花咲く丘に涙してU
 〜如何なる星の下に〜





彼の者、我が手を逃れ夜を舞う


「………ぅ……」
 薄らと瞼を開けると、そこは見覚えのあるベッドの上だった。
「…んでこんな所に……」
 起き上がるとここが蛇骨館の客間だと認識し、キッドは髪をくしゃりとかき回す。
「オレは……」
 古龍の砦でのことが脳裏に蘇り、キッドははっとして顔を上げる。
「そうだ!セルジュ!!」
「何だ」
 すぐ傍から声が返り、キッドはそちらを振り返る。何時の間にいたのか、そこには赤いバンダナを巻いた少年が立っていた。だが、彼は自分の知る「セルジュ」ではないとキッドは知っていた。
「ヤマネコッ…!何でてめえがセルジュの身体乗っ取ってんだ!」
「その口調は止めろ」
「んなこたオレの勝手だ!そんなことよりオレを捕まえてどうするつもりだ!」
「止めろと言っている」
 がっとキッドの首を掴んでそのままベッドに押さえ付け、冷たく睨み付ける。
「ぐっ……!」
「あの女め…余計な事を……!」
 冷酷さしか宿っていなかった視線に憎悪と苛立ちの色が現れる。
 キッドは自分の首を絞める腕を引き剥がそうとするがぴくりともしない。
「あの女を始末した時にお前も始末しておくべきだった…。まさか貴様が「キッド」だとは思いも寄らなかったぞ」
 あの女とは自分の姉、ルッカを指していることに気付き、キッドは目を見開く。
「てめっ…!」
「煩い」
 怒りに見開かれたその目を彼は覗き込むと微かに眼に力を込める。
「ッ!!」
 キッドははちきれんばかりにその瞳を見開くと、ふっと意識を失った。
「貴様はただ付いて来れば良い。これ以上、私の妨げになられては困るのでね」
 既に深い眠りに就いたキッドに、一人心地で彼は呟いて立ち上がった。
「…っく……」
 部屋を出ようと踵を返した途端、がくりと膝を着いてしまう。
「……まだ、馴染まぬか…っ……」
 精神と身体の違いは強い不快感や頭痛、関節の痛みを伴った。疾うにわかっていた事だったが、この少年の身体では力を使うにも限度があるようだ。
「……ぐ……ぅ…!」
 壁に寄り掛り、彼はずるずると座り込む。
(………赤い……)
 鏡に映った少年の姿。中身だけが変わった筈なのに、何故か、その瞳は深紅に染まっていた。
(同じ、色だ……)
 軋む体をきつく抱きしめ、彼はじっとその紅に見入っていた。



「何か見えるんですか?」
 テルミナで宿を取ったセルジュ達は夕食を済まし、部屋へ戻って来ていた。
「……眼を見てたんだ」
 ヤマネコの姿をした少年はベッドに腰掛け、じっと窓を見詰めている。
「眼?」
 イシトはセルジュの視線を追って窓を見てみる。なるほど、窓には彼の姿が映っており、彼の金の眼もはっきりと見て取れる。
「何か…変な感じなんだ……」
「そりゃあ、その体にされてしまってからあまり日が…」
 苦笑混じりに言うイシトにセルジュはふるふると首を振り、自らの虚像から視線を外し、イシトを見る。その視線にイシトはつい以前の癖で姿勢をぴしっと正してしまった。
「やっぱり、イシトさんもまだ馴れない?」
 微かに苦笑するとイシトははっとして肩の力を抜いた。
「す、すみません…」
「気にしないで。それより、さっきの続きだけどね、何て言うんだろ…誰か、探してる……?」
「誰か?」
 鸚鵡返しに聞いてくるイシトにセルジュはこくりと頷いた。
「何だろ……探してるって言うより……ええと…求めてるって言うか……必要としてる……」
「セルジュには、それが誰だか分からないのですか?」
 イシトの問いにセルジュは再びこくりと頷く。
「うん。多分、これは僕の意志じゃない。きっと………」
「…ヤマネコ殿の残留思念の様なものでしょうか?」
「そうだと思う」
 そう言うと、セルジュは再び視線を窓に向け、「ヤマネコ」と視線を合わせる。
「考え事も良いけれど、明日は死海へ行くのだから夜更かしはいけませんよ」
 イシトの言葉にこくりと頷くと、セルジュはベッドへ潜り込んだ。
(……誰、なんだろう……)
 それを考えると、ざわざわと胸騒ぎの様なものが湧き起こる。
(………でも)
 それは、決して不快なものではなかった。


「…ジュ、セルジュ!」
「?何……うわっ!」
 イシトに揺さ振り起こされ、セルジュは置き上がった途端声を上げた。
「ななな何なの?!」
 セルジュは驚きの元凶を指差した。
 指の示した先には、室内をとっとこと歩き回るカゲネコ二匹の姿。
「気配に目を覚ましたらこうでした。特に何をするわけでもないのですが…」
 二人して困惑していると、今まで何処に行っていたのかツクヨミが部屋に戻って来た。
「あ、ヤマネコ様おはよ〜♪」
「おはよ〜…ってそうじゃなくて、ツクヨミ、これどうしよう!」
「邪魔なら「戻れ」ってこいつ等に命令すれば良いんだよ」
「へ?え、じゃあ、戻れ!」
 ツクヨミの言う通りに命令すると、カゲネコ二匹は顔を見合わせた後、すうっとセルジュの影の中へ溶け込んでしまった。
「うわ!影の中入っていったけど大丈夫なの?」
 ツクヨミは大丈夫だって、とけらけらと笑う。
「こいつ等はヤマネコ様の使い魔なんだから」
「使い魔〜!?」
 セルジュの素っ頓狂な声にツクヨミは「そ♪」と笑った。
「他にもいっぱい居るけど、この二匹が一番強いんだよ」
「僕も扱えるの?」
「多分無理だね。今のヤマネコ様は雰囲気が違う。カゲネコ達もそれを敏感に察知しているみたいだね。だから主が寝ている隙に勝手に出て来て遊んでたんだ。今みたいに「戻れ」、「出て来い」くらいの命令なら聞いてくれるだろうけど、今のヤマネコ様にそれ以上は無理だ」
 ツクヨミの説明にセルジュはそっか〜と残念そうだ。
「えっ、じゃあもしかして毎朝こうなるって事?!」
 その問いに、ツクヨミは心底可笑しそうに唇を歪めた。




「…ん……?」
 何かが砕ける音を聞いた気がして男は目を覚ました。
「………?」
 どうやら眠っていたらしい。男は突っ伏したテーブルから体を起こし、辺りを見回す。
「あら、眼が覚めたの?」
 女の声に男は振り返る。弾みで掛けられていた毛布が床に落ち、男はそれを手にした。
「眠ってしまったのか……どのくらい……」
 女は食器を洗う手を止めないままにこりと笑った。
「それほど長い時間でもないわ。半刻も経ってないんじゃないかしら」
「そうか……」
 男は何か思うように手にした毛布をじっと見つめている。
 洗い物を済ませた女は、前掛けで手を拭きながら男へと近寄った。
「………リオン」
「どうかしました?」
 聞き取れなかった言葉に女が微かに首を傾げると、男はいや、と首を振った。
「これ、ありがとう」
 毛布を畳み、微笑みと共に差し出すと女はいえ、とそれを受け取る。
「私、お花を摘みに行ってきますね」
「ああ。気を付けて」
 この小さな家を明るくする鉢や花瓶の花たちはいつも女が摘んで来ている。
 女は毛布をしまうと、前掛けを外して家を出ていった。
「………」
 残された男は俯く。
 そして、小さく嗤った。
「く……くくっ……」
 窓辺で羽を休めていた小鳥が脅えたように飛び立っていく。
 男の周りには暗い霧の様なものが現われ、ざわざわと渦巻き始めた。
「呪縛を解き放ち戻って来たか……」
 唇の端をくっと持ち上げ、男は笑みを浮かべる。
 男の前には、赫き剣が暗い霧に抱かれていた。




「…………」
 テルミナにある小さなバーの隠し部屋の中では一人の青年がうろうろとしていた。
「……少しは落ち着け」
 只でさえ狭い室内を大柄な男がうろうろと行ったり来たりしていてははっきり言って目障りである。
「お、おう……」
 ゾアの溜息に漸くカーシュは椅子に腰を据える。ちょうどその時扉が開き、店のママが顔を覗かせた。
「お二人とも、お客様よ」
 ママはそう言うと客人を室内に招き入れ、自分は店へ戻っていった。
「……よう。やっと来やがったか」
 やって来た「ヤマネコ」とツクヨミ、イシトにカーシュは状況を説明し、リデル救出の協力を仰ぐ。
「どうするんだ?セルジュ」
 イシトがヤマネコを見上げると、彼はこくりと肯いた。
「うん、協力しようよ」
 彼の口から発せられた言葉に、分かっていたとは言えやはり大きな違和感を感じた。
 カーシュの知るヤマネコはこんな砕けた物言いをしない。もっと高圧的で、纏う雰囲気も邪気や覇気が満ちていた。今はまるでそれを剥ぎ取ったように彼は澄んでいる。
 これはヤマネコではない。カーシュの中で囁く声がした。
 解放されたのだ、と。


「グレンに会ったのか?」
 薄暗い地下水道を進みながらカーシュはちらりと後ろを振り返る。
「うん。グレンは砦の時のこと、知ってるから協力してくれると思ったんだけど…」
 セルジュはふう、と溜息を吐く。
 カーシュ達の元へ行く前にセルジュ達はグレンと会っていた。彼は目の前に居るのはセルジュだと信じてはくれたが、共に行く事は出来ないときっぱりと断られた。
「何かね、ヤマネコはグレンの大切な人を傷付けたんだって。だからこの姿を見てるとどうしようも無い気持ちになるから一緒に居たくは無いんだって」
 セルジュの言葉にカーシュは沈黙し、水の中を突き進む。セルジュの後ろではツクヨミがくすくすと笑いを漏らしていた。
「大切だってさ」
「るっせえぞ!」
 からかうようなツクヨミの声にカーシュが怒鳴った。一人展開の読めないセルジュは辺りに響いたカーシュの怒声に身を竦ませながら彼の後を追った。
(………)
 今は見下ろす形となってしまったカーシュの後姿を見つめる。
 あの時、どちらかをと言われ、咄嗟に彼を選んでいた。
 この人だ、と思った。
 会った途端、ざわざわとした蟠りの様なものがすっと消えた。
 そして、無性に傍に居たいと思った。

 否、そうではない。

 手元に置いておきたい。そう思った。
 はっきりとした事は分からないけれど、きっと彼はヤマネコにとって他の者達とは違った存在だったのだろう。
 そして、彼のその赤い瞳の奥から微かに覗く深い陰り。

 彼を、知りたいと思う。

 この肉体に残るそれではなく、自らの意志でそう思った。




 思い出すのも気色悪い巨大昆虫を倒し、セルジュ達は選択を迫られていた。
 目の前には三つの梯子。どれも牢屋に通じてはいるのだが、恐らく昇った先に人が居る。そこまでは良いのだがその相手が騒いだりしたら厄介だ。
「どれにから行くんだい?」
「んなモン難しく考えたって仕方ねえんだよ。手前から行けば良いだろ」
 そう言ってカーシュが右の梯子を上っていく。
「…誰か居るみたいだ」
 排水溝をガンガン揺らしているとがらっと塞いでいた物が取り除かれ、見覚えのある顔が覗いていた。
「あ?ファルガのオッサンじゃねえか」
 カーシュは排水溝を開け、牢屋内へと這い出した。セルジュとツクヨミもそれに続いて這い出すと、只でさえ狭い牢屋内は一気に身動きが取れなくなる。
「カーシュじゃねえか。何やってんだ」
 ファルガが蛇骨から離反した時、既に部隊長の地位に居たカーシュは当然ファルガの事は覚えていたし、ファルガも後に四天王となったカーシュの事を覚えていた。
「八年振りか?ってんな事よりリデルお嬢様がどこに居るか知らねえか」
「蛇骨の娘か?さっきそれらしいのが隣りに連れてかれたぜ」
 隣り、と聞いたカーシュの顔色が変わった。
「拷問部屋にか!」
 カーシュは手にした鍵で牢の扉を開け、それをファルガに投げ渡す。
「アンタにそれをやるからウチの騎士が捕まってたら逃してやってくれ!」
 セルジュが止める間も無くカーシュは拷問部屋へと向かう。
 慌てて後を追うセルジュの後を走りながら、ツクヨミは盛大な溜息を吐いた。


 操られたオーチャを倒したセルジュたちはパレポリ兵の追手を図書室のあのステンドグラスの場所から飛び降りると言う、下に龍小屋と飼葉が無ければ死んでたかも、な方法で一先ず逃げる事が出来た。
「それで、どうやってここを出ていくんで?」
 龍小屋の老人の言葉に、カーシュがハッと老人を見た。
「じいさん、アレだ!」
 すると、老人は得たり、と肯いた。
「アレですな。分かりました。すぐに準備に取り掛かりますき」
「カーシュ、アレって何?」
 セルジュの問いに、カーシュは「まあ見てなって」と一頭の龍の元へと向かった。
「シーグル」
 カーシュの姿に喜んでいた龍は、名を呼ばれて一層嬉しそうな声を上げた。
 シーグルは今年で生後十五年程の、まだ幼い龍だ。この龍が、カーシュの騎龍だった。
 通常、騎龍として与えられるのは生後六年以上の龍だ。五年目から漸く騎龍としての訓練を始められる。そしてそれまでは専門の飼育士が育てるのだ。
 だが、その幼龍はガライの騎龍、ジーザスの子供で、その子供が生まれた当時からカーシュはガライに許可を得てずっと世話をして来たのだ。
 カーシュが十七歳の時、蛇骨達が帰郷して来た。そしてガライの葬儀が終ってすぐカーシュとダリオは自分専用の龍を持つ事を許された。
 通常一般兵は自分専用の騎龍を持たない。専用に飼い慣らされた龍を必要な任務に限りその手綱を掴む事が出来る。その為、いつでも手綱を掴める自分専用の龍を持つと言う事はこの騎士団の中では誰もが目指す所であった。
 己の相性の合う龍を選べ、と言われた時、カーシュは迷わず告げた。
――ジーザスの子を、我が戦の伴侶としたく存じます。
 その幼龍はその年漸く生後五年目を迎えたばかりの幼龍で、未だ他の龍たちと同じく飼育士の元で育てられている。
 未だ騎龍としての訓練を受けていない龍が人を乗せて動けるようになるまでに一年を要する。
 その一年をどうするのだと蛇骨に問われた時、彼は強い眼差しで蛇骨を見詰めた。
――お許し頂けるのなら、それまではジーザスをお借りさせて頂ければ、と。
 ガライへの想いの強さを知っているダリオとリデルが蛇骨に進言し、それは叶えられた。
 そして、番号で呼ばれていたその幼龍にカーシュはシーグル、「生命」と名付けた。
 カーシュは少しでも時間が有ればすぐに龍小屋へと赴いた。ジーザスとシーグル、そのどちらにも惜しみない愛情を注ぎ、書類に目を通すのですら嫌そうな顔をするカーシュが自ら進んで飼育士の纏めた飼育書を読ませてもらったりとそれはもう溺愛も良い所だった。
 その甲斐あってシーグルはどの龍よりも主を愛し、意を解す龍へと育った。ジーザスも始めこそ新しい主を険呑な態度であしらっていたが、カーシュの愛情叩き売りにやがて心を開いていき、最強の騎龍として今に至っている。
「シーグル、良いか、よく聞け。俺が合図を出したら皆を連れてパレポリの奴等を蹴散らかしてやれ」
 応えを返すように一声を上げたシーグルの首筋を撫で、その柵と足枷を取り外して今度は隣りの龍を呼ぶ。
「ジーザス」
 他の龍と比べて多少老いた印象を受けるその龍は、同じく嬉しそうにカーシュに鼻面を寄せて来た。
「お前はシーグルを手伝ってやれ。お前は他の龍が全員逃げるのを見届けてから逃げろ。後ろを守るんだ」
 シーグルと同じように一声を上げたジーザスを同じように撫でてやり、柵と足枷を外す。
 そして他の龍たちの柵や足枷を外してやっていく。
「カーシュ様、準備が整いました」
 他の龍の枷を外し終った老人が戻ってくると、カーシュは大きく頷いた。
「お前ら!逃げたらここへは戻ってくるな!そのまま森でも山でもいい。いつか必ずお前たちを迎えに行く。だからそれまで生き延びろ。必ずだ!良いな!!」
 何百頭の龍が一斉に咆え猛る。その声にパレポリ兵が集まってくる音が微かに聞えた。
「小僧、ツクヨミ、どいてねえと踏まれるぜ」
 二人が慌てて隅へ寄り、外のパレポリ兵たちの声が一層近付いたその時、カーシュはシーグルの首を叩いた。
「行け!」
 カーシュの掛け声と共に、龍たちが一斉に走り出した。
 小屋の扉を突き破り、その走り出ていく様はまさに雪崩の様だ。
 彼らの地響きの様な足跡に混じって幾つもの悲鳴が聞える。
 やがて最後の一頭、ジーザスが小屋を出ていった。
「うわ〜、御愁傷様ってカンジ」
 ツクヨミが外の光景を見て声を上げた。
 龍たちが去って見晴らしの良くなった中庭には、何十人ものパレポリ兵が呻き声を上げながら倒れていた。
「気絶できた奴は幸せだな」
 カーシュがそう意地悪く笑う。そして一同は今の内だ、と小屋を出ていった。




 リデルさんを救出し、僕たちは隠者の小屋へと逃げて来た。
 その夜、僕はカーシュとヤマネコの間にあった事を知った。
 凄く驚いたけど、ああ、そういう事だったのか、と納得が行った。
 カーシュが必要以上に「ヤマネコ」を苦手としていた事も、この体に残っていたカーシュを求める気持ちも。
 ああそうか、じゃあ、ヤマネコは…
 そこまで考えた所で、僕の意識は眠りの中へと沈んでいった。

 それからどれくらいの時が流れたんだろう。
 何か、体の中から抜け出していくような感覚に僕は目を覚ました。
 出入り口から白い光が射し込んでくる。多分まだ朝早いのだろう。
「……」
 そして辺りへ視線を転じ、溜息を吐いた。
 やっぱりカゲネコが出て来てる。
「?」
 けれど、最初と違っていたのは二匹はてんで好き勝手に歩き回るのではなく、或る一個所を目指していた。
 二匹は、まだ眠っているカーシュの傍らまで行くと、「待て」を言い渡されたペットの様にそこに座り込み、じっとしている。
「…セルジュ、これは一体…」
 そうしている内にも、イシトさんを始めとしてカゲネコの気配で目を覚ます人物続出。
「わからないんだ。あ、出ていった、って思ったらカーシュの所へ一直線に…」
 当の本人は未だ爆睡中だ。
「カーシュ!」
 取り敢えず遠巻きに呼んでみると、カーシュは眼を閉じたままひらっと右手を振った。
「…俺は今直面したくねえ現実と戦っている。だから起こすな」
 …どうやら起きてたみたい。それもそうか、気配ですぐ目を覚ますなんて彼らにとっては当たり前の事だものね。
 そりゃ僕だって眼が覚めて直ぐ近くにカゲネコが二匹もとっとこ歩き回ってたのを見た時は夢だと思いたかったんだけどね。しかもカーシュの場合はすぐ傍で座ってるんだもんね。そりゃ寝た振りしたくもなるよ。
「あ、セルジュが命令すれば…」
 イシトさんの提案に僕はそう言えば、とツクヨミに言われた事を思い出す。
「戻れ!」
 ………。
「…戻らないんだけど、どうしよう…」
 相変わらずカーシュの傍らで座り込んでいるカゲネコ二匹。
 唯一何とか出来そうなツクヨミは相変わらず姿が見えないし、イシトさんを縋るように見ても彼だってお手上げ状態だ。
「……だーっチクショウ!」
 とか何とかしてる内にカーシュの忍耐が限界に達したらしく、がばっと勢い良く起き上がった。
「何なんだお前らは!!」
 カーシュの怒鳴り声にカゲネコ達がニャーと声を上げる。
「ニャーじゃねえって…は?」
 突然、カーシュがぽかんとして二匹を見上げている。どうしたんだろうと思って耳を澄ませてみると、微かに声らしき物が聞えた。
 ……名前?
 僕にはそう聞えた。「名前を」って何度も言ってる。
「……バエル?」
 にゃあ、とカーシュから向かって左側に座ったカゲネコが鳴いた。
「クローセル?」
 今度は右側のカゲネコが。
 そして二匹は影の中へ溶け込む様に消えた。
 僕ではなく、カーシュの影の中へ。
「な…んで俺なんだよ…!」
「カゲネコどもに気に入られたからさ」
 すると、いつもの如く神出鬼没なツクヨミが立っていた。
「……クソ腹立つ…」
 カーシュが苛立たしげに呟いた。
 カーシュはツクヨミの台詞に、何故だとは問わなかった。

 何となく気まずい空気のまま一同は簡素な朝食を終え、これからの事を話し合っている時だった。
「?!」
 突然の爆音と聞き覚えの有る声。
 それに真っ先に反応したのはセルジュだった。
「キッド?!」
 セルジュはラディウスの制止も聞かず飛び出していく。
 マルチェラとゾアは蛇骨の元へ向かい、カーシュたちはセルジュの後を追った。
「…ヤマネコ…!」
 外でセルジュたちを待ち構えていたのはやはりキッドと、そしてセルジュの姿をしたヤマネコだった。
「使い魔を返してもらうついでにお前たちを捕えさせてもらおうと思ってね。バエル、クローセル」
 声に反応した二匹が「ヤマネコ」ではなくカーシュの足元から姿を現わし、彼は微かに目を見開いた。
「ほう…」
 二匹が「ヤマネコ」ではなくカーシュの元に懐いた意を理解した彼は可笑しそうにくつくつと笑った。
「面白い事になっているな?カーシュ」
 睨み付けてくるカーシュの肩がびくりと揺れ、その反応に彼は満足げな顔をする。
「うるせえ!小僧、戦う気が無いなら出直すぞ!」
 少年から視線を逸らし、キッドの攻撃を防御し続けるセルジュにそう声を掛けると少年は無駄だ、と嗤った。
「既にこの小屋は包囲されている」
「それはどうかな?」
 不意に頭上から声が掛かると同時にセルジュたちを影が覆った。
「ファルガのオッサン!」
「乗れ!」
 言うが早いかファルガはセルジュ達をらっしゅまるの上へと引き上げる。
「チッ、バエル!」
 主の呼び声と同時にバエルはしゅるりと筋のようになって彼の伸ばした手の中へと収まり、その姿を変えていく。
 彼の武器である大鎌へと姿を変えたバエルを手に、彼は飛び去っていくらっしゅまるを見送った。
「…まあいい。今は見逃してやろう」
 大鎌を肩に乗せ、そう呟くとキッドが不満気に声を上げた。
「良くねえよ!折角ヤマネコの野郎を倒せると思ったってのに」
「落ち着け。チャンスは幾らでもある」
 彼の台詞にキッドはやれやれ、と溜息を吐いた。
「それにしても何で一匹だけ取り戻したんだ?もう一匹はどうすんだよ」
「人の作った武器は今一つ手に馴染まなくてね。クローセルは暫く奴等の元に置いておくさ」
 少年の応えにキッドはふうん?と首を傾げながらも取り敢えず納得の意を示す。
「つーか、蛇骨を捕りっつーのは分かるけどよ、何で四天王まで捕えるんだ?倒しちまえばいいじゃねえか」
「……。お前はただ付いて来れば良い」
 そう言って微かに眼に力を込めると、途端キッドは人形のような無表情になり、ぼうっとした視線で頷きを返した。









+-+◇+-+
今回、動物(?)ネタの追加がメインとなりました。(爆)あ、因みに龍に関しては分かっている通り全くのオリジナル設定なのでさらっと流すように。そしてギャダランの出番無し。あとファルガがヤマネコINセルジュを見て驚くシーンも無し。そっちはゲーム本編で見て下さい。
こうして書いていると、没ネタ&書き忘れネタ一杯だぁ〜…と遠い目をしてしまいます。特にこのメインタイトル、「花咲く丘に涙して」に添ったシーンが削除されてる時点でもうダメダメ。なので今回はちゃんと書こうかと…改訂版というより完全版…?
えーさて、次の話は……(沈黙)また大きく加筆が…しかもあのネタか…ごめんカーシュ。(溜息)
(2002/11/17/高槻桂)

 

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