真っ白の髪をしており、瞳はやはり片割れと同じく血の色を透かしている。
医者には遺伝子の欠落と言われたが、遊戯も海馬も彼らがそういった容姿で生まれてくることは初めからわかっていたので特に驚きも何も無かった。
何も知らない者たちは「あーちゃん」は母親似、「ばくくん」は父親似、けれど目つきは二人とも父親似だと評した。
その評を耳にするたび、遊戯は彼らとはまた違った意図で笑みを零し、そして海馬も遊戯と同じ意図によって嫌そうな顔をするのだった。
「あら、あなた結局ウチに居たの?」
「うん、おかえりママ」
「折角アテムとバクラを預かってあげたのに」
続いて入ってきた母親に、遊戯は肩を竦めて笑った。
今日は母親が子供たちの面倒を買って出てくれたので遊戯は久しぶりの完全なフリーだった。
三人でデパートに行って来ると言って出かけるのを見送って、さあ自分はどうしようと思って。けれど結局何処にも出かけずただごろごろして過していた。
「だって一人で出かけても楽しくないし…あーちゃん、ばくくん、お外から帰ったらおてて洗ってきてね」
「「あーい」」
小さな、けれど騒々しい足音が遠ざかって暫くして争う声が聞こえてきて、遊戯はありゃりゃ、と立ち上がった。
と同時にテーブルに置かれた遊戯の携帯電話が鳴る。
「瀬人さんだ!」
専用の着信音に遊戯の表情が一気に明るくなり、頬にも朱が差してくる。
「二人は私が見てくるから、でなさいな」
「うん、ありがとうママ」
遊戯はまた腰を下ろすと今度はちょこんと正座をして携帯電話を手に取った。
「もしもし、瀬人さん?」
丸一日ぶりのその声に遊戯が笑顔を浮かべていると、祖母から聞いたのだろう、手を洗い終えた子供たちが父親の声を求めて遊戯にじゃれ付いてくる。
「うん、今変わるね。あーちゃん、ばくくん、パパからもしもしだよ」
「パパ!パパきょうね、あーちゃんね、ばく」「パパきょうね、ばくくんね、あーちゃ」「でぱーとでね、おばあちゃ」「ぞうさんののりものにのってねえ」
騒々しいステレオに、しかし回線の向こうで海馬は根気良く聞いているのだろう。
遊戯は携帯電話を子供たちに向けてやりながら、溢れる暖かなものに一層微笑みを深くするのだった








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え?いいわけ?なにが?なにを??(すっとぼけ)




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