黒き土、真皓き光に黎明を知る






そうだ、全て思い出した。
俺は姉上を助けたかった。
姉上に幸せを与えたかった。
そして、本当の意味でそれを与えられるのが自分でないことも知っていた。
だから、この身を捧げたのだ。
邪神を封じるためには自らも神とならなければならない。
神になるためには、人としての生は捨てねばならない。
そうしてあの時、俺はゾークを封じることができたのだ。


「アテム!!」
崩れ落ちるように祭壇の上に倒れた弟を姉が抱き起こす。
姉の細い腕に抱かれるその体は淡い金の光を放っており、その姿を失うときが近いことを示していた。
「アテム、アテム!どうして…!これは私の責であったのに…!!」
「姉上…いいんだ…姉上は生きて、セトと…」
しかし弟の願いに姉は首を横に振る。
「いいえ、あなたがいなければ私はこれ以上生きることを許されぬ身!あなたを一人で眠らせたりなどしない!」
姉の悲哀溢れる声に、弟は大丈夫だと微笑った。
「この身はすでに神と近しい身…ならばエネアドの力を借りて姉上を生かすことができる…一柱はゾークを封じるこの身の席だが…あと八柱を姉上に捧げよう…」
「アテム…!」
「…たった八年しか延ばせなくて、すまない…」
姉の瞳から溢れていた涙がいっそうその量を増して零れ落ちる。
「いいえ、いいえ、十分です。あなたがくれた八年、私は生き抜いてみせるわ…!」
ぽう、と弟を縁取っていた光がいっそう深みを増していく。


「姉上、さいごに約束をしてほしい……俺の…かわりに、とき、を……」


姉は弟の手のひらをきつく握り、泣きながらも微笑んだ。


「ええ、約束するわ。必ず…」
「…ありがとう…」


そうして、弟は姉の腕の中で光となって消えた。
姉の手の中には、永久の闇を象った黄金の逆ピラミッドだけが遺ったのだった。





「!!」
はっとして辺りを見回すと、そこは元居た王墓の中だった。
城之内や杏子たちもいる。一瞬、帰ってきたのかと安堵したが、しかし様子が違うことにアテムは気づいた。
「アテム!ここは…!」
城之内が同じように辺りを見回す。
しかしそこに本来いるはずのイシスたちはおらず、冥界への扉も閉ざされたままだ。
だが、冥界の石版には千年アイテムが鎮座している。これはどういうことだ。
すると、まるでその問いに答えるように千年アイテムが光を放ち、やがてその光はひとつの形を象った。
アテムと同じ、しかし異なる面立ちと心を宿しし者。
「相棒!!」
「遊戯!」
だがアテムたちの呼び声にも遊戯はそのアメジストの瞳を閉ざし、反応することもなくただ光を纏って浮かんでいる。

「『約束』だ」

その低いバリトンに一同が一斉に振り返る。
海馬がその腕を組み、眠る遊戯を見据えてもう一度告げた。
「『約束』が鍵だ」
なぜ、とは問わなかった。そのために記憶の世界を巡ってきたのだから。
アテムは遊戯と向き合うともう一度呼びかけた。
「相棒…姉上…どちらでもいい。聞こえるか?あの時、俺はお前に言った。俺の変わりに時を紡いでくれ、と」
ぴくり、と一瞬遊戯の体が震えた。しかしそれ以上の反応はない。
「お前は約束どおり、俺が紡がねばならなかった時をセトと紡いでくれた。お前とセトの子が子を生み、その子がまた子を生んで三千年もの時を繋いでくれた。もう、約束だけのために生きなくていいんだ。お前はお前だけのために生きていいんだ!」
今までありがとう、と。そしてもう一度改めて告げた。


「約束を、果たしてくれてありがとう」


また一瞬、遊戯の体が震えたかと思うと、今度こそその瞳はゆっくりと開かれた。
「相棒!」
ぼんやりとしたままのアメジストの瞳がアテムを捉える。と、不意に遊戯を包んでいた光が消えうせ、アテムはあわてて崩れ落ちそうになったその体を支えた。
「大丈夫か、相棒!」
「「遊戯!」」
「遊戯ィ!」
城之内たちが駆け寄り、その顔を覗き込む。
遊戯は彼らの顔を見回した後、アテムを見上げてもう一人の僕、といつもの柔らかな声で呟いた。
「…ありがとう…」
遊戯はふとアテムたちから視線を外し、そして驚愕の色を浮かべて「彼」を見た。
「相棒?」
アテムたちがその視線を追うと、そこにはゆったりとした歩みでこちらに向かう海馬の姿。
どうして、と遊戯が身を起こしながら言う。


「どうして、海馬君の体にセトさまがいるの…?!」


遊戯の言葉を否定するでも無く、彼は「海馬瀬人」ならばこの様な場で浮かべることは無いであろう穏やかな微笑みで遊戯を見た。
「お前の魂を縛り付けていた言霊は消え、オシリスの手は退けられた。魂は魄の導きによりて肉体への蘇りを果たすだろう」
「でも、僕の肉体は…!」
「ちょ、ちょっと待てよ二人とも!」
俯いた遊戯と「海馬」との間に城之内が割って入る。
「お前ら二人で勝手に話を進めるなよ!全く意味がわかんねえよ!!遊戯は消えずに済んだのか?つーかコイツは海馬なのかセトなのか結局どっちなんだよ!」
頭を掻き毟る城之内を杏子がまあまあ、と宥める。しかしそうしながらも彼女もまた同じ様に答えを求める目でアテムを見た。
「どうやら相棒は消えずに済むらしい。ただ、何故セトが海馬の中にいるのかまでは分からない」
「兄サマは!兄サマはどうなったんだよ!」
モクバが海馬のコートに縋りつくと、彼は何処か懐かしいものを見るようにモクバを見下ろした。
「今は眠ってもらっている。時が来れば起こしてやろう」
「時が、っていつだよ!お前は確かに兄サマと繋がりがあるかもしれないけど、俺の兄サマは『海馬瀬人』だ!お前じゃない!」
「ホルサイセ、聞き分けなさい」

「その子はホルサイセじゃないよ、セトさま」

固い声に「海馬」が視線を向ける。遊戯はその瞳を哀しみに染めて「海馬」を見ていた。
「たしかに、海馬君がセトさまの血を引いているように、モクバ君もホルサイセの血を引いているのかもしれない。けれど、ここにいるのは海馬君とモクバ君。僕らの息子のホルサイセじゃないし、貴方が奪おうとしているその肉体は海馬君だけのものだ」
「ムトアンク…」
「あなたに肉体が無くったって、奪う必要なんてない。僕はもう魂も魄もある。あなたと一緒に逝けるんだ…あの、平和の野原へと」
「ムトアンク…私は…」
「大丈夫。今度こそずっと一緒だよ。だから、もうその体は海馬君に返してあげよう?ね、セトさま」
「……」
沈痛な面持ちで黙り込んでしまった「海馬」に、遊戯はふと苦笑した。
「もう。あんまり甘えると、あなたのアニマに叱ってもらいますよ?」
すると彼もまた同じ様に苦笑した。
「…お前がキサラに泣き付いてタダで済んだためしがなかったな」
彼がその青の瞳を閉ざすと、かくりと糸が切れたようにその場に倒れこんだ。
「兄サマ!」
「海馬!モクバ!」
咄嗟に受け止めようとして、しかし明らかな対格差に押し潰されるように海馬とともに倒れこんだモクバを、城之内が慌てて駆け寄って助け出した。
『ムトアンク』
音も無く半透明の姿をしたセトが遊戯に歩み寄る。
咄嗟にアテムが遊戯を庇ったが、しかし大丈夫だから、と遊戯自身の手によってそれは退けられてしまった。
す、と差し出される手。
遊戯は柔らかな笑みを浮かべると、そっとその手を取った。
重さを感じさせない仕草で立ち上がると、今度は遊戯がセトと繋いでいる方とは反対側の手をアテムへと伸ばした。
「アテムも一緒に行こう。扉を潜った先は別々だけど、それまでは一緒に行こうよ」
「……ああ!」
アテムもまた遊戯の手を取り、立ち上がる。
「さあ、準備は出来たよ。…バクラ君」
遊戯が石版に向かってそう囁くと、ふっと石版の上に白髪の青年が現れた。
かつては盗賊王と呼ばれたバクラだ。
『よぉ。やっとかよ』
しかし半透明の彼のその姿は赤を基調とした神官服で、遊戯を見る目には親しみさえ浮かんでいる。
「相棒、何故バクラが…」
「バクラ君はね、あの戦いの後いろいろあって正式な千年リングの所持者になったんだ。それで、死後はずっとここを…記憶の世界を守っていてくれたんだ」
『ま、ずっと寝てたけどな。で、いいのか?』
「うん。お願い」
了解、とバクラがぱちりと指を鳴らすと冥界への扉が低く地響きを立てて開き始めた。
『ハレンドテス王子が待ってるぜ』
「うん…ってあれ?ホルは?」
『あー。あいつはお前が消えてからバカやらかしたから、気恥ずかしくてどっか隠れてると思うぜ』
「?」
ニヤニヤと笑いながらセトを見るバクラに、遊戯もつられてセトを見るが彼は後で話すとだけ言って前を見る。
溢れてくる光に、遊戯とアテムは後ろを振り返った。
「城之内君、杏子!ちょっと行って来るから海馬たちの事任せた!」
「ちょ、おい!任せたって、俺たちここに取り残されるのかよ!」
『案ずるな。ここは記憶が作り出した仮想空間。我らが扉を潜れば自動的に消える』
「それなら、私達はイシズさんたちと待ってるから!待ってるからね!!アテム!遊戯も!!」
「ああ!」
「…うん。またいつか、きっと会えるよ。ありがとう、杏子、城之内君、モクバ君…海馬君」
未だ気を失ったままの海馬を少しだけ寂しそうに見送った後、遊戯は扉へと向き直った。
「ふふっ」
そして突然笑い出した遊戯に両脇の二人の視線が向けられる。
「どうしたんだ?相棒」
「うん、なんだか、ちょっと楽しくて」
「楽しい?」
「だって、こうしてアテムとセトさまと僕の三人で手を繋いで歩ける日が来るなんて思わなかったから」
「相棒…」
『…変わらんな』
『ぅおーい!お前らが通らねえと牢獄も消えねえんだけどー?俺そろそろ休みたいんだけどー』
「あ、ごめん、バクラ君!…行こう!」
光の中へと向かって遊戯とアテム、セト、そしてバクラが歩いていく。
城之内たちにはその光の先に彼らを待つ人々の影が見えたような気がしたが、幻だったのかもしれない。
「……ぅ……」
小さな呻き声にはっと海馬を見下ろすと、彼は薄らと目を開けてその光を見ていた。

「……遊戯」

その唇から微かな呟きが漏れると同時に、扉は閉ざされた。





(続く)

なんかもう久しぶりに書いたせいか駆け足で進めました。
…のわりに場面的にはさほど進んでないという。orz
もう少し話が進んだら過去編もちょろりと書きたいです。ホルとセトとの確執とか。




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