花咲く丘に涙してU
 〜如何なる星の下に〜





虚ろな腕は力無くしなだれて


「カーシュ?!どうしたの、その怪我!」
 一人マブーレの地へ降り立ったカーシュが日の落ちる直前に漸く帰還し、その傷だらけの姿にセルジュは目を見開いた。
「ん、ちょっとな…」
「大丈夫?ドクさん居るから手当てをしてもらおう!」
 セルジュはカーシュの背をぐいぐいと押すとドクの居る部屋へとカーシュを連れて行った。

「訓練も良いけど、程ほどにしないと。明日は神の庭へ行くんだろう?」
「訓練なんかじゃねえ。ただむしゃくしゃしてただけだ」
 ドクはアルコールの染み込んだ綿をピンセットで掴み、汚れのふき取られた傷口に軽く押し当てる。
「なら尚更程ほどにしておかないと。苛立ちはスキを生む」
 数こそ多いものの全て軽傷で、ピリリとした痛みもカーシュには気にならないらしく、ただじっと自らを清めていくドクの手を見つめていた。
「ん?」
 ドクが視線に気付き、手を止めるとカーシュを見つめる。
「いや……」
 自分の血で汚れた綿の塊を見つめたまま首を振る。
「胸ん中の傷も、二、三日で治れば楽なんだけどなあ」
「カーシュ…?」
「…悪ぃ、聞かなかった事にしてくれ。バカな事を言った」
 カーシュは微かに苦笑すると悪い、ともう一度呟いた。
「どうして謝るんだい?」
 穏やかな笑みを浮かべ、ドクは茶瓶から新たな綿を取り出すとその小さな塊をアルコールに浸し、傷口に押し付けていく。
 カーシュは急にどこか心苦しくなり視線をそらした。
「………」
 沈黙が下り、着々と傷が清められていく。
「はい、終わったよ。一応軽傷の部類には入ってるけど、油断は禁物だからね」
 宥めるような優しい声音にカーシュは軽く片眉を上げる。
「てめえ、俺の事ガキ扱いしてねえか?」
 カーシュの言葉にドクは「おや」と僅かに目を見開いた。
「そう感じたかい?」
「少なくともタメだとは思ってねえだろ」
 少し拗ねたように唇を尖らせるカーシュの仕種に、ドクは小さく笑ってその唇をツン、と指先で突ついた。
「ほら、そういう仕草とか。とても僕と同い年には見えないな」
「ばっ…バカ言ってんじゃねえよ!!」
 かっと顔を紅くし、カーシュは言葉を詰まらせる。そんな様子をドクは可笑しそうに笑うと、それに、と笑みが柔らかな労りの色へと変わる。
「その寂しそうな目を見ると、余計年下に見えてくるんだよ」
「寂しそう?この俺がか?」
 思いも寄らぬ言葉に、カーシュの声が上擦った。
「自分では気付いていなかったようだね。時折君はとても寂しそうな目をしているよ。本当に時折だから気付いている人は少ないんだろうけどね。……まるで置き去りにされた子供のようだ」
「………」
 何故か反論できず、カーシュは黙り込んだ。
「さ、もう今日はゆっくり休んだほうが良い」
「……さんきゅ」
 丸椅子から立ちあがり、カーシュは彼の部屋を後にした。
「………」
 波の音と乗組員たちのざわめきを遠くに聞きながら、カーシュはのろのろと廊下を歩む。

――寂しそうな目を……

「………」
 立ち止まり、じっと床を見つめる。

――まるで置き去りにされた……

 置き去りにされた?
 誰。
 ダリオ?
 いつも自分の前を行っていた彼。

 …違う。

「…………」
 ふと、一つの名が脳裏に浮かび上がった。
「よお」
「?!」
 考え込んでいたその時、不意に声を掛けられてカーシュはびくっと顔を上げる。
「どうした、こんな所でボーッとして」
「オッサン…驚かせんじゃねえよ!」
「そーりゃ悪かったな」
 にっと意地悪げに笑うのは、この天下無敵号の船長であるファルガだった。
「それより、良いモンがあるんだけどよ、どうだ?」
 軽い指の仕種で何を意味するのかを悟り、カーシュも同じように笑う。
「良いねえ。相伴に預からせてもらうぜ」
 自室へ足を向けたファルガの後に続き、カーシュはその場を離れた。


「そういや…ここ最近、酒に良い思い出はねえな……」
 暗い血の色をした液体の注がれたグラスを緩やかに回しながらカーシュは呟く。
「お前さん、何をそんなにやさぐれてんだ」
「やさぐれちゃいねえさ」
 カーシュは苦笑するとグラスに口をつける。独特の芳香と味のするそれを躊躇いなく飲み下した。
「いーや、何か腹ン中に溜め込んでるって顔してんぜ?」
 空になったグラスに新たな酒を注いでやりながらファルガはそう笑う。
「たっまーに思い詰めた表情になる事、自分じゃ気付いてねえのか?」
 ドクと同じような事を言われ、カーシュはひょいと肩を竦めた。
「さっき、ドクにも似た様な事言われた」
「ここだけの話にしといてやるから全部吐いちまえばどうだ」
 カーシュはくるりとグラスの中の液体を回し、その流れをぼうっと見ながら呟くように言った。
「……なあ、アンタ、男を抱いたことはあるか」
「…いや。どうした、薮から棒に」
 ファルガは微かに目に驚きの色を浮かべ、コトリとグラスを置いた。
「俺はよ、ヤマネコの相手させられてた。三年前から、ずっと」
「相手っつーと…アレか?」
 さすがに驚いたらしいファルガに、カーシュは微かに苦笑を浮かべてそれを肯定する。そして不意に視線を己の足元に落し、潜んでいるその名を呼んだ。
「クローセル、出てきな」
 呼ぶと同時にカーシュの影が伸び、それは一体のカゲネコを象った。クローセルはカーシュに擦りより、撫でてくれと言うようにその頭を擦り付けてくる。
「こいつは元々アイツの使令だったんだ。それが小僧と体が入れ替わって、そのまま付いて来た。けど、その後すぐに俺に懐いた。何でだと思う?」
 カーシュはクローセルの喉を擽ってやりながら自嘲気味に笑った。
「俺はもう奴の気が染み付いてる。こいつらはそれを嗅ぎ取って俺を仲間だと思ってんだ」
 カーシュはグラスの中身をぐいっと飲み干す。
「…ヤマネコはバエルを取り替えした時にクローセルも取り戻そうと思えば取り戻せたんだ。呼べば来るんだからな。それでも、奴はクローセルを連れて行かなかった」
 そう言って顔を寄せてくるクローセルを撫で、その瞳孔の無い目を覗き込んで問う。
「何でお前だけ残されてんだろうな…監視でもしてんのか?」
 それとも…と彼は儚げに微笑った。
「捨てられたんだったら、良かったのにな」
 セルジュとヤマネコの体が入れ替わり、自分の前から居なくなった時。
 解放されたのだと思ったのだ。
「バカだ…俺は……」
 浅はかだった。
 傍にいなければ解放されたなど。
 彼は玩具を手放したわけではなかったのだ。
「マブーレで俺はヤツと戦えなかった……まだ、とっ捕まったままだったんだ」
 俺は、間違っていたのだろうか。

――選ぶが良い…

 そう言われた時、彼を拒み、全てを公にするべきだったのか。
「……そうだよな。本当なら、そうするべきだったのかもしれねえな……」
 だが、自分は彼に隷従することを選んだ。
 どんなに屈辱に塗れようとも、その鎖を心底断ち切ってやろうは思った事がなかったのは何故だろう。
 単に事の露見が恐かったわけではない。いざという時の覚悟は出来ていたはずだ。
 それなのに。
「何より、なんで俺なんだ」
 行く行くは蛇骨の名を浮ける筈だったダリオと違い、自分には何の権力もないというのに。何故彼は利用価値のない自分を手元においておいたのか。
「……カーシュよ、お前さん、お嬢以外の女に惚れたことはあるのか?」
 突然切り出して来たファルガに、カーシュは暫し考え込むと首を横に振った。
「いや…付き纏われるのが面倒だったし、一夜限り専門」
「まあ、そうだろうな」
 ふっと苦笑したファルガにカーシュは?マークを浮かべながら首を傾げる。
「何なんだ?」
「いや、何でもねえさ。ほれ、味が変わらんうちに飲むぞ」
 問答無用でグラスに赤い液体が注がれ、カーシュはどこか納得の行かない表情のままそれを口にする。
 だが、その独特の芳醇な香がカーシュから疑念を奪っていく。
 そしてこれ以上構って貰えないと察したクローセルはさっさとカーシュの足元に消えてしまった。
「なあオッサン」
「オッサンは止めろっての」
 憮然として言い返したファルガに、カーシュは小さく笑う。
「じゃあファルガ。あんたから見て俺は男に好かれそうな顔してると思うか?」
「はあ?」
「なんつーか、自分の過去を振り返ってみるとそう言わざるを得ないような人生送って来てる気がしてよ…」
「よくは分かんねえけどよ、お前が美形の部類に入る顔立ちしてるってのは分かるぜ?」
 そう言うと、「はあ?」と声を上げた。
「普通だろ」
 お前が標準だったら世の中の大半はアウトだ。
 そう言いたいのを堪えてファルガは引き攣ったような笑いを浮かべる。
「つーか普通もっとこう、華奢で女顔な奴が狙われるんじゃねえの?」
「さあ、俺は女専門だからよくわかんねえな」
 へえ、とカーシュは薄い笑みを浮かべる。
「なら、あんた俺で試してみるか?」
 目を見開いて驚くファルガに、カーシュは可笑しそうにくつくつと笑って立ち上る。
「男相手に勃つか、やってみりゃいい」
 笑いを含んだ声で彼はファルガの脚の間に片膝を付いて顔を寄せる。
「酔ってんのか?」
 幾ばかりか困ったような途惑ったような表情のファルガに、カーシュは笑いを洩らす。
「二割方」
 そう言ってファルガに口付けると、止められると思ったそれはすんなりと受け入れられた。
「…あんた、好奇心に勝てねえタチだろ」
 僅かに唇を放してそう囁くと、男は小さく笑ってカーシュを引き寄せた。
「っ……」
 腰を抱き寄せられ、がたりと音を立てて床に膝を付く。先程の煽る事を目的とした触れるだけのそれとは違い、深く唇を合わされてその口内に舌が侵入してきた。
「んっ…」
 ぬらりとしたアルコールの味がする男の舌を受け入れたカーシュは、己の口内を犯すそれに舌を絡め合わせる。腰を抱き寄せる方とは反対の手がかちりと音を立ててカーシュの腰に巻かれた鎧を外していき、それは重い音と共に床に投げ出された。
 肌蹴られた腹部に男の手が滑り、カーシュの体が微かに揺れた。
「っは、ぁ……」
「……」
 濃厚な口付けから解放されると同時に、腰に回された腕からも解放された。
「やっぱ勃たねえ?」
 唾液に濡れた唇を無意識に舐め、その唇に笑みを刷くと男はがしがしと己の頭を掻いた。
「いや…これでお前の方が悦かったりしたら、俺が今まで抱いて来た女に悪いと思ってよ」
 ファルガの台詞にきょとんとしたカーシュは、次の瞬間声を上げて笑い出した。
「あっはははははは!!」
 何だそれ、と切れ切れに言いながらカーシュは笑う。
「それこそ洒落になんねえだろ」
「ははははっ、あはは、はー、笑った笑った。こんなに笑ったの久し…」
 不意に彼は考え込むような顔をし、そしてまた短く笑った。
「よく考えたら声上げて笑ったの、四年振りじゃねえか。ああバカらし」
 そう言ってカーシュは立ち上がると手慣れた手付きで床に置かれた鎧を腰に着け直す。
「んじゃ、そろそろ退散するわ。御馳走さん」
「おお。明日顔合わせた途端逃げるなんて真似すんなよ」
 俺がそんなタマかよ、と笑ってカーシュはドアへと向かう。
「なあファルガ」
 扉の前で立ち止まり、カーシュはファルガに向き直った。
「ありがとな。これに懲りてなかったらまた誘ってくれ」
 彼は悪戯っ子のような笑いを浮かべ、ひらひらと片手を振って部屋を出ていった。
「……」
 扉が閉ざされ、気配が遠くなってからファルガは軽く振り返した手を止め、はー、と大きな溜息を一つ吐いた。
「……やばかった」
 男なんて、と思っていたが何のその。思い切り大丈夫そうでした、自分。
 濡れた唇を舐めた時なんて下半身にキたりして。笑えない事に。
 手を止めた時にそれでもカーシュが求めてきたら、恐らく自分は彼を抱いていただろう。
「よし、呑むぞ!」
 彼が出ていってしまい、それを心の隅で残念がっている自分を振り払うかのごとくファルガは新たに瓶を開けてグラスに注ぎ込む。
「…それにしても」
 琥珀色のそれをぐっと煽り、落ち着いてくると同時にカーシュの声が蘇ってきた。

――なんで俺なんだ…

 ファルガはグラスから視線を外し、解き放たれたテラスの向うを見つめる。
「あのヤマネコが、な」
 もう一度大きな溜息を吐き、グラスに僅かに残っている液体を流し込む。
「……気付かんままの方が良いこともあるさ……」
 真白い月に寄り添うように浮かぶもう一つの月が、赫く輝いていた。


「……」
 そして、それから然程時を経ず、甲板で同じようにその月を見上げる男の姿があった。
 それは先程ファルガの部屋を辞したカーシュだった。
 カーシュはファルガの部屋を辞したその足で船首へ向かい、隅で足を投げ出して座り込み、ぼうっと月を見上げていた。
「…女ねえ…」
 不意にファルガの言葉を思い出してそう呟く。
 幼い頃からリデルを見て来たカーシュにとって、彼女以外の女は女友達、または身体だけの関係以上に思った事はなかった。そもそもカーシュは全て戦いで発散する性質なので、ダリオに抱かれ慣れてしまうまでは然程そういう面に興味を持つ事は無かった。
 リデルの事は確かに好きだった。けれど、それは恋人にしたいとかそういった具体的な物では無く、ただ漠然と彼女へ好意を抱いているだけと言って良いだろう。実際、ダリオに想いを告げられた時、彼女の事など浮かばなかった。
「……」
 もしあの時、グランドリオンを取ったのが自分だったらどうなっただろう。
 もしあの時、命を懸けてでもダリオからグランドリオンを奪い捨てていたら。
 もしあの時、亡者の島に…
 何度、そう思っただろう。
 けれど、もう起きてしまった事に「もしも」はない。
「ダリオ…」
 ダリオはもういない。
 ダリオは死んでしまった。
 そんな事、誰より自分が一番良く知っている。
 それでも、どうしようもなく逢いたいと思ってしまう。
「…?」
 不意に足元から何かが現れる感覚にカーシュはぼけっと月を見上げていた視線を下ろし、そこに立つ相手に目を見開いた。
「…っ…」
 呼吸の仕方すら忘れてしまいそうな程驚いたカーシュは目の前に立つ男を凝視する。
 彼の弟よりは明るめの、くすんだ金髪と青の瞳。
 年下の癖に、カーシュより高い身長。
 そしてその顔に浮かべられた、穏かな微笑。
「ダ、リオ…?」
 恐る恐るその名を呟くと、彼はあの柔らかな笑みを浮かべ、カーシュを見下ろしている。
 カーシュが腰を上げようとすると、それより早く彼の方が腰を落して視線を合わせて来た。
「うん?どうした、カーシュ」
 その優しい声音にカーシュは泣きたくなる。
 けれど、彼がここに居るはずも無い事は分かっている。
 だから、この幻覚でも幻聴でもない目の前の彼が誰であるか、カーシュは悲しいほど良く分かった。
「クローセル、お前だろ」
 泣きそうで、それでも笑ってそう言うと、彼は困ったような笑みを浮かべて膝を付き、カーシュを抱き寄せた。
「カーシュ」
 鎧を纏っていない彼の体はちゃんと温もりを宿していて、これが本物だったらどれだけ、と思う。だからだろうか、懐かしさは沸き上がってきても、それ以上の想いは浮かんでこない。
「…ああ、そうか…お前、俺がダリオに逢いてえって思ったから…」
 すっと体を離し、カーシュは男を見上げる。
「そういや俺、始めはお前の事すっげえ怖かったんだよな」
 ダリオが死んで三ヶ月経った頃だ。酔った勢いでグレンと寝てしまった事がヤマネコにバレて仕置きを食らった時、初めてクローセルの能力を知った。
 相手に幻覚を見せる力と、己自身が化ける力。
「良いんだ、そんな事しなくて」
 そう哀しげに微笑むカーシュに、彼はするりとその姿を本来の姿へと戻してカーシュの影の中へと消えていった。
「…っし、寝るか」
 カーシュは立ち上がり、大きく伸びをすると船内への階段へと向かった。




「……漸く、全てが元通りになる……」
 クロノポリス最下層にある、「フェイト」。そして、長い間リンクを拒んで来た凍てついた炎。
 黒衣を纏った少年はふわりと浮き上がると、大きな球体の中へと溶け込むように入っていく。
「たったの十数年……存在し続けた時間に比べたら、ほんの僅かな、一瞬の様な時間……」
 だが。
 ふと彼のことを思い出す。
「その一瞬が……続けば良いと思った時もあった」
 ちらりと彼は視線を自分の影に落す。視線を受けた影からは彼の使い魔の一つ、バエルがゆらりと出現した。
「………」
 凍てついた炎に背を向け、バエルと向かい合う。バエルは主の意を汲んで見る間に形を変え、青年の姿を象った。
 彼は青年に近寄ると腕を上げ、その藤色の髪を一房掴み上げ、指をすり抜ける感触を楽しむ。
「哀れだな」
 下方からかかった声に彼は球体の外を見る。そこには眠らせておいた筈のキッドがじっとこちらを見ていた。
 だが、そこに居るのは普段の彼女ではなく、違う「キッド」だと知っていた。
「まだ生きていたのか。とうに消え去ったものだと思っていたぞ」
 髪を弄る手を下ろし、彼はキッドを嘲りの色で見下ろした。だが、キッドはただ無表情に彼を見上げている。
「……お前も、囚われたままなんだな」
「何を……」
 少女の言葉に彼の表情は色を消し、キッドの目の前に降り立った。彼女は視線が合うと微かに哀れみの色を見せた。
「可哀相だな……」
 もう一度そう言うと、キッドは糸が切れた操り人形の様にその場に崩れ落ちてしまう。
「可哀相?この私が?………戯れ言を」
 崩れ落ちたキッドを見下ろし、彼は吐き捨てるように呟くと後について来た青年を振り返る。
「お前はどう思う」
 答えるわけがない。そんなこと、わかっている。
「……お前だったら、何と……」
 その自分と同じ緋色の眼を見上げるが、所詮偽者でしかない彼は何も言わない。
「……」
 青年の後ろに凍てついた炎が見えた。

 炎よ、お前も哀れと思うか。

 「運命」という役割に、そして、更なる進化への妄執に囚われる私を。

 「運命」でありながら、彼に固執してしまった私を。

「……カーシュ……」

 炎よ、お前も哀れと言うか。


 それでも、私は………



(………眠れねえ)
 クロノポリス二階の作戦本部にてセルジュ、カーシュ、マルチェラは仮眠を取っていた。
(それにしても何でこいつら平気で寝てんだ)
 確かに敵こそ出ないが、残留思念がうろうろしているというのによくもまあスヤスヤと寝れるものだ。
(…ぶらっとしてくるか)
 部屋から一歩出れば警備マシンの巣窟だ。だが、うろうろしているだけなら特に見つかっても追いかけてくるわけでもない。ただ、一定範囲内に入ると彼らは攻撃を仕掛けてくるのだと次第に分かって来た。
 カーシュは静かに立ち上がるとアクスを取り、部屋を出ていった。
(……風に当たってくるか)
 エレベーターで一階まで降り、ドックへと向かう。横滑りする扉を潜ると、潮風がふわりと体を撫でた。
「……ん?」
 桟橋の先端で暗い海を眺めていると、何かが漂っているのが見えた。
「何だぁ?」
 じっと目を凝らしてみると、それは人のように見える。
「…死体か?」
 波に流され、僅かにこちらへ近付いて来たそれにカーシュは目を見開く。
「小僧?!」
 月の白い光に照らされるその顔は正しくセルジュだった。
 だが、水中で見え隠れするその服は黒衣。
「何でヤツがあんな所に流れてんだよ」
 何にせよ、恨みこそあれ引き上げてやる義理はない。カーシュはさっさと踵を返し、クロノポリス内へ戻って行く。
「……ちっ」
 カーシュは扉の前で舌打ちすると来た道を足早に戻り、腰当てと上着を脱ぎ捨てて夜の海へと飛び込んだ。
(何やってんだ、俺)
 突き刺さるような冷たさの海水の中、漂う少年の元へと向かう。
 波の流れのお陰で、思ったより近くまで来ておりその体を力いっぱい引き寄せた。
「?!」
 びくっと少年の体が震え、きつく閉ざされていた眼が驚いた様に見開かれる。
「バカかてめえ!!」
 カーシュはただ驚きの視線を向ける少年を一喝すると、水の力に離されない様に少年の腰を抱く腕に力を込め、ドックへと泳いだ。


 水の冷たさが心地良かった。
 指先からじわじわと麻痺していき、やがては全身が動かなくなった。
 生き物の体は弱いと思った。
 重力を操り、沈まない様、ただ漂う。
 呼吸は、しているのだろうか。それすら分からない。
 頭の中は真っ暗で、全神経を集中させても肉体はぴくりとも動かない。
 最初は聞えていた筈の波の音も、今は何も聞えない。


 何も、考えられない。


 突然、強い力で引っ張られた。
「?!」

 何故。

「バカかてめえ!!」

 何故お前がここに居る。
 もうこの場所には用がない筈だ。

 しっかりと引き寄せられ、私はドックへと連れていかれる。

 冷たさで体が麻痺して動かない。

 目の前に、居るというのに。


 名を呼ぶことも、出来ない。









+-+◇+-+
カーシュ、君が男に言い寄られまくってるような気がする人生を歩んでいるのは全て私の「どうせ書き直すならどれだけカーシュ総愛に出来るかやってみよう」という腐った目標の所為なんだ、ごめんね。ウフフ。(反省の色ナッシン)寧ろギャダランが出せなくて不満。(爆)
という事でファルガ×カーシュをそれっぽくしてみました。誘い受け?(爆死)いやあそれにしても久々にエロを書こうとしたんですが、私、今はそれほどエロ重視の人間じゃないので途中で面倒になってしまい、途中で止めて頂きました。アハハ。
あとは冒頭に番外編のネタを絡ませた話が入る予定だったんですが、よく考えたらセルジュが既に自分の姿取り戻した後だったので無理だと気付いて没。
あー次はエロか…手直し以前に読み直すのが既に面倒。別にここでエロは要らんだろ、と思うんですが、カーDセルがここでしか出来ないので残します。(爆)
あれ?!ていうかもしかしなくとも次で終り?!いよっしゃあ!これでIFと設定が混じって慌てるなんて事…と思ったらそうよまだ完結編があるじゃないのよ…。
(2002/11/21/高槻桂)

 

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