花咲く丘に涙してU
〜如何なる星の下に〜
彼の者は、如何なる星の下に
「ったく、何やってんだ……!」
少年と自分自身にそう吐き捨て、以前は職員達が使っていたのだろう大型洗濯機のドラム内へ濡れた服を放り込む。
「………ちっ」
何度目かの舌打ちをし、放り出されたままぴくりとも動かない少年へ近寄る。
相当な時間ああして漂っていたのだろう。あの後、再び意識を閉ざした少年は僅かに呼吸はしているものの殆ど仮死状態に近い。
カーシュは水を吸って重くなった黒衣を脱がせ、軽く絞るとそれもドラムの仲へ放り込む。適当な目星を付け、ボタンを押してみると運良く電源を押したらしくそれは静かに動き出した。
「……俺、今すっげーマヌケ」
自分と同じく全裸の少年を抱き上げると隣接しているシャワールームへ向かう。
長い間使われていなかったシャワーは最初こそ鉄錆混じりの茶色い水が出ていたが、暫くすると透明な湯が出て来た。カーシュは頭から浴びると、全身の海水を流していく。片腕で抱えられた少年の瞳は未だ閉じられ、その青白い顔や冷え切った体はまるで死体を抱いているようだった。
「………」
カーシュは溜息を吐くと、狭いシャワールームの床に座り込んだ。程好い熱さの露が体を打ち付ける。それが少年の顔に掛からない様にし、彼の髪に纏わりつく海水を洗い流していく。
ふと、昔を思い出した。マルチェラをまだ自分達が風呂に入れてやっていた頃。
この少年の姿形の所為か、あの時の、まだ言葉も碌に分かっていないマルチェラと腕の中の存在が重なった。
海を漂う彼を見付けた時、一度は見捨てようとしたのだ。
けれど、どうしても見捨てる事はできなかった。
何か、とても弱い存在の様な気がして。
「カーシュ……」
小さな呟きにはっとする。先程まで閉ざされていたその赫い瞳が自分を見上げていた。
少年はのろのろと片腕を上げ、ぺたりとカーシュの頬に手を当てる。
「何故…」
「知るかボケ」
決まり悪げに言い放つカーシュに少年は血の気の戻って来た唇をくっと歪め、あどけなさより妖艶さを纏った笑みを浮かべる。
「そうか。なら礼をせねばならんな」
「要らん」
嫌そうに即否定したカーシュに少年はくつくつと笑い、体をずらして横抱きの状態から彼の腹に跨る形へ変える。
「そう遠慮するな」
さも可笑しそうに低く笑い、ちらりと視線をシャワーノブへ向ける。すると二人を打ち付けていた湯は止まり、ぽたぽたと雫を垂らし始めた。
「こうなる事など容易に想像がつくであろうに」
「っ……」
首筋を小さな舌が這いまわる感触にカーシュの体がぴくりと揺れる。
「それとも、それを期待していたのか?」
笑いの篭った言葉にカーシュの頬が朱に染まる。
「違っ……?!」
肩を押し戻そうとした時、ふと何かが腕を捕らえた。
「なっ……」
何本ものコードがどこからか這い出てカーシュの腕を捕らえていたのだ。
「この体では以前の様にいかぬのを忠告したのはお前だぞ?」
低く笑いながら胸の突起に口付ける。
「て、め……ぁっ……」
「愚かな男だ」
舌先で舐られ、コードが体中を這いまわる。くすぐったいような奇妙な感覚にカーシュは身を捩った。
もう片方の突起を彼の指が捕らえ、指の腹で押し潰すように弄られる。
「は、ぁ……っ……」
彼がカーシュの腹の上から降りるとコードが脚にも絡みつき、ゆっくりと広げていく。抗ってもそれに敵わず、少年に全てを曝け出す格好にカーシュは視線を逸らす。
彼は既に固くなり始めているカーシュ自身に手を添えると、それを口に含んだ。
「なっ……ぁっ……」
彼に強要されたことはあってもされたことはなかったその行為に、カーシュは反射的に腰を引こうとする。だが、脚に絡みついたコードがそれを許さなかった。
「あ、ぁっ………」
ちゅぷっと卑猥な音が狭い室内に響く。根元まで咥え込まれ、舌で裏筋を擦り上げられる。少年の頭が上下し、唇と舌で擦られ時折先端を擽られた。
「は、んっ……ぁ、あっ……」
括れを舌先でなぞられ、根元に添えられていた手は下方へ滑り、つぷりと後部に差し入れられる。
「ぁあっ、はっ……」
カーシュの体がびくりと跳ね、少年を見る。彼はカーシュ自身に舌を這わせたまま視線を上げ、挑発的な色を視線に湛えるとちろりとその先端を舐めた。
「…っ……!」
電流が走ったような痺れにカーシュは震えた。やがて指が内部へと侵入し、前立腺を探って襞を擦られる。
「ぅあ………は、んっ……」
前立腺の膨らみを探り当てられ、そこを二本に増やされた指の腹で弄られていった。そして唇は先端を含み、軽く吸う。
「ぁ、あっ!」
耐え切れずカーシュは小さく痙攣すると彼の口内に精を迸らせた。
「んっ……」
彼は断続的に吐き出されたそれを小さな喉を上下させて嚥下し、唇を舌先で拭って体を起こした。
「…っは、ぁ……ぅっ…!」
カーシュは口付けられ、自らの精液の味に顔を顰める。
「ぅう……ん、ふ……ふぁっ……」
舌を差し入れられ、精液と唾液が口内で混ざり合う。その間にも指は抜き差しされ、粘膜の絡み合う音が微かに耳に届く。
「んっ……ふ、ぅ…やめっ……!」
指が引き抜かれ、代わりに押し当てられた物の冷たい感触に、長い口付けと快感で溶け掛けていた思考が一気に引き戻される。
大きく開かされた脚の間にコードが集まり、絡み合いながら蠢いていた。それは一本の棒状になるとゆっくりと解された後部へ侵入し始めた。
「ぃっ……あ、ぁあっ…!」
その異物感に痛み以外も感じている自分を嫌悪し、カーシュはきつく眼を閉じる。
「ひぁっ、く……」
ずぐっと一気に押し込まれ、閉じた眼を反射的に大きく見開いて仰け反ると喉に少年の舌が這っていく。
「眼を閉じるな……快楽に染まってゆくその緋の眼を……」
「あぁっ!」
ぐぐっと押し入ってくる塊にカーシュの背が撓る。
コードは容赦無くカーシュの内部を出入りし、蹂躪する。少年の舌が胸の突起に這わされ、少年の手は再び勃ち上がったカーシュ自身を弄んだ。
「っは、はぁっ…!」
前立腺を強く刺激され続け、カーシュの体がびくびくと跳ねる。少年はくつくつと低い笑みを零すと、射精を促すように指の動きを速めた。
「っあ!!」
一瞬息が詰り、カーシュ自身からは白濁とした液が勢い良く放たれ自らの腹を汚していく。
「っは……ぁっ…!」
脱力した体内からコードが引き抜かれ、カーシュの体が幾度も小さく跳ねた。
「………これで満足か」
荒く息をつきながら睨むと少年は尚もカーシュ自身を嬲り、再び擡げさせると腹を跨いで彼自身に手を添える。
「まだだ……」
彼は腰を落し、強引に屹立したカーシュのそれを自らの中へと迎え入れた。
「なっ……!」
「…っく……」
馴らされていないそこは当然頑なで、易々とその楔を咥え込んではくれない。
「…っは、ぁ……」
それでも無理に腰を落し、その身に受け入れて行く。無理に進めた所為で切れたのだろう。カーシュは自分の性器を紅い鮮血が伝わり落ちていくのを見た。
「何バカやってんだっ…!」
「あっ…っく……」
血が潤滑液となったのか、それは根元まで少年の中へ飲み込まれていく。
「……っは、ぁ……」
カーシュの腹に手を置き、息を荒荒しく繰り返す少年。
「何で……」
カーシュの問いかけに、額に汗を滲ませた少年は微かに唇の端を吊り上げる。
「この貧相な体でお前を抱けると思うか」
元々の持ち主であるセルジュには悪いが否定は出来ないでいると、それに、と少年は自嘲気味に笑った。
「お前と繋がれるのならどんな方法であろうと構わない」
「何言っ……」
語ることなどないと言うように口付けられる。舌を差し入れられ、より深く唇が合わされる。
「っふ…ぅ、んっ……」
口内を這い回るそれは電流となってカーシュの全身を刺激し、腰に甘い痺れを残した。
「……カーシュ」
何度も何度も繰り返しその名を呼び、その肉体を貪る。
どうせ、これで最後だ。
セルジュを殺し、リンクを解除すれば「私」の役目は終る。
「私」は再び本体へと戻り、無機質へと戻る。
それとも。
お前たちに倒されるのだろうか。
死を、与えてくれるのだろうか。
どちらにしろ、これで最後だ。
「っ…!!」
激しい律動に少年が達する。きゅぅっときつく締め上げられ、カーシュもその少年の内々へ熱を放った。
「ぁ……」
断続的に放たれるその熱の熱さに少年の体は喜悦に奮え、その身を震わせると脱力してくたりとカーシュの胸に崩れ落ちた。
「大丈夫か」
カーシュの言葉に少年はふっと嘲笑を浮かべる。
「この私に心配か?」
「腹上死されても困るんでな」
しれっと言い退けるその態度に少年はくつくつと小さく喉を鳴らす。
「手間が省けて良いだろう」
「そりゃお互い様じゃねえのか。てめえこそ俺らが邪魔ならこんな事してねえでさっさと俺を殺しゃ良いだろうが」
――ならば何故殺さぬ
不意にマブーレでの事を思い出す。
「………」
あの時と逆の立場に彼は沈黙する。
「………わかるまい」
「ああ?」
少年は腰を上げ、己を貫くそれが引き抜かれる感触に僅かに顔を顰めながら立ち上がった。
「言った所で、お前にはわかるまいて」
「そりゃ悪かったな」
知った所でお前にも私にも、既に、どうしようもない…変えられぬ運命の元にいるのだから。
「知らぬとも、差し障りはなかろう」
ふわりと彼の周りに柔らかな風が起こり、黒衣が浮かび上がるように彼を包んだ。
「カードキーを手に入れろ。……これ以上、私を待たせるな」
それを最後に少年の姿は掻き消えてしまった。
「………」
片膝を抱え、その膝の上に顎を乗せる。
「…何なんだ、アイツは」
言われなくとも、彼を助ければこうなるだろう事は容易に察しがついていた。だから一度は見捨てようとしたのだ。
だが、どうしても見捨てる事はできなかった。
何か、とても弱い存在の様な気がしたから。
何故、彼は未だかつて一度として自分たちに確実な敵意を向けて来た事が無いのだろう。
彼はいつもどこか漠然とした敵意しか向けては来ない。彼と向き合う度思うのだ。彼が消そうとしているのは本当に自分達なのだろうかと。
「……調子狂うぜ」
昔から、敵意を向けて来ない相手を攻撃するのには抵抗があった。
カーシュは流され易い。幼い頃から両親だけではなく、ダリオやリデルたちにもそう言われていた。
自分たちにとって、彼は敵だ。
だが、彼にとってはどうだろう。
自分たちは彼らの敵なのだろうか。
相手にするまでもないと思っているのか。
余興に過ぎないのか。
「わっけわかんねー…」
下肢に纏わりつく鈍い痛みだけが、少年がここにいた事を示していた。
最下層にある炎の間に、どこからとも無く少年がふわりと舞い下りる。
「……?」
ひやりとした空気が頬を撫で、ふと服の温もりに気づく。
海の冷水に浸かった筈の黒衣は乾き、温もりを宿していた。
「…ふっ…」
込み上げて来た笑いを抑えようとせず、少年はくつくつと笑い出した。
夜の海に自分を見つけた時、あの男はどんな顔をしていたのだろう。
呆れていただろうか。
それとも節介な性分に屈し、助けてしまった自らを嗤いながらだろうか。
「……カーシュ……」
何よりも強く、脆く、誰よりも豪胆で甘い。
幼年期を心の内に抱えたままの青年。
「っつ……」
床へ降り立った途端下肢に走った痛みに少年は膝を付く。
「……まあ良い。どうせあと数時間の器だ」
そのまま倒れ込むと少年は眼を閉じた。
遠くに、鈴の音を聞いた気がした。
何が有るわけでなく、強いて言えば闇というだけの空間。
――…………
ああ、死んだのか。
私にも、死はあったのだな。
――………さま…
龍神たちが、動き出す。
全ての罪を、私の罪を、セルジュたちに贖わせるために。
――…ヤマネコ様……
……鈴の音が、聞える。
お前か、ツクヨミ…。
――ヤマネコ様……
知っていた。お前が紅き月である事は。
――なら、どうして
……誰よりも、「運命」が倒れるのを待ち望んでいたのは、この星でも、龍神たちでもなく……私自身だったのやもしれぬ……
今となってはどうでも良い事だ……
――後悔なさっていないのですか?
これが私の「運命」なのだよ。
所詮、私はまがい物の「運命」なのだから。
――本当にですか?
ちりん
鈴の音が響き渡り、闇が光へと変わっていく。
そして薄れ始めた意識がまるで凝固されるようにはっきりとしていった。
何を……
ちりん
――ヤマネコ様……
引き返せない。
何も、言えなかった。
「涙……あたい、泣いてる……」
伝えれなかった。
「バイバイ……。セルジュ……」
逃れられない、定められた役割。
――ヤマネコ様まで、あたいみたいにならないで
光の奔流。自分の意識が形となり、姿を創り出していく。
――バイバイ、ヤマネコ様
少女は、最後に笑ったようだった。
「て、めえ…!」
光の海はやがて薄れ、現れたのは、鮮やかな藤色と見開かれた赫の眼光。
「死んだんじゃ、なかったのかよ…」
何故か微かに安堵したような、彼の困惑の色をヤマネコは見つめる。
ヤマネコは目を細めると、カーシュの頬に触れるか否かの所に手を伸ばしてくつくつと笑った。
――愚かな……
何を惑う。お前は今度こそ私の手を逃れたのだ。
もう私に囚われる事は無いのだ。
そうカーシュを見下ろし、そして、そこで初めて気づいた。
カーシュの眼に、憎しみは無く。
ただ、戸惑いと、縋るような寂寥の色。
ああ、そうか。
私は求める一方でお前が何を思っているかなど、知ろうとはしなかった。
憎まれているのだと、ただ、そう思っていた。
求めていたのは、私だけではなかったのだ。
――愚かなのは、私か…
ああ…姿が、意識が、全てが拡散してゆく。
後悔は無い。
ただ、お前の胸の内…その心の肉を噛む、痛みとなれたなら……
カーシュ……
……愛していた……
(了)
+-+◇+-+
特に構わなかったので十分くらいで終りました。(爆)どうも私はエロが濃い時は流す傾向にあるようです。本当はフェイト戦がすっぱりさっぱり書いて無いのでせめてフェイトを倒して直後の話を入れようと思ったのですが、キッドやツクヨミのどうのこうのを考えると組み込めない事が判明。即没。
いや単にカーシュがフェイトの残骸を呆然と眺めながら「ヤマネコが、死んだ…死んだんだ…俺は、解放されたんだ…」みたいなことをぶつぶつ抜かして最後に「ダリオ…」とか言わせたろ思ってただけですんで大して惜しいネタでもなかったな、と。
はーこれでやっと花咲く〜シリーズ、半分終った…。長えよ。誰が読むんだよこんな奇怪なカーシュ総愛話。
(2002/11/21/高槻桂)