花咲く丘に涙してU
〜如何なる星の下に〜
只、彼の者を捕らえる者なり
「風鳴きの岬?そんな所に何しに行くんだよ」
同僚にそう言われ、シュガールは首を傾げた。
「そ、それが亡霊退治に行くんだな。カーシュ様、そう言ってたんだな」
「亡霊ねえ…そんな信憑性のないモン、よく大佐が命令出したな」
「さ、最近多いんだな。カーシュ様と少数での任務…」
「カーシュ様は何て言ってるんだ?」
男の問いにシュガールは暫し考え込む。
「わ、わかんないんだな。最近、カーシュ様、様子が変なんだな」
「シュガール隊長!お時間であります!」
「お、んじゃ行って来いよ」
背後からソルトンがそう声を掛けるとシュガールは男に頷いてその場を立ち去った。
「…何なんだ、あんた達は…」
風鳴きの岬には、言われた通り一六、七歳の少年がいた。
「思ってたより幼いな……てめえか?亡霊だってガキは」
「っ…僕は亡霊なんかじゃない…!僕は生きてる!」
カーシュの言葉に少年は過剰に反応する。猜疑心と敵意を真っ向からぶつけられ、カーシュは溜息を吐いた。
「んなこと俺にゃどうだって良いんだよ。とにかく一緒に来てもらうぜ」
後のない少年の腕を掴もうと手を伸ばした時、威勢の良い声が背後から響いた。
「オイオイ、いい年したオッサンがイジメか?」
「何だと?!」
声のした方を見上げ、カーシュは怒鳴り返した。
「誰がオッサンだ!俺はまだ二十七だ!そういうのは三十を越えた奴に言え!」
「…カーシュ様、ビミョーに論点が違うんだな」
「右に同じであります」
ぼそりと突っ込んだ二人を無視してカーシュは少年に向き直る。
「あの小娘は放っておくとして、行くぞ」
「いやだ!」
「てめえ人の話聞けっての!!」
少女は岩を蹴り、一回転して少年とカーシュの間に降り立った。
「人がっ……あれ?」
少女がふと口を閉ざす。その視線はいぶかしげにカーシュを見ていた。
「お前……」
「あ?」
少女はハッとすると再び睨み付けて来た。
「これ以上おいたすっと月までぶっ飛ばすぞ!」
「はっ!やれるモンならやってみやがれ!シュガール!ソルトン!」
「「ははははい!!」」
暫く自分達の出番はないと踏んで座り込んでいた二人は慌てて立ち上る。
「力尽くでも連れて行かせてもらうぜ」
少女が短剣を取り出し、背後の少年に視線を送る。少年は頷くと見慣れない武器を構えた。
「ラジカル・ドリーマーズのキッド様をなめんなよ!!」
キッドと名乗った少女は、挑戦的に唇を歪めた。
ほんの、一瞬だった。
「今だ!逃げるぞ!」
キッドはカーシュに生まれた一瞬の隙を突いて少年を連れて駆け出していた。
「ああ!」
ソルトンが慌てて後を追おうとする。
「待て、追うな」
「で、ですが……」
途惑う二人にカーシュは苦笑する。
「いい。帰るぞ」
「はあ……」
珍しく無口な上司に、二人は揃って首を傾げた。
「あら、グレン……」
図書室からの帰り、三階から降りてきたリデルにグレンは駆け寄った。
「お嬢様、どうしかしたんですか?こんな時間に降りてくるなんて…」
リデルはいつも夕方以降は三階へ上がってしまい、滅多に降りてくる事はない。だが、リデルは手にした書類の束を苦笑しながらグレンに見せた。
「これをお客様へとお父様に頼まれたの」
「あ、じゃあ俺が行きますよ!」
グレンの申し出にですが、とリデルは途惑う。
「部屋へ帰るついでですって。それに、中を見たりしませんよ」
少しおどけてそう言うと、リデルはふと微笑んだ。
「では、お願いしようかしら」
「お任せ下さい」
グレンは一礼すると踵を返し、階段を駆け降りていった。
「で、手ぶらで戻って来たわけか」
亡霊の捕獲失敗を報告したカーシュにヤマネコは淡々とそう言った。
「手ぶらがお気に召さないのでしたら菓子折りでもお持ちしましょうか」
三年経った今でも、言葉は丁寧だが反抗心剥き出しのカーシュにヤマネコは低く喉を鳴らす。
「遠慮しておこう」
「ヤマネコ様〜♪」
突如何もない空間から鈴の音と共に少女が降って来た。
「ツクヨミか…何用だ」
三年前にヤマネコと共にこの蛇骨館へやって来た、自称宮廷道化師はカーシュを見つけるとちょうど良いと笑った。
「ヤマネコ様、コイツ、失敗したんですってね♪どうせお仕置きするんだったらこーゆーのとかどうです?」
すっとツクヨミはカーシュの手を取り、かしゃりと手錠を嵌めた。
「は?!」
一瞬何をされたのか分からずカーシュが素っ頓狂な声を上げる。
「ハイ、こっち見て♪」
ぐいっと頬を挟まれ、強制的にツクヨミと視線を合わされる。訳が分からないままその目を見返すと、ぐらりと視界が揺れた。
「なっ……?」
脚に力が入らなくなり、カーシュはがくりと膝を付く。
「なに、しやがっ、た……!」
カーシュが切れ切れに声を発するとツクヨミはくすくすと笑った。
「あたい、暗示とか得意なんだよネ☆これで暫くは動けないよ♪」
そう言うとツクヨミはヤマネコを振り返る。
「どうです?ヤマネコ様。お好みに合わないんでしたら解きますけどォ〜」
「いや、良い。下がれ」
「は〜い♪」
ヤマネコが椅子から立ち上ると同時にツクヨミは軽やかな音を立てて消えていった。
「さて…」
ゆっくりと近寄ってくるヤマネコをぎっと睨み付ける。
「無抵抗の相手というのは詰らぬと思っていたが……」
くっと目を細め、可笑しそうに低く笑うとカーシュを床へ押し倒す。
「いつもは威勢の良いお前だと趣があって良い」
「何が趣だっ!ふざけ…んっ……」
ヤマネコの手が服の中へ差し入れられ、突起を摘ままれる。
「……っぅ…ぁ……」
「昔と比べると随分感度が良くなった」
笑いを含んだその言葉にカーシュは羞恥に染まり、視線を逸らした。
「まあ、元々悪くはなかったが……」
「……っ……」
声を洩らさぬよう唇を噛み締め、視線を伏せる。
「いつまで持つか……」
くつくつと笑いながらヤマネコはカーシュの服を脱がせて行き、その手はカーシュ自身を刺激する。
「…っ…ぅ……」
絨毯に爪を立てると手錠の鎖がちゃらちゃらと鳴った。暗示さえ掛けられていなければこの程度の物、引き千切れるというのに。
それでも、引き千切れた所で彼に隷従し続ける事に変わりは無いが。
不意に、扉が叩かれた。
「!?」
カーシュがびくりとして視線を扉へ向ける。
『ヤマネコ様、いらっしゃいますか』
(グレン?!)
体を起こそうとすると、ヤマネコに押し戻される。
「何のつもりだっ…!」
小声でヤマネコを睨み付けると彼は目を細め、低く嗤った。
「入れ」
『失礼します』
かちゃりと扉が開く音にカーシュは身を強張らせ、ヤマネコが立ち上る。
「大佐から書類…を……」
グレンの言葉が途切れる。カーシュは視線を逸らし、未だ自由の利かない体を起こして乱れた着衣を誤魔化し程度だと分かっていても整える。
「後で目を通そう」
ヤマネコは何事も無かったかのようにグレンへ歩み寄り、書類を受け取る。グレンは絞り出すような声でヤマネコに問うた。
「どうして……カーシュが……」
「それは本人に聞いたらどうだ」
答えられないだろうが、と言外に聞える気がしてカーシュは唇を噛んだ。
「カーシュ……」
「……用が済んだならさっさと出てけ」
低い声音にグレンは一瞬悲しそうな顔をすると静かに出て行った。
「脅されているのだと言っても良かったのだぞ?」
くつくつと笑うヤマネコをきつく見上げる。
言えるわけが無いのを、逆らえるわけが無いのをわかっていてそう言うこの男が憎かった。
「まあ良い」
ヤマネコは書類をテーブルに無造作に置き、興味が失せたのか、カーシュの両腕を戒めている手錠を外した。
「服を脱いで四つん這いになれ」
一瞬びくりとするが、カーシュはよろよろと立ち上がって服を脱ぎ捨てる。
背後から犯されるのには未だ抵抗が合った。例え、相手がヤマネコであってもその姿が見えないのは言い表せれない不安が沸き起こる。
「ぁ……」
この男に抱かれ続けるのは屈辱でしかない。
だが、この男に逆らう事は許されない。
それが、皆を騙し続けている自分への罰なのだと、言い聞かせる他なかった。
「カーシュ様!」
時間を持て余し、アクスの手入れをしていると騎士が慌てて駆け込んできた。
カーシュは訝しげに視線を上げる。
「何でえ、騒々しい」
「侵入者です!」
「なに?!それで、人数は」
カーシュは状況を聞きながら手早く鎧を腰に巻き付けた。
「よし、行くぞ」
「あいつらは…!」
リデルを人質に屋上へ逃げて行った三人を追いながらカーシュは小さく呟いた。
仮面を付けた髪の長い男は見覚えないが、あの少年と少女は覚えがある。
(まだこんな所でうろうろしてやがったのか!)
夜空の下、追い詰められて行く三人にヤマネコは近付いて行く。何を話しているのか、風の音で聞き取り辛い。
(お嬢様!)
ヤマネコの放ったナイフはキッドの腕を掠って落ちた。毒が塗ってあったのだろう。キッドはリデルを離すと膝を着く。
「リデルお嬢様!」
解放されたリデルを抱き上げ、侵入者たちから遠ざける。リデルに傷はなく、カーシュは安堵の息を吐いてそっと下ろした。
「くそっ…誰が捕まるかァ!」
キッドが突然崖下へと飛び降りた。
「なっ…!」
「キッド!!」
遠くから聞えた水音に、カーシュ達だけでなく少年も声を上げる。
「セルジュ」
仮面の男がセルジュと呼ばれた少年に耳打ちする。少年は躊躇うように仮面の男を見上げた。
「セルジュよ」
ヤマネコがセルジュへと一歩、また一歩と近付いていく。
「お前を待っていた。さあ、私と来るのだ」
「ふざけるな!何であんたと行かなきゃならないんだ!」
「セルジュよ…これは必然なのだ。否定や拒絶を意味成さない」
じりじりとセルジュと仮面の男は後退していく。
カーシュは少年をじっと見つめた。
あの少年が、ヤマネコの求めていたモノ。
(……?……)
チリッと体の奥が小さな炎に炙られた様な痛みを訴えた。
「さあ、来るのだ…新たなるクロノ・トリガーよ…!」
ヤマネコの手がセルジュの腕を捕らえようと伸ばされる。
「セルジュ!行くぞ!」
仮面の男が素早くセルジュを抱えるとその身を空へ躍らせた。
「逃したか…」
ヤマネコが小さく呟く。彼から視線を逸らし、カーシュは蛇骨を振り返る。
「大佐、如何なさいますか」
「うむ……良い。放っておけ」
そう言い、蛇骨はリデルと共に戻って行った。カーシュはそれを見送るとふと視線に気付き、視線の主を捜した。
「………」
そこには、グレンがじっとこちらを見ていた。視線が合うと彼は視線を合わせたままこちらへ近付いて来た。
「カーシュ…ちょっと、いいか?」
「……いいぜ」
カーシュは曖昧に笑うと、他の騎士達に解散を命じて階段を降りて行った。
一度だけヤマネコを振り返ると、彼の隣にはあの道化師がいた。
「ヤツとの事ならお前が気にする事じゃねえ。俺が自分で抱かれに行ってる」
聞かれる前にこちらからカーシュは予め用意しておいた言葉を紡ぐ。
「本当に…?何か、弱みでも握られてるんじゃないのか?」
カーシュが簡単に誰かに屈するなんて思えない。幼い頃からずっと見て来たグレンは良くそれを知っている。
「例えば、亡者の島での出来事。何か、隠してるだろ」
「……いや、そんな事ねえよ」
微かに顔色を変えたカーシュにグレンは確信する。
「…カーシュ兄…即答できなかった時点で肯定してるのと同じだぜ?」
やはり、亡鬼に襲われたというあの話は、事実のありのままではなかったのだ。
「カーシュ兄、教えてくれ。あの島で何が…」
「ハイハイストーップ♪」
頭上から陽気な声が降り、二人は天井を見上げる。
「ツクヨミ…!」
カーシュが忌々しげにその名を呟いた。道化師はどういう仕掛けか、天井に逆さまに立ってひらひらと手を振っている。
「はお♪」
ツクヨミは落下し、しゃらんと鈴の音だけをたてて廊下に降り立った。
「カーシュ、ヤマネコ様があんたをお呼びだよ♪」
ちっとカーシュが舌打ちする。
「グレン悪い、この話は終わりだ」
「待てよカーシュ!」
立ち去ろうとするカーシュの腕をグレンがしっかと掴んだ。
「まだあの島での…」
「ねえねえグレンちゃん」
トトン、と腕を掴んだ手を突付かれ、グレンはツクヨミを睨み付ける。
「こいつ、早く行かないとまたヤマネコ様にお仕置き食らっちゃうよ?」
にっこりとツクヨミがそう言うと、グレンははっとしたようにカーシュの腕を放した。
「悪い」
グレンとツクヨミをその場に残してカーシュは客間へと向かった。
「…まだいたのか」
グレンの元を去り、客間の前まで来ると再びツクヨミが物陰から現れた。
「さっきの、実は嘘なんだ♪」
「は?」
カーシュの足がぴたりと止まる。
「……嘘ォ?!」
「そ♪感謝しなさいよ?助けてあげたんだから」
そう言ってツクヨミは自分に宛がわれている部屋へと入って行った。
「よく言うぜ…!」
カーシュは吐き捨てるように言い、その場を立ち去る。
「チッ……」
このまま自室へ帰るのは何となく癪で、カーシュは階段を上っていく。上り切ってすぐを左に曲がり、月明かりに照らされる渡り廊下を突っ切って図書室へと向かった。
「じいさん、邪魔するぜ」
応えを聞く前にカーシュはざかざかと上へと上がって行く。
「また何かあった様じゃの」
カウンターの奥から姿を現わした老人は、梯子を昇っていくカーシュの姿に苦笑した。
図書室にマルチェラがよく居るというのは騎士の間で広く知られている。事実、マルチェラはほぼ毎日ここへ来て本を読んでいるので姿が見えなかったらまずここを、と言われているくらいだ。
それに引き換え、カーシュと図書室を結び付ける者は殆ど居ない。カーシュ自身、この部屋の本は一冊とて読んだ事は無いし、昼間に来る事も無かった。その為に殆ど知られていなかったが、実際の所、カーシュはここへよく来ていた。但し、大抵は夜半過ぎで、見張りの者が偶に見掛ける程度だったが。
カーシュがここへ来るのは読書の為ではない。
鬱々とした気分の時や考え事をしたい時はよくこうして傍迷惑な真夜中の訪問者となる。
そしていつも最上階へ昇ってはステンドグラスの前で何時間もぼうっとしていた。
とは言っても別にそのステンドグラスに芸術的価値を見出しての事ではなく、単にここが静かで落ち着くからであり、考え事をするには丁度良いと言うだけの事だった。
「……先程、セルジュたちに会うた」
一階からの老人の声に、カーシュは首を傾げた。
「セルジュ?……ああ、あの小僧か。何だ、じいさんの知り合いか?」
「そうであるような、そうでも無いような、と言った所か」
的を得ない応えに、カーシュは「ふーん」とだけ返事を返した。
この老人は己のことを何も語ろうとはしなかった。何せこの老人は己の名前すら語ろうとしないのだ。
問い詰めるだけ時間の無駄だと今までの経験で知っている。
「少し捻ってやる積もりが返り討ちに遭ったと、マルチェラが憤慨しておったわ」
「アイツはまだ加減が上手くできねえからなあ。無意識に手加減し過ぎる。まあ、全く手加減出来なかった頃よりはマシになったけどな」
今ごろゾアに八つ当たりでもしているのだろう、と続けると、老人は皺枯れた笑い声を上げた。
「のうカーシュよ。或る日突然自分が死んでいる世界に居たらどうする」
「はあ?」
「友人や知人、親達は口を揃えてお前は十年も昔に死んだと告げたら、どうする」
「イフ過程の話か?それともパラレル?アナザー?」
「アナザー、じゃな」
老人の言葉にカーシュは腕を組んで考え込む。
もし自分が十年前に死んでいると言う世界にやって来てしまったら。
「そりゃまず帰る方法を捜すだろ」
「見つからなかったら。または自分ではどうしようもない方法だったら?」
「職を探す」
即答したカーシュに老人はほう、と興味を引かれたような頷きを返した。
「元の世界へ帰ることは諦めるのか?」
「諦めるわけないだろ。けどよ、うだうだやってる間にも腹は減るし眠くもなる。だったら定職に就いて時間の空いた時に何とかする」
「では、その世界の家族や友人との関係はどうする?」
「別に何もしねえさ。そっちの世界の俺とここに居る俺が全く同じ事を考えて同じ行動をして生きてきたとしてもそれは俺じゃない。例え、あっちの親や友人達が幾ら俺をカーシュと呼んでも俺は十年前に死んだカーシュじゃないし、相手だって俺が知っている奴等じゃない。少なくとも、その十年間は違うって事だろ。だから、結果的にそいつらと知り合いや友人付き合いはしても、あくまで新規のお友達、お知り合い、だ」
「では、いつかは帰れると思うか」
わからない、とカーシュは首を振った。
「帰れるかもしれねえし、帰れねえかもしれない。そん時に考えるさ」
老人はカーシュの応えをどう受け取ったのか、そうかそうか、と何度も頷いていた。
話を終えたカーシュは己の思案へと潜り、老人は古びた書物を読んでいた。
「カーシュ」
手にした本を読み終えた老人が最上階へと声を掛けるが、応えはない。
眠ってしまったのか、と老人は本を机の上に置き、奥の部屋へ毛布を取りに行こうと立ち上がった。
「おや。おぬしが来るとは珍しい」
扉の開かれる音に視線を向けると、この館の客人が夜の気配を纏って入って来た。
「おぬしが誰かに固執するとは思わなんだぞ」
老人の言葉にヤマネコは何の反応も返さない。
「おぬし、本体と意志が別れ始めているのではないか?」
ヤマネコはそれにも答えず、ふわりと最上階へと飛び上がった。
「……私は肉体を手に入れた事によって様々な感覚を「知識」では無く、「体感」する事が出来た」
無音で最上階、カーシュの寝こけているすぐ傍らに降り立つ。
「貴様がここで安穏と過ごしていると知った時、私はまた新たな感覚を得た」
カーシュを抱き上げ、ヤマネコは階下の老人を睥睨した。
「虫唾が走る」
そう言い残し、カーシュを抱えたヤマネコはその姿を消した。
「……で、どういうつもりなのよ」
「あ?」
死炎山を越え、古龍の砦の前に四天王の三人は来ていた。
「さっきの。何が「これ以上はアカシア龍騎士団の名に掛けて行かせねえ!」よ。あんな手抜きで良く言えたものね」
所々破れ、汚れた服をぽむぽむと叩きながらにマルチェラにそう言われ、カーシュはぐっと言葉を詰らせた。
「………最初は本気だったぜ」
「ほんの十数秒だけね」
「………」
間置かずきり返され、カーシュは完全に沈黙した。
三人には以前蛇骨館に潜入した少年達が自分達を追ってくるからそれを妨害しろと大佐に命じられていた。
だが、やって来た彼らに対し、カーシュは本気を出す所か明らかに手を抜いて戦っていたのだ。
結局、取り逃がしてしまい今に至る。
「何考えてるんだ、カーシュ」
マルチェラの静かな怒りにカーシュは視線を逸らす。ゾアは何も言わないがカーシュの行動を不審に思っているのだろう。
(その言葉、そっくりヤマネコに言ってやれってんだ)
――カーシュ、明日、私たちを追ってセルジュ達が来る。
昨夜のヤマネコの声が脳裏に蘇る。
――形だけの時間稼ぎだ。奴には追って来てもらわねばらならん…
嫌な予感がする。
「……俺の事はいい。奴等の後を追うぞ」
「大佐!!」
大きな扉を開き、中へ入るとそこには崩れた石像やらが騒然としていた。
そして、倒れ伏すグレン、キッド、そしてヤマネコと蛇骨の姿。
「マルチェラ、ゾア!大佐にケアルと応急処置を!」
「わかった!」
「うむ」
二人が蛇骨の元へ走り、カーシュは宙に浮かぶセルジュを見上げる。
違う、ヤマネコだ。
カーシュの全感覚が危険を知らせている。
「どういう事だ!」
カーシュがアクスを握り締め、「セルジュ」を睨み付ける。少年はちらりとこちらへ視線を寄越し、くっと唇の端を吊り上げた。
「さァ、我が愛し子たちよ!嘆きの謳を聴け!愛が流す血の謳を!!」
少年は高笑いをあげ、一瞬の内に消えてしまった。
「なに?!」
少年だけではない。キッドも、ヤマネコも消えている。
「グレン!」
壁に寄り掛って座り込んでいるグレンに駆け寄る。彼は視線を上げると小さくカーシュの名を呟いた。
「大丈夫か?」
グレンがこくりと頷き、カーシュは安堵の息をつく。
「ゾア、マルチェラ!そっちはどうだ!」
「大丈夫だ。とにかく、まずは大佐を安全な場所へお連れしなければ」
ゾアの言葉にカーシュは頷き、グレンを肩に担ぎ上げて立ち上がった。
「カ、カーシュ兄?!」
「お前は足やられてるだろ。大人しくしてろよ」
グレン自身の応急処置とエレメントで出血は止まっているものの、この砦を行けば再び傷が開くことは間違いないだろう。グレンもそれはよく分かっていたがはっきり言って恥ずかしい。
「か、肩貸してくれればいいって!」
「そうか?無理すんなよ」
カーシュはあっさりと下ろしてくれ、グレンはほっと息をついた。
+-+◇+-+
えーっと、今回は付け足そうとした話があと二、三あったのですがどうも蛇足でしかない様な気がしたので取り止め。どうせ上手く纏まらなかったし丁度良いや、と。(…)
あと、図書館でのカーシュの話はゲーム中のダリオが正気に戻って蛇骨館を訪れた際の会話に反抗してみました。(爆)あの時のカーシュは世界違えど皆同じみたいな事抜かしてましたけど、どうもそれが納得できなくて…。これはゲーム初プレイ当時から思ってた事なのでちょびっとすっきりしました。(笑)
あと、図書館の後にカーシュを部屋に送り届けた際のヤマネコ様の独白とかあったんですけど、わけわかんなくなったので泣く泣く(?)削除しました。
(2002/11/15/高槻桂)