黒き土、真皓き光に黎明を知る





妙な夢を見た。
羽蛾は目覚めた体制のままぼんやりとそれを反芻する。
そこはまるで古代エジプトの宮殿のような場所で、そこで自分は、そう、確かテ
フトと呼ばれながら働いている設定だった。
その宮殿には多くの人々がいて、中には孔雀舞に似たアマゾネスや城之内に似た
戦士がいた覚えがある。
中でも驚いたのがこの宮殿の主人であるファラオが海馬瀬人であり、その妃が武
藤遊戯であったことだろう。
遊戯は男だろう。今でこそそう思うが、夢の中ではそれが当たり前であり、海馬
と遊戯が寄り添う姿は完成された一枚の絵のように美しくもあり、しかし同時に
羨ましくもあった。
どうやら自分は砂漠で行き倒れていたところを遊戯に救われたらしく、それ以来
遊戯に大袈裟過ぎる程の忠誠を誓っており、遊戯もまたそれを受け入れていた。
誇らしかった。
彼、否、彼女が自分を頼って来ることが。
テフト、と甘やかな声を持って自分を呼んでくれることが。
今でも自分はあの時の、死に瀕していた自分の元に舞い降りた彼女のあの神々し
さを覚えている。
彼女に選ばれたことが、何よりも誇らしい。
そう、夢の中の自分は遊戯に恋情を抱いていた。
恋情と言うには多少神聖視が強過ぎる気はあったが、しかし今もぼんやりと胸中
に残るこの甘い感覚は、確かに愛と呼ぶにはおこがましい程の恋情であった。
「……」
そこまで反芻して、羽蛾はゆっくりと起き上がった。
ばかばかしい。
余りに鮮明なそれを忘れようとするかのように頭を振る。
枕元には、古代エジプトを記した書物。
そうだ、こんなものを寝る前に読んだからだ。
だからあんな夢を見たのだ。
武藤遊戯には名も無きファラオの魂が宿っている。だの。
M&Wは古代エジプトの遺跡を元に作られた。だの。
そんな話を聴いて興味を持ってしまった世界。
こんなもの、買うんじゃなかった。
羽蛾は真新しいその本を手にすると、ベッド脇のゴミ箱へと躊躇う事無く落とした。
これでいい。これでもうあんな夢を見ることは無い。
あんな、幸せな夢はもう見なくて良い。
どうせ、還れはしないのだから。
ぱたりぱたりとシーツに落ちる雫。
それが己の涙だと気付くまで、あと少し。



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