月如凛光



雷が駆け巡るような衝撃が全身に走り、謙信は目を覚ました。
「謙信様!!!」
いつからそこに居たのだろう、枕元に座っていたかすがが腰を浮かせた。
「…つるぎ」
「はい、謙信様!つるぎです、あなたのつるぎです!お目覚めになられたのですね!!」
「おきあがりたいのですがからだのじゆうがきかないようです。てをかしてくれますか」
「ダメです!二ヶ月以上もの間昏睡していらしたのですから起きてはなりません!!」
「だいじょうぶです。このみはびしゃもんてんのかごをうけています。さあ、てを」
恐る恐るといった風体で伸ばされた腕に支えられながら謙信は身を起こした。
己の身に何が起こったのか、謙信はつぶさに覚えていた。
豊臣の銃弾に倒れた後、謙信は一度は死の淵に立っていた。
しかしそれを救ったのは毘沙門天だったと謙信は確信している。
でなければ二ヶ月もの間どうして飲まず食わずで生き延びられようか。
この体も二ヶ月寝ていたために鈍ってはいるものの随分と良くなっている。
未だ戦うことは出来ないだろうが、日常生活には殆ど問題なさそうであった。
そして。
「つるぎよ、どうまんまるのなきごえがきこえました。どうまんまるはどうしていますか」
「!」
一瞬の内にかすがの顔色が悪くなる。
それだけで謙信は察した。
「…わたくしのたてとほうじゅになにかあったのですね」




景虎が上田城の真田屋敷に身を寄せてから一週間が経った。
信玄と幸村の計らいにより近習の一人であった神田右衛門を招くことが叶えられた。
鮫ヶ尾城近くの森で行き倒れている所を真田の忍びに発見された右衛門は、主の姿を認めると声を上げて泣いた。
そして驚くべき事に、右衛門を初めとする近習らは景虎が女である事も、道満丸が養子ではなく実子であることも知っていたと言う。
景虎が余りにも不憫だと泣く右衛門に、それでも自分についてきてくれたのかと景虎もまた泣いた。
佐助らの集めた情報によると、謙信は丁度鮫ヶ尾城が落城したあの夜に目覚めたらしい。
謙信生存の報に景虎は安堵の息を吐いた。
そして何より景虎らを驚かせたのは、跡目騒動の発端となった謙信の言葉、景勝を跡目に譲るというそれが仙桃院の謀略であったことだった。
兼ねてから景虎を憎み景勝を跡目に継がせたいと願っていた仙桃院は倒れた謙信の元を訪れるとその枕元で「跡目は景勝様ですか?」と何度も問いかけたという。
そして偶々怪我による発熱に魘されていた謙信のそれを返答とし、あの大広間での出来事に繋がるというわけだった。
佐助がかすがから直接聞いた話だというから確かなのだろう。
その仙桃院は今や上杉所縁の尼寺に送られる事になり、景勝派の者達も大なり小なりの処断が成されたという。
当の景勝もまた領地の殆どを没収、役職も罷免され今では春日山城内の自身の屋敷で謹慎中らしい。
そしてもう一つ。
佐助はかすがを介して謙信からの手紙を預かってきていた。
景虎はそれを読むと、しかしその内容を誰に話すことも無く暫くの間一人部屋で何かを考え込んでいた。
そして一晩が過ぎ、翌朝、景虎が出した答えは。




1.越後に帰る。
2.このまま甲斐に残る。





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